「一度きりの暴言ならパワハラにはならないですよね?」
人事や管理職の方から、こうした相談を受けることがあります。
しかし実際には、強い精神的苦痛を与え、就業環境を害するものであれば、一回の言動であってもパワハラに該当しうると考えるべきです。
最近の実務や指針の運用でも、「回数」よりも「どの程度、就業環境が害されているか」が重視されるようになっています。
この記事では、まずパワハラの基本的な考え方を整理し、そのうえで「一度きりの暴言」をめぐる具体的な事例と、企業・管理職としてどのように向き合えばよいのかをお伝えします。
パワハラの定義をあらためて確認する
パワハラの判断では、最初に「そもそも何をパワハラと呼ぶのか」を押さえておく必要があります。
現在のパワハラ防止法(労働施策総合推進法)では、
- 優越的な関係を背景とした言動であること
- 業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動であること
- その結果として、労働者の就業環境が害されること
という三つの要素を満たした場合にパワハラとされています。
ここには「継続的に行われていること」「何回以上であること」といった条件は書かれていません。
「一回かどうか」ではなく、その一回の言動が、平均的な労働者の感覚から見て就業上看過できない程度の支障を与えたかどうかが問われます。
なぜ「一回の暴言」でもパワハラになりうるのか
一度きりの言動であっても、内容があまりに強い攻撃であったり、人格否定や雇用不安をあおるようなものであれば、受けた側のダメージは非常に大きくなります。
その結果、眠れない、食欲が落ちる、出勤ができなくなる、上司の顔を思い出すだけで動悸がする、といった状態に至ることもあります。ここまでくると、「就業環境が害されている」と評価せざるをえません。
また、厚生労働省の指針の運用でも、「平均的な労働者がどう感じるか」を基準にしつつ、言動の頻度や継続性だけでなく、その一回が持つインパクトの強さも考慮することが示されています。
つまり、「何度も繰り返していないから大丈夫」という発想ではなく、「この一度の言動が、相手の就業環境にどの程度の悪影響を与えたのか」をていねいに見ていくことが重要になってきています。
事例:飲み会をめぐる一度きりの暴言
ここからは、実務でよく見かけるパターンをもとにした事例をご紹介します。
登場する人物や状況は、特定の会社や個人に結び付かないよう、複数の相談を踏まえて再構成したものです。
試用期間中の中途採用社員Aさんは、営業チームに配属されたばかりでした。
ある金曜日、大型の契約が取れ、チーム全体がほっと一息ついたタイミングで、上司が「今日はみんなで飲みに行こう」と声をかけました。職場の雰囲気としては、半ば「当然行くもの」という空気が流れています。
ただ、Aさんには以前から決めていた家庭の予定がありました。パートナーとの記念日で、レストランの予約も済ませています。そのためAさんは、上司に対して「すみません、今日はどうしても家庭の予定がありまして、定時で上がらせてください」と、事前に一度、当日にも改めて伝えていました。
ところが上司は、それを聞いた途端に表情を変え、「家の用事と仕事とどっちが大事なんだ」「協調性がないな」といった言葉を投げつけました。
さらに感情が高ぶったのか、「そんな考え方なら本採用になっても最低評価だ」「飲み会に来られないなら、月曜から来なくていい」といった発言まで、周囲の前で大声で浴びせてしまいます。
その場はそれで終わりましたが、Aさんにとっては大きなショックでした。記念日の食事中も、頭の中では上司の怒鳴り声がぐるぐる回り続け、味をほとんど覚えていません。
夜になってもなかなか眠れず、「月曜から来なくていい」という言葉が繰り返し思い出され、胸がざわざわする状態が続きました。
結局その週明け、Aさんは出勤することができず、会社に「体調がすぐれないので休みたい」と連絡を入れます。人事との面談では、「仕事自体は続けたいが、この上司の下で働くことを考えると不安でたまらない」と訴えました。
会社としては、上司・Aさん・当時その場にいたメンバーに事実関係を確認したうえで、上司の言動が「優越的な立場を背景に、任意性の高い飲み会への不参加を理由として、人格否定や雇用不安をあおる暴言を一度に集中して行ったもの」であり、その結果としてAさんの就業環境が害されたと判断しました。
そのため、この事案は「一度きりの暴言」であっても、パワハラに該当するとという結論に至ったのです。
企業として押さえておきたい対応のポイント
このようなケースが持ち込まれたとき、人事・総務として何を基準に考えればよいでしょうか。
まず大切なのは、「一回かどうか」だけに着目しないことです。たとえ一度の出来事であっても、その内容や場面、相手の受け止め方、心身の変化などを総合的に見て、「就業環境が害されているかどうか」を判断する必要があります。
相談を受けた段階では、本人の話だけで決めつけるのではなく、冷静に事実関係を確認していきます。本人、行為者、同席者それぞれから聞き取りを行い、メールやチャットの記録、録音、メモなどがあれば、それも参考にします。
そのうえで、行為者の主観的な事情(自分としては励ましたつもりだった、軽い冗談のつもりだった等)と、客観的に見たときの言動の不適切さを区別して評価することが求められます。
また、この種のケースでは、任意参加の懇親会や飲み会が「仕事の延長」として機能していることも多く、そこでの言動も職場でのハラスメントとして扱われうる、という視点が欠かせません。
会社としては、ハラスメント防止規程や研修などで、「懇親会も職場の延長である」「飲み会への参加・不参加を人事評価に直接結び付けてはならない」といった方針を明確にし、日頃から共有しておく必要があります。
管理職はどう考えるべきか
管理職研修や面談の場では、「一度きりの暴言でもパワハラになりうる」という事実を、まず正面から伝えておく必要があります。
そのうえで、「部下のプライベートな予定を軽んじる発言は、信頼関係を大きく損なうこと」「感情的になって怒鳴ってしまった場合でも、その後の謝罪や振り返りをせずに放置することが、問題をさらに深刻化させること」を具体的なエピソードとともに説明すると、現場の腹落ちがよくなります。
一方で、部下側も、可能な範囲で予定を前もって共有する、仕事上の影響を最小限にする工夫を伝える、といったコミュニケーションの工夫ができる場面もあります。
「どちらか一方が悪い/良い」と単純化するのではなく、「どのような言動がパワハラに当たるのか」という基準を共有しながら、組織全体でよりよいコミュニケーションの形を探っていくことが現実的なのです。
1回でもアウトになりうるラインを共有しておこう
一般的に、パワハラの相談は「何度もくりかえされる言動」「複数回に渡って暴言があった」等のパターンが多いものです。また、「一回だから大丈夫」「いつもではないからパワハラではない」という感覚も、まだ根強く残っています。
しかし法的な枠組みや指針の運用、そして実際の相談事例を見ていくと、回数だけで線を引くことはできず、「一度の言動であっても、就業環境を害したかどうか」が問われることは明確です。
企業としては、相談があったときの丁寧な調査・対応はもちろん、日頃からの研修やメッセージ発信を通じて、「一回でもアウトになりうるライン」を共有しておくことが重要です。
そして何より、部下や同僚の人生や尊厳を軽んじる言葉を、感情に任せて口にしてしまわないよう、自分自身の言動を点検し続けることが、パワハラ防止のいちばんの近道なのです。







