ある集団の中で、人々がどう動くのか、これを心理学的に見たものをグループ・ダイナミックスと言います。
グループ・ダイナミックスの研究から得られた知識を持っていると、職場でパワーハラスメントが起こりそうになったときに、より効果的に対処できるかもしれません。

アッシュの集団圧力の実験

言葉を通さなくても、その場の雰囲気や周りの人の言動から自分の言動が決まってくる、ということはよくありますよね。
それができないと、「空気読め」と言われてしまいます。

この画像は、1951年にアメリカのソロモン・アッシュが行った実験で使われた図です。

この図を見せられた被験者たちは、右の3本の棒の中から、左の棒と同じ長さのものを選ぶように言われます。
答えは明らかですね。
こんなの間違える人がいるわけないとお思いになるでしょうが、被験者の多くが「B」以外を正解として選んでしまったのです。

なぜだと思いますか?

この実験のミソは、被験者がひとりで実験に望んだのではなく、8人の集団で実験が行われたという点です。
8人といっても、ほんとうの被験者はその中のひとりだけで、ほかの7人は実験の協力者、つまりサクラだったのです。
サクラは、あらかじめ決められたシナリオに沿って、最初は正しい答えを選ぶのですが、途中から間違った回答を答えます。しかも、自信満々で。

比較のために、集団ではなく、ひとりで回答した被験者37人のうち、35人が全問正解しました。

7人の誤った答えを言うサクラといっしょに回答した被験者50名のうち、全問正解したのは13人(26%)でした。
30%の人が、2回に1回は、サクラと同じ、明らかに誤った回答を答えています。

実験ではサクラの人数も変えていて、サクラがひとり、ふたりと増えていくごとに、被験者の間違いの数も増えていきます。
その効果が最大になったのは、サクラが4人の時で、それ以上の人数になっても効果は同じか、かえって誤りの回数が減少しました。
あまりにも多くの人が、明らかに誤った回答をするのを見て、被験者はなにか感づいたのかもしれません。

大多数の人の判断が自分の判断と違う時、それに従わせるような心理的圧力があります。
それを「集団圧力」と読んでいます。まさにそれが「空気」ですね。

実験と実生活の違い

さて、これは実験ですので、単純化されています。
実際の生活では、簡単な正解が用意されているようなことはほとんどなくて、判断が正しいかどうかは簡単に言えないことが多いでしょう。

しかも、実験で用意された集団は一時的なもので、その実験が終われば、みなばらばらになり、二度と会うこともないでしょう。
しかし、実際の生活では、まわりの人との関係は、今日で終わりというようなことはあまりないはずです。
職場では、数年単位のつきあいがあるのがふつうですね。

また、実験では、課題は棒の長さといった、簡単なクイズです。
間違えたからといって、とくに不利益を被るわけでもなく、気軽な気持ちで答えられるものでした。
しかし、日常生活の中では、意思決定することによって、自分の仕事や生活に影響があるのがふつうです。

真剣に考えなければならない課題だからこそ、他人に影響されずに自分の意見を貫けるかというと、実はそういうときにこそ、まわり人の判断が自分の判断の根拠になってしまうことが多いものです。
自分がしっかりしていればだいじょうぶ、と言い切れないのがつらいところですね。

そんな中で、大勢が明らかにあやまった判断についているとき、わたしたちにできることはあるのでしょうか。

集団圧力に対抗するには

この実験の中には、その部分に対するヒントもあります。
他者からのサポートが判断にどのように影響するか、ということです。

アッシュは、実験の中で、サクラの条件をさまざまに変えています。
その中に、棒の長さについて、「正しい答え」を言うサクラを入れたものがあります。
つまり、被験者に味方が現れるわけです。

この正解担当のサクラが入ったことで、実験の内容は劇的な変化を遂げます。

かなりの被験者が、多数の意見に同調しなくなったのです。

サクラの全員が「間違った答え」を選択した場合、被験者の30%が、2回に1回は大勢に同調して、明らかに間違った答えを選びました。
ところが、この「味方」が現れると、この30%という割合が、5.5% にまで減少したのです。

実験では、この「味方」は、たったひとりいれば、結果に大きな違いがありました。
何人対何人、ということではなく、ひとりでも、自分を支持してくれる人、理解してくれる人がいれば、大勢に影響されずに、自分の考えを貫くことができる、というふうにも読み取れますね。

自殺を選んだ人が残したメモには、よく、「だれも自分を助けてくれなかった」という内容のものが見られるそうです。
このとき、自分を助けてくれる人、話を聞いてくれる人、理解してくれる人、は、たったひとりでいいのです。
世の中の多くの人が自分を見捨てても、たったひとりの理解者がいれば、人間は生きて行くことができるのではないでしょうか。

職場でハラスメントを目撃したら

職場でセクシュアルハラスメント、パワーハラスメントが眼の前で行われている。
そのとき、傍観者になっているべきか、被害を受けている人に味方するべきか、という場面にもし立たされることがあれば、この実験のことを思い出してみましょう。

ハラスメント行為をしている人に、かわりに抗議するのは、難しいかもしれません。

しかし、被害を受けている人を励ます、話を聞いてあげる、ということは、できるのではないでしょうか。

また、同僚として、かわりに上司やハラスメント相談窓口に相談するという行為も有効です。
実際に、自分は被害を受けていない人が、同僚のために相談するというのは、案外多いのです。

同僚がハラスメントで心が折れ、メンタル不調になったり、黙って退職してしまう前に、できることがあると、覚えておいて下さい。