
先日Xにこのような投稿をしたところ、24時間で10万ビューを超える大きな反響を呼びました。多くの人が同じような経験や違和感を抱えていることの表れだと感じています。
本稿では、ハラスメント相談の現場で見えている実態をもとに、「なぜ日本の労働者は声を上げられないのか」を整理し、少子化・人手不足時代に企業がなぜ本気でこの問題に向き合わなければならないのか、そして、そこから抜け出すために会社と労働者がそれぞれ何をすべきかをお伝えします。
バズったポストの背景にある、相談現場のリアル
ハラスメント相談を受けるとき、必ず「会社にどのような対応をしてほしいですか」とうかがいます。しかし、深刻な被害を受け、明らかに働き続けるのがつらい状態にもかかわらず、要望がとてもあいまいな方が少なくありません。
具体的な希望がある場合でも、「こんなことを言ってもどうせ通らない」「他の人に迷惑がかかる」「身勝手な人間だと思われて職場で浮きたくない」という理由で、こちらから会社に伝えること自体をためらう人が多数です。結果として、「とりあえず我慢します」「体調が限界なので休職・退職します」という選択を取らざるを得なくなり、被害者だけが大きな代償を負うケースが繰り返されています。
統計が示す「何もしない」多数派
会社に意見をいうことをためらう労働者が多いという感覚は、各種調査とも合致しています。
厚生労働省が令和5年度に実施した「職場のハラスメントに関する実態調査」によると、過去3年間にパワハラを受けたと答えた労働者は約2割に達しています。 一方で、連合(日本労働組合総連合会)の調査では、ハラスメントを受けた人のうち「何もしなかった」「我慢した」と回答した割合が、パワハラで4割前後、セクハラでは5割を超える結果が報告されています。
日本の職場では、「つらいが黙って働き続ける」か、「限界が来たら辞める」という行動パターンが一般的になっており、「会社と交渉して改善を引き出す」というルートが十分に機能していません。
日本社会の同調圧力と「権利を言い出しにくい」文化
日本社会には、もともと強い同調圧力があります。Newsweek日本版は、東アジアの中でも日本がとりわけ「周囲と同じであること」を求められる社会であり、「周囲と違う行動を取ると居づらくなる」と感じる人の割合が突出して高いと指摘しています。職場では「波風を立てない」「空気を読む」ことが過度に重視されやすくなります。
その結果、「私にはこういう権利がある」「この扱いは不当だ」と口にすることが、「自己中心的」「協調性がない」と受け止められるリスクにつながります。
「空気を乱した」人として職場で浮いたり、評価に響いたりすることを恐れるあまり、声を上げることのリスクが現実以上に大きく見積もられていると感じます。
自己主張・交渉スキルを学ばない教育
こうした行動パターンの背景には、自己主張や交渉のスキルを教育のなかで十分に学んでこなかったこともあります。
日本の学校教育では、異論をぶつけ合う訓練よりも、「協調性」「和を乱さない態度」が評価される傾向が強く、「相手との関係を保ちつつ、きちんと主張する」「条件を交渉する」といったスキルはほとんど教えられてきませんでした。
結果として、「何を、どこまで、どのような言い方で要求してよいのか」がわからないまま社会に出て、職場で問題に直面したときも、「黙る」「陰で愚痴を言う」「辞める」といった選択肢に流れやすくなります。
労組の弱体化による一人で会社と向き合う構造
もう一つの重要な要因は、労働組合の弱体化とカバー範囲の狭さです。
厚生労働省の2025年「労働組合基礎調査」によると、労働組合の推定組織率は16.0%と、統計開始以来の過去最低を更新しました。 言い換えれば、8割以上の労働者は労組に加入しておらず、団体交渉というルートを持たないまま、個人で会社に向き合わざるを得ません。日本の労組は企業別組合が中心であり、アメリカ等の産業別組合とは異なり、産業全体の賃金相場を押し上げる力が弱いことが以前から指摘されてきました。
その企業内の組合でさえ、非正規雇用や中小企業の労働者を十分にカバーできていない現状では、困ったときに頼れる集団がない人が大多数です。
賃金が上がらない日本と、声を上げない労働者
日本の実質賃金は、1990年代後半以降ほとんど伸びておらず、同期間に欧米主要国の賃金が1.5〜2.5倍に増えたのと対照的です。 その理由としては、生産性の伸び悩み、デフレ、マクロ経済政策などさまざまな要因が挙げられますが、賃金や労働条件について、労働者が十分に交渉してこなかったことも背景にあります。
労組組織率16%、産業レベルで賃金を決める仕組みの弱さ、個々の労働者の「がまんして辞める」行動パターンは、企業側から見れば、「多少条件が悪くても、文句を言わずに働いてくれる人材が常にいる」環境を意味します。
この状況では、コストをかけて賃金を引き上げたり、長時間労働を是正したり、ハラスメントに本気で取り組んだりするインセンティブは、どうしても弱くなってしまいます。
なぜ今、企業が本気で対策すべきなのか
では、なぜ企業がこの問題に本気で取り組まなければならないのか。その答えは、少子化と構造的な人手不足です。
日本の生産年齢人口(15〜64歳)はすでに減少局面に入り、内閣府は少子高齢化に伴う労働力制約が今後も続くと指摘しています。
少子化により若年層の人数自体が減るなかで、ハラスメントが放置される職場、声を上げた人が損をする職場、賃金が上がらない職場には、単純に人が集まらなくなります。
また、せっかく採用した人材が、ハラスメントや過重労働で心身を壊して離職すれば、人手不足はさらに加速します。
ハラスメント防止対策は、すでに全事業主にとって義務となっていますが、問題はコンプライアンスだけではありません。少子化・人手不足時代においては、従業員が安心して働き続けられる職場環境を整えることが、企業の生き残り条件そのものになっています。 声を上げられずに壊れていく労働者に依存する経営は、もはや持続不可能なのです。
会社は何をすべきか
では、この状況から抜け出すために、企業は具体的に何をすべきでしょうか。少なくとも次の3点が重要です。
1.「声を上げた人が損をしない」ルールと運用
相談窓口の設置や就業規則へのハラスメント規定の整備だけでなく、「相談や申し出を理由とする不利益取扱いを禁止する」ことを徹底して運用する必要があります。
相談後に評価が下がる、配置転換で不利益を受ける、といったことが起これば、沈黙の文化はますます深まります。実際に「不利益取扱いがあった場合は是正する」という仕組みとメッセージが不可欠です。
2.会社が本当に対応した事例の見える化
「相談してもどうせ何も変わらない」という諦めを崩すには、会社が実際に対応した事例を、個人が特定されない形で社内に共有することが有効です。
たとえば、「上司の不適切な言動について相談があり、事実確認のうえで当該上司に指導を行った」「配置転換の要望があり、業務との整合性を検討したうえで部署を変更した」といった事例を定期的に伝えることで、「言えば動く」という感覚が少しずつ浸透していきます。
3.管理職と従業員の双方へのトレーニング
管理職向けには、部下からの異議申し立て・要望をどう受け止めるかの研修が不可欠です。 部下の自己主張を反抗ではなく職場改善のフィードバックとして扱う姿勢を身につけてもらう必要があります。
同時に、従業員向けにも、「どのように要望を整理し、どのような言い方で会社に伝えればよいのか」を学ぶ場を提供することが、長期的には労使の対話力を高めます。
がまんか退職かの二択ではなく、対話して改善を図るという第三の選択肢を育てていくことが大切です。
労働者はどうしたらよいのか
最後に、労働者の側はどうしたらよいのでしょうか。完璧な答えはありませんが、少なくとも次の3つは意識してよいと思います。
1つめは、「つらい」と感じたときに、自分の要望をできるだけ具体的な言葉にしてみることです。「何が」「どのように」「どう変われば働き続けられるか」を紙に書き出すだけでも、一歩前に進みます。
2つめは、自分ひとりで抱え込まず、まず誰かに相談することです。社内外の相談窓口を積極的に利用するだけでなく、会社とは関係のない身近な人に相談することで、心のもやもやが晴れ、行動するエネルギーが充填されます。
3つめは、がまんして壊れる前に、できる範囲でリスクを取ることです。声を上げることには確かにリスクがありますが、沈黙を続けることにも、心身を壊したりキャリアを断たれたりする重大なリスクがあります。どこまでリスクを取るかは人それぞれですが、「何も言わない」という選択肢しかないわけではないということだけは、覚えておいていただきたいと感じています。
少子化と人手不足が進むこれからの時代、声を上げられない労働者に依存した経営は立ち行かなくなります。 社会全体としても、企業としても、一人ひとりの働き手としても、「がまんして壊れる」から「対話して変えていく」へと舵を切ることが、避けて通れないテーマになっています。






