「マルハラ」って?

昨今、「マルハラ」という言葉が話題になっています。

マルハラとは、主にチャットなどのSNSの文面において、句点(。)を使用することで威圧感を与えさせてしまうことを表す造語である。パワーハラスメントセクシャルハラスメントなどに代表されるハラスメントの一種ではない。

マルハラ – Wikipedia

さすがにここまで来ると、中高年からは「理解できない」という反応が出てきていますね。

しかし、パワハラやセクハラについても、「その程度のこと、なぜ騒ぎ立てるんだ、理解できない」という反応を、いままでたくさん聞いています。

こういうと、相手を傷つけるパワハラ・セクハラと、「文章に句点を打つ」という常識的な行動はいっしょにできない、と思う方も多いかもしれません。
しかし、深刻さはもちろん違いますが「相手が嫌だと思っている行動をとる」という点は、似通っています。

指摘されれば、その人に対しては気をつける

中高年である筆者自身は、「マルハラ」という言葉を知っても、とくにSNSで句点を省略しようとは思いませんが、LINEでやりとりをしている身近な人から、「それ、マルハラですよ」と言われたら、その人に対しては、句点をつけないよう気をつけるでしょう。

相手が「ハラスメントだ」というのは、「わたしはそうしてほしくない」ということなのです。

「日本語の文章には句点を打つのが常識だ! わたしは長年このやり方でやっていたんだから、あなたに合わせるつもりはない!」と力む必要はありませんし、「ハラスメントだと言われてしまった」とへこむ必要もありません。
相手がイヤだといえば、多少常識から外れていたとしても、「この人はここがいやなんだな」と思って、その人に対しては気をつければいいだけのことです。

ほかの人は平気でも、自分はここがいやだ、というポイントは人によっていろいろです。
相手のことを尊重するのであれば、そこは尊重してあげればいいのではないでしょうか。

「マルハラ」について、だれかひとりに指摘されたからと言って、その人以外に対しては、文章に句点を打つという常識的な行動をやめる必要はありません。
ただ、こういう言葉ができるということは、若い世代ではいやがる人が多いということを考えて、若い人にSNSを送るときは句点を省略する程度の気を使ってもいいかもしれませんね。

ただし、「気をつけてはいるけど、長年の習慣だから、句点をつけちゃうこともあるかもしれない。別にあなたを威嚇しようというつもりはないので、そこは大目に見て」程度は言うかと思います。

言葉の重みが異なる

中高年の方は、職場で責任のある立場にあることも多く、たいていは、セクハラ・パワハラの行為者(加害者)にならないようにしよう、と考えています。
そこに、「◯◯ハラだ」「ハラスメントだ」と指摘されると、ぎょっとするのは確かですね。

また、「セクハラ」「パワハラ」「ハラスメント」という言葉自体、若い頃には存在しなかったものですので、そのような概念に対して、ちょっと構えてしまうところもあるかもしれません。

一方、若い世代からすると、「セクハラ」「パワハラ」「ハラスメント」という言葉は、物心ついたときから身近にあふれていた言葉です。
とくに深い意味もなく「なんだか嫌だ」というときに、簡単に使う傾向はあるでしょう。

このような、言葉に対する感受性の違いも、「理解できない」という反応のもとになっていることが考えられます。

指摘されるのは信用されている証拠

管理職や中高年の側からすると、「ハラスメントだ」と指摘されると、軽く受け止めることができないし、できれば言われたくないと考えるのも無理のないことです。

しかし、軽い調子で「それってハラスメントですよ」と指摘されるというのは、あなたが「そう言えば直してくれるだろう」と思われている証拠です。
その指摘には、あなたへの親しみや信頼が表れているのです。

ですから、がっかりする必要はありませんし、「わかった、これから気をつけるよ」と軽く受けておけばいいのです。
一瞬むっとしたとしても、むきになって反論したりしないようにしましょう。
相手の要望に添えない場合は、その理由を落ち着いて説明すればよいのです。

これが「マルハラ」程度の話なら、軽く受けておけばいいのですが、自分では気づかずにセクハラ・パワハラ・マタハラにあたるような言動をしていることがあるかもしれません。
そのようなとき、大事になる前に教えてくれる人が身近にいるのは、とてもありがたいことです。

年を取るほど、責任のある地位にあるほど、間違ったことをしてしまったときに指摘してくれる人は少なくなります。

「ハラスメント」「◯◯ハラ」という言葉が、年配の人や目上の人に対して、指摘しやすい言葉であるというのは、いいことです。

「なんでもハラスメントか!」と腹を立てたり嘆くよりも、そのように考えてみてはいかがでしょうか。