下のパワーハラスメントの6類型のうち、この稿では「6. 個の侵害」について解説します。

  1. 身体的な攻撃
  2. 精神的な攻撃
  3. 人間関係からの切り離し
  4. 過大な要求
  5. 過小な要求
  6. 個の侵害

「個の侵害」とは、私的なことに過度に立ち入ったり、プライベートな情報を、本人の了承を得ずに他の人に伝えたりすることです。

この類型は、行為者の側に悪いことをした、という意識がほとんどなく、「そんなことでパワハラになるのか」と愕然とする、というのが、よくある反応です。

「この程度はふつう」という常識が、職場の中で大きくずれていて、そのずれが表面化したものだということもできます。

ハラスメント防止研修に伺った企業で、受講した中高年の管理職の方が雑談として「自分が若い頃は『彼女できた?』と聞くのが上司の仕事みたいな感じだった」と苦笑まじりにおっしゃっていたのが印象的です。

私的なことに過度に踏み込む

「プライベートなことにずかずか踏み込む」「過度な詮索」「本来自由であるべき私的なことがらを強要する」というのが、この類型が発表された当初(2012年 職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキング・グループ報告 |厚生労働省)の概念だったように思います。

当時、「個の侵害」の類型に該当する判例としてよく紹介されていたのが、名古屋南労基署長事件(名古屋高裁 平成19年10月31日判決)です。

電力会社の社員が、上司のいじめからうつ病を発症し、自殺してしまったという事件で、労災の不支給処分が争われたので、このような事件名で呼ばれています。

いじめの言動は複数ありましたが、その中にひとつに、結婚指輪を外すよう複数回強要した、という内容がありました。

Fは,Aが常時左手薬指に結婚指輪をはめていたことから,少なくとも平成11年8,9月ころと, Aが死亡する前週の2回 「目障りだから,そんなちゃらちゃらした物は着けるな,指輪は外せ 」というような言葉で,A に結婚指輪を外すよう命じた。

判決文より

Aは被害者、Fはパワハラ行為者の上司です。

1999年といえば、20年以上昔ですが、このころであっても、男性が結婚指輪をつけるのが「ちゃらちゃら」していて、過剰な装飾だと思う人はほとんどいなかったでしょう。常識の範囲内の装いです。

上司の「指輪を外せ」という発言はもちろん理不尽なのですが、そのくらいたいしたことじゃないから従ってもいいじゃないか、と思う人もいるかもしれません。

しかし、判決文は、このように指摘しています。
結婚指輪が亡くなったA氏にとって大切な意味を持つものであり、上司のF氏もそれをわかっていた、だからこそ、強い心理的負荷となるいやがらせに該当するということですね。

Aが「星の指輪」という歌を好み,カラオケで練習していたこと, Fの命令にもかかわらず,死亡の前日まで会社でも家庭でも指輪を外さず,自殺当日これを外して妻のドレッサーの小物入れに入れていったこと等からすると 指輪に対する強いこだわりが見て取れるところである。 また ,一方,F も,前記認定のとおり,死体確認の際 「いつも指輪をしていたよね 」と発言し,N に対して 「私の指導や指輪のことが( Aの死亡の)原因だとすれば,私も身の振り方を考えなければいけないね 。」と話したことを認めていること等からすると,指輪のことが気に掛かっていたか,あるいは,指輪がA にとって大きな問題であることを察していたものと認められるのである。

監視や暴露

そして、現在では当初の概念よりかなり内容が拡張し、下のようなものも「個の侵害」の典型的な内容とされています。

労働者を職場外でも継続的に監視したり、個人の私物を写真で撮影したりすること、また、上司との面談等で話した性的指向・性自認や病歴、不妊治療等の機微な個人情報について、本人の了解を得ずに、他の労働者に暴露することは、「個の侵害」型のパワハラに該当すると考えられます。

6「個の侵害」型のパワハラ|ハラスメントの類型と種類|ハラスメント基本情報|あかるい職場応援団 -職場のハラスメント(パワハラ、セクハラ、マタハラ)の予防・解決に向けたポータルサイト-

とくに、「機微な個人情報を、本人の許可なく他の人に伝えた」という行為が違法と認定された裁判例をふたつご紹介しましょう。

京丹後市事件(京都地裁 令和3年5月27日判決)

市立幼稚園の教諭だった原告が、(1)園長のパワーハラスメント(2)京丹後市が、パワハラについて適切な調査を怠ったこと、 (3)パワハラの証拠として市に提出した原告の日記のコピーを、本人の承諾なく、市職員によって複製され、また、市長以外の者に閲覧され、さらに、地方公務員災害補償基金と園長に交付されたこと等が、安全配慮義務違反だとして損害賠償を求めた裁判です。

京都地裁は、パワハラは否定したのですが、(3)の日記のコピーの複製や交付がプライバシーの侵害であり、不法行為であるとして、33万円及び遅延利息の支払いを命じました。

日記のコピーを園長に渡した点については、次のように判示しています。

本件日記には,原告がパワハラであると主張している事実関係に加えて,原告の心情等に係る記載もあるなど,原告の重大なプライバシーに係る事項が記載されているところ,C園長は,原告がパワハラの加害者であると主張している人物であるから,C園長に本件日記の内容が開示されれば,原告のプライバシーが侵害されることはもとより,いくらパワハラの調査のために提出されたものであっても,被害者であると主張する原告の立場からすれば,心情的に,C園長には本件日記の内容をそのままの状態では知られたくないと考えるのが通常であると思われる。また,C園長に原告が主張している事実関係を確認してもらう必要があったとしても,本件日記のコピーをそのまま渡すのではなく,事実関係のみを抽出して作成した書面を交付するなど,他の方法によっても,C園長に事実関係を確認することは十分可能であったと思われ,C園長に本件日記のコピーそのものを交付する必要性は低かったといえる。

判決文より

パワハラの調査のために、被害者側がなんらかの証拠を勤め先に提出することはよくあるのですが、それをそのまま、しかも、個人の日記のコピーを行為者に渡してしまうというのは、筆者のような専門家からみるとありえないことです。

佐賀県事件(佐賀地裁 平成31年4月26日判決)

県立高校の教員が、長時間労働と遠距離通勤でうつ病等の複数の精神疾患を発症したことについて、安全配慮義務違反で県を訴えた裁判です。

この裁判でも、安全配慮義務違反自体は否定されましたが、病気休暇を取得したことを学校のウェブサイトに掲載され公表されたことがプライバシー侵害だとして、原告の精神的苦痛に対する損害賠償が命じられました。
賠償額は、10万円でした。

この点についての判示は次のとおりです。

本件掲載等は,原告が病気休暇を取得していることを不特定多数人に明らかにする行為であるところ,個人の健康状態,心身の状況,病歴等に関する情報は,通常は他人に知られたくない情報である。したがって、本人の同意を得ることなく,これをみだりに公表することは許されない。
被告は,情報の秘匿性が高くない,掲載の必要性・正当性がある,具体的不利益が生じていないとして,本件掲載等は受忍限度内であると主張する。 
しかし,病気であることは,本人に不利益を生じさせ得る情報であるから,通常は他人に知られたくない情報であって,その秘匿性が高くないなどとは到底いえない。前提事実(7)のとおり,原告が病気休暇であることが記載されたのは,本件高志館だよりの転出者欄であるところ,原告は,このとき転出者ではなかったから,掲載の必要性も認められない。本件高志館だよりが発行された平成23年4月から1年数か月が経過した平成24年8月30日になって,広範囲の人が閲覧可能なウェブサイトにこれを掲載する必要性も認められない。
個人の私生活上の自由のひとつとして,何人も,個人に関する情報をみだりに第三者に開示又は公表されない自由を有しており,他人に知られたくない個人に関する情報をみだりに開示又は公表されないことに係る利益は,法的保護に値すると解される。本件掲載等により,原告は,他人に知られたくない病気休暇を取得した事実を公表されたのであるから,これによって,上記の利益を侵害され,精神的苦痛を受けたと認められる。

判決文より(太字は引用者)

プライバシー侵害が、パワハラの他の要件を満たせば、「個の侵害」型のパワハラとなる

パワハラかどうかの判断の場合は、プライバシー侵害の事実だけではなく、その行為が優位的な関係にある者からされたこと、さらに職場環境が害されたこと、という条件が加わります。

職場では、管理部門が、従業員の他人に知られたくない情報を保持することは日常茶飯事です。

そのような情報を公表する、または、他の人に開示する場合、プライバシー侵害になるかどうかのポイントは「本人の了承を得ているかどうか」です。

上のふたつの判例では、管理部門がその点を心得ていなかった、または、軽く考えていたのが原因で、裁判沙汰になり敗訴してしまいました。

一般の従業員では、管理部門よりもさらにそのような心得はないのがふつうですから、このタイプのパワハラがあとを絶たないということになってしまいます。
たまたま知り得た部下の個人情報、それも、人に知られたくない内容をぺらぺらしゃべってしまうと、「個の侵害」型のパワハラになる可能性が高くなります。

管理職に注意喚起しておく必要がありますね。

パワハラ6類型の解説記事

  1. パワハラ6類型の「身体的な攻撃」とはなにか
  2. パワハラ6類型の「精神的な攻撃」とはなにか
  3. パワハラ6類型の「人間関係からの切り離し」とはなにか
  4. パワハラ6類型の「過大な要求」とはなにか
  5. パワハラ6類型の「過小な要求」とはなにか
  6. パワハラ6類型の「個の侵害」とはなにか