若いプロ野球投手のパワハラ問題

プロ野球東北楽天の安楽智大投手(27)が複数の後輩選手にパワーハラスメント行為をした疑いがある問題で、楽天野球団は30日、パワハラの事実を認め、独占的に契約交渉する権利を持つ保留選手名簿から安楽投手を除外し、自由契約とすることを発表した。事実上の解雇となる。

東北楽天が安楽を自由契約に 被害者は約10人「将来の全て否定しないが、来季の契約はない」 | 河北新報オンライン

ここ数日、スポーツニュースを賑わせているプロ野球のパワハラ問題。

パワハラ行為者の27歳という若さには驚きました。

しかし、一軍の選手、それも将来ある青年を解雇するという思い切った球団の処分も、いまの社会のパワハラへの厳しい視線を考えると無理のないところでしょう。

スポーツ界はパワハラのニュースがひきもきらず、構造的な問題があることを示していますが、ビジネスの世界でも同じ問題を抱えている企業・団体が多くあります。

どんなにチームに貢献していても、斟酌されない

ビジネスの世界でも、スポーツ界でも、一昔前はパワハラの行為者に甘く、往々にして処分はうやむやにされ、被害者が追い出されるという結末がまかりとおっていました。
しかし、いまは、どんなにチームに貢献していようと、今後の活躍が見込まれようと、パワハラ行為が明るみに出た以上、帳消しにすることはできません。

もちろんそこには、人権やメンタルヘルスに対する認識が高まり、不当な扱いに対して声を上げるべきだという人々の意識の変化があります。
また、パワハラ問題がメディアで大きく注目され、企業のリスク管理上、無視できない状況になっているという世の中の流れもあります。

プロ野球の世界では、戦績もだいじですが、野球を観戦するファンにそっぽをむかれてはどうにもなりません。
パワハラが大きく報道された以上、きちんと処分しないと、チームの人気に影響してしまうでしょう。

一般の企業においても、「必要な人材だから」と、パワハラ行為を大目に見ると、他の社員は失望し、会社への信頼感をなくします。
退職者が続出し、マスコミ報道やネットでの炎上で採用もままならないということになってしまいます。

パワハラはもちろん被害者にとって悲劇です。
それだけでなく、行為者にとっても、パワハラだという自覚がなかったり、「この程度はだいじょうぶだろう」と軽く考えていると、自分のキャリアを失うという悲劇が待っています。

先輩に絶対服従という慣習がパワハラの温床に

このトピックに関して、気になったニュースがあり、少し長いですが、引用します。

 そして「彼は野球強豪校で規律が厳しいことでも有名な済美高出身ですからね。当時の野球部も例外なくその傾向があり、その中でも縦社会というか上下関係は半端なかった。上級生の言うことは『絶対』で歯向かえば何をされるかわからない。その分、後輩には何をしてもいい。そういう環境下で育ってきたわけですから、プロ入り後も高校時代の上下関係や後輩に対する態度を踏襲したのでしょう」とも続けている。

 その上で同関係者は「一度本人と話すと分かりますが、本当に先輩や年上の関係者には礼儀正しいのですが、後輩や年下に対しては別人のような態度を見せることもあるので。昭和の時代ならともかく今の時代でそれをやってはダメ。手遅れかもしれませんが、周囲がもう少し彼に野球以外の社会教育を施してくれていれば、今の状況は変わっていたのかもしれませんが…」と指摘した。

【楽天】パワハラ疑惑が波紋 安楽智大の裏の顔 高校時代から知る関係者が重大証言 | 東スポWEB

スポーツ界の構造的な問題の一因は、まさにこの「先輩に絶対服従」という悪しき慣習にあります。

職場のパワーハラスメントとは、職場において行われる①優越的な関係を背景とした言動であって、②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、③労働者の就業環境が害されるものであり、①から③までの3つの要素を全て満たすものをいいます。

ハラスメントの定義|ハラスメント基本情報|あかるい職場応援団 -職場のハラスメント(パワハラ、セクハラ、マタハラ)の予防・解決に向けたポータルサイト-

上に示したパワハラの法律上の3つの要件のひとつである「①優越的な関係を背景とした言動 」とは、相手に逆らえないような関係性のことです。
「先輩に絶対服従」という慣習は、パワハラの要件のうち、ひとつを用意しているのです。
この悪しき慣習が、パワハラの温床になっていると言っていいでしょう。

雇用主・上位者の責任が大きい

もう一度、さきほど引用した東スポの記事を見てみましょう。
本当に先輩や年上の関係者には礼儀正しい」という記述があります。

このような文化の中では、自分より立場が弱いものに対しては、相手の人権を踏みにじるようなことも平気でしますが、一方、立場が強いものの言うことには、なにも考えずにすぐに従います。

つまり、この投手より立場が上である、先輩、コーチ、監督、球団が、早く事態に気づき、真剣に注意していれば、解雇という事態になる前に、ハラスメント行為をやめた可能性が高いのです。

口では「いじめやパワハラはいけない」と言っていたかもしれません。
しかし、「先輩に絶対服従」という文化は、一方で、「忖度」の文化です。
相手が要望を口にする前に相手の意に従うという訓練を長年しているのです。
つまり、この投手は、「本音では、上位者もパワハラ行為を許容している」と考えていたのではないでしょうか。

「絶対服従」の度合いが強ければ強いほど、上位者の責任は大きいと言えるでしょう。

ビジネスの世界では、使用者責任があり、自分が雇っているものが不法行為を行えば、たいていの場合、雇用主は責任を免れません。
しかし、スポーツの世界ではそうでもないようですね。
パワハラ行為をした選手のみを罰して終わり、ということが続いているので、なかなか事態が改まらないのかもしれません。

職制の上下やキャリアの長短を超えて話し合える文化を

スポーツの世界だけでなく、「絶対服従」的な文化がある職場も、まだまだたくさんあります。
上司からすると、部下が自分の言うことに唯唯諾諾として従い、自分の意向を忖度して動いてくれれば、とてもやりやすいかもしれません。

しかし、そのような状況が生産性を上げるためによい状態かと言えば、とうていそのようには言えません。

職場の生産性を上げるために心理的安全性が重要だとよく言われています。

具体的には、下記のような状況が「心理的安全性がある」状況です。

  • 上司・部下関係なく、業務について議論できる。
  • 部下が自分の意見や提案を述べても、バカにされたり、無視されたりしない。
  • 率直に意見を言うことにより、衝突や葛藤が起こることもある。

「上位者に絶対服従」「忖度」の文化とは、まさに正反対の状況であることがわかるでしょう。

また、「絶対服従」的な慣習がある職場では、生産性以前に、不合理なことを嫌う若い世代が定着せず、年中募集をかけていて年中人手不足、職場の平均年齢はどんどんあがっていく、ということが起こっています。

職場での立場が下の人、社歴の短い人、年齢の若い人が、のびのびと自分の考えを言えるような文化をつくることこそが、パワハラを防止し、職場の生産性を高めるポイントなのです。