「いじり」をめぐる危険なギャップ

「いじり」という言葉って、いつからこんなに一般的になったのでしょうか。

テレビの番組で、ベテラン芸人が若い芸人を「いじって」笑いをとり、若い芸人も、自分が注目される場を作ってもらってありがたく思う、こんな構造が、そのまま職場の中に持ち込まれていることがあります。

そのむかし、お笑い番組のドタバタの場面でパイ投げが演じられると「食べ物を粗末にして!」「子供が真似したらどうする!」という批判が集まったそうですが、画面の向こう側で行われていることを真似してしまうのは、おとなでも同じです。

ハラスメントのご相談を受けていると、上司にどなられる、理不尽な叱責を受ける、等、通常ハラスメントと思われることと並んで、よく出てくる内容があります。

  • 容姿や男性らしさ女性らしさ等をネタにからかわれる。本人がいやがっているあだ名で呼ばれる。
    • (女性に向かって)女子力がないな。
    • (おとなしい男性に向かって)◯子ちゃん。
    • (背の高い女性に)電信柱。前に立たれたら向こうが見えないよ。
    • (太っている人に)ぶーちゃん、ぶーこ、その他動物に例える。
  • プライベートなことがら、とくに男女関係をはやしたてる。
    • (携帯に異性から着信があったら)つきあってんの? デート? やっちゃった?
  • 相手の気にしている口癖や行動を真似してからかう。

こうしてありがちな例を出してみると、身に覚えのある人もけっこういるのではないでしょうか。

しかも、やっている側は「職場の空気を和ませようとして」「相手に親しみを見せようとして」やっている、と思っている場合が多いのです。また、そんな意図もとくになく、「先輩は後輩をいじるもの」だと、当然と思っていたりします。相手に親切にする、話をよく聞く、感じのよい言葉掛けをする、という、通常いい人間関係を結ぶときのやり方を知らないのです。

いつも笑いでいっぱいの和気あいあいとした職場。上司や先輩はそう思っていても、実はいつもだれかを傷つけ、その犠牲の上に成り立っている「いい雰囲気」だったりします。

どなったり、無理な仕事を押し付けるような、典型的なハラスメントと比べて、やっている本人も周りも気づきにくい、という点で、このような「いじる」行動はとても危険です。自分だけでなく、みんな笑っているし、言われた本人もいっしょに笑っていることもよくあります。しかも、そのような「いじり」の最初のきっかけが、本人の「自虐」だとしたら、ますますその残酷さに気づきにくくなります。

ハラスメント行為者(加害者)との面談で、被害者がこのような「いじり」をとても苦痛に思っていると伝えると、「え? そこですか?」「その程度のことで・・・」と目を丸くして、びっくりされることもあります。

ハラスメントは、行為者(加害者)と被害者の間の感じ方に大きなギャップがあるものですが、これはその中でもさらにギャップが大きく、やっている側は悪いことをしているという自覚もなく、長期化し、エスカレートしがちです。

たとえ冗談だろうと、相手の人格を傷つけたり、プライベートなことにずかずか踏み込んではいけません。職場云々の前に、おとなとして当然の話ですが、若い人だけでなく、50代くらいにも蔓延しています。

自分はいつも冗談を言って周りを明るくしている、と思っている方はとくに、人事部から「ハラスメントの申告がありました。ついては、お話を伺いたい」と呼び出される前に、だれかを「ネタ」にして「いじって」いないかどうか、考えてみましょう。

また、上司や先輩からの「いじり」でつらい思いをしている方は、「このくらいのことでおおげさだと思われないだろうか」「自分が(自虐として)言いだしたことだから」「冗談だから相手は悪意がない」と我慢する必要はありません。相手に直接「やめてください」といえないときは、会社の相談窓口、それもつらければ、だれか親しい人に相談するようにして下さい。