なにか失敗してしまったとき。一瞬、「ばれないように、ごまかせないだろうか」という気持ちが心をよぎります。
顔が青くなったり赤くなったり、いやな汗が出たり、場合によってはめまいがしたり。
「どうしようどうしようどうしよう」という言葉だけがぐるぐる回って、たちすくんでしまったり。

筆者もいい年ですし、社会経験も長いにも関わらず、やはりそんな気持ちからは自由になれません。

ご近所のお宅の駐車場に、バックで入れるのに失敗して、鉢植えの容器にぶつけて割ってしまったことがあります。
そのお宅の玄関のチャイムを鳴らしてあやまるまで、3分くらいはつったっていたでしょうか。

あやまってしまえば、別になんてことはありません。
いつも親しくしているご近所の方が、目を吊り上げて怒りだすなんてことがあるわけもなく、笑って許してもらえました。
でも、割った途端に「ごめんなさい」をする気持ちにはなれなかったんですね。

これほど、あやまるのは、難しいことです。

明らかに自分に責任があっても、どうしてもあやまれず、無理な言い訳をしたり、逆ギレして居丈高にどなったりする人がいます。
まだ問題が小さいうちに、あやまって、どのように対処したらよいか周りの人に相談すれば、「だれにでも失敗はあるよ」ですんでしまったことが、大問題となり、本人も傷つき、周りにも迷惑をかけるという結果になることがあります。

自分の失敗を認めてあやまれない人は、プライドが高いのでしょうか。

実はこれは逆なんです。
自己評価が低く、自分に自信がないから、ほんのちょっとの失敗でも、もしそれがとがめられたり、叱られたら、自分のすべてを否定されたように感じてしまう。
だから、自分のあやまちを認めて「ごめんなさい」をすることができないのです。

最初に書いたような状況にすぐになってしまうわたしも、実は、ちゃんとした自尊感情をもてていないのかもしれません。
でも、3分や5分で立ち直って、きちんと謝罪ができれば、社会人としてとくに問題はありません。

もし、あなたの部下が、自分の失敗を隠そうとしたり、なかなかあやまれないようであれば、「おとななのだから、きちんと謝罪できて当たり前。できない部下が悪い」ではなく、「いつも否定されているので、最初から身構えてハリネズミのようになっていないか」という視点で考えてみる必要があります。

相手を「認める」「ほめる」ことが、トゲトゲを溶かす近道です。

「上司はお母さんじゃない」とお思いかもしれません。
でも、子育てと部下の育成は、とても重なるところが多いものです。

そして、あなた自身が、なかなかあやまれない自分に気づいていたら、自分で自分のよいところを認めてあげているか、いつもあまりに忙しくて余裕を失っていないか、点検する必要がありそうです。