部下を指導していて、何度言っても覚えてくれないと、つい「何回言ったらわかるんだ!」という叱責をしてしまうことがあります。
上司とはいっても、忍耐力に限界があるので、このように感じたり、口に出してしまうのは、しかたがないことだと、考えていませんか。

ほんとうにそのような言い方で叱責することは、しかたがないことなのでしょうか。
また、このように口に出して、部下指導はうまくいくでしょうか。

部下に与える効果

では、まず、このような叱り方をすると、部下にどのような効果を与えるのか見てみましょう。

攻撃されたと感じて、心を閉ざしてしまう

部下を叱責すること自体がよくないわけではありません。
しかし、この言い方では、どこが悪いのか、どのように直せばよいのかわかりません。

伝わるのは、相手を攻撃している、ということだけです。

上司に攻撃されたと感じると、部下は心を閉ざしてしまい、その後、上司のいうことをまともに聞かない可能性が高いでしょう。

このくらいのことで? と感じるかもしれませんが、あなたは学校時代、好きな教師の授業と、嫌いな教師の授業を、同じ気持ちで受け、同じように勉強できたでしょうか。
相手に対する好悪の感情、信頼できるかどうかという感情は、仕事のモチベーションや成果に、大きな影響を与えます。

無理に仲良くしようとする必要はないですが、信頼関係をぶちこわすような叱り方は、最低限避けるべきですね。

質問形式で叱ると、叱らないときに質問をしても、部下が叱られていると感じてしまう

この叱り方は、一見質問のような形です。

質問ととらえた部下が「えーと、5回くらいです」と返事をしたら、あなたはどう感じるでしょうか。
「そんなことを聞いてるんじゃない!」(自分で聞いているのに)、「ふざけるな!」(部下は質問に答えただけです)と、ますますヒートアップしてしまうのではないでしょうか。

質問のようですが、たんに叱責をそのような形にしているだけで、質問ではありません。

相手からの返事を期待していないのに、質問形式で叱っていると、部下は、あなたからふつうに質問されただけで「責められている」「叱られている」と感じて、防衛的になってしまいます。
そして、あなたに対する感情はますます悪化します。

質問形式の叱り方はなるべく避けて、せめてこのように I message(「わたし」を主語にした言い方)にしてみてはどうでしょうか。

「何度も同じ指導をしても、あなたはその通りにしないので、わたしは腹が立ちます」

もちろん、声を荒らげて言っては、攻撃になってしまいます。
怒りの気持ちを相手に伝えることは構いませんが、仕事で部下を指導しているのですから、自分の気持をおだやかに言ってみましょう。
どなりつけなくても、十分に相手には伝わります。

指導に時間がかかる部下に対応するには

ここまで読んだあなたは、「じゃあ、どうしたらいいんだ、『できの悪い部下に腹が立つ』という人間として当然の感情は抑え込むべきなのか」と、ますますイライラしてしまうかもしれません。

しかし、そこまで腹を立てずに指導する方法はあるのです。

10回で覚えてくれたらOK

「何回言ったらわかるんだ」と言いたくなるのは、部下に何度同じことを言ったときでしょうか。
おそらく、せいぜい3,4回ではないでしょうか。

あなたの若い頃は、上司から2,3回指示を受けたら、すぐにできたかもしれません。
あなたの過去の部下も、何度も同じことを言わなくても、すぐに期待どおりの仕事ぶりを見せていたかもしれません。

しかし残念ながら、人の能力は一様ではなく、また、「仕事を早く覚えたい」「上司の期待に応えたい」等の気持ちも、人によって強弱があります。
同じ人であっても、すぐにできる得意なことと、何度やってもうまくいかない苦手なことがあります。
あなた自身も、「パソコン入力が苦手」とか、「文章を要領よくまとめるのが苦手」等、いろいろありますよね。
何度かやらせてもうまくいかない部下は、そのような目で見てあげてください。

お子さんを育てたことのある人であれば、「毎日歯磨きをする」「食事のときはお行儀よく食べる」等の基本的なしつけをするのに、親が何度同じことを言わなくてはならないか、だいたい検討がつくでしょう。

わたしもふたりの息子を育てましたが、とくに反抗的でもなく、覚えが悪いわけでもないのに、しつけのために同じことを言うのは、100回では足りなかったと感じています。

もちろん、おとなと子供は違いますし、職場と家庭は違います。
そのような差を割り引いて、10分の1で10回言えば覚えるかな、という程度に考えておきましょう。

「何度言ったらわかるんだ」の答えは500回、と言っている人もいるくらいです。

「相手が悪い」から出発しない

なにかやってみて、数回やってもうまくいかないと、「これはやり方が悪いのかな?」と考えて、別の方法を試してみようとするものです。

ところが、相手がいることだと、「自分のやり方になにか問題があったのかな」とは考えず、一足飛びに「相手が悪い」と考えてしまう人が多いのです。

上に書いたように「自分ならこのやり方ですぐできる」「過去の部下ならすぐできる」と考えてしまうのですね。
しかし、うまくいっていたときのレベルにこだわると、部下も自分も苦しくなるだけです。

「相手が悪い」と考えると、「相手をどう変えればいいのか」とう思考になり、相手を責める、攻撃する、という行動になりがちです。

「自分のやり方に問題がある」と考えると、別のやり方を試してみたり、周りの人に聞いてみたり、なにより、当の相手に「どういうやり方ならいいのか」と尋ねる、という行動に結びつきます。

これなら、部下は責められている、攻撃されている、と感じません。

部下の言い分を聞く

部下指導がうまくいかないときに大切なことは、当の部下に、なぜうまくいかないと思うか、尋ねてみることです。

そうすると、おそらく予想もしなかった答えが帰ってきます。

  • そもそも、うまくいってないと思っていなかった。
  • なんとなくうまくいってない気はしていたが、それほど重要なことだと思っていなかった。
  • 上司の指示を取り違えていた。
  • さまざまな事情で、モチベーションがわかない仕事だった。

上司からすれば、わがままや心得違いと思えるような答えであっても、相手がつまづいているところを直視しなければ、問題は解決しません。
まずは、自分の基準でジャッジせずに、「なるほど、この人はこのように感じているんだな」という気持ちで聞きましょう。

原因を追求することと同じくらい大切なことは、「上司が自分の意見を聞いて、仕事がうまくいくように工夫してくれる」ということが、部下に伝わるということです。
上司に対する信頼感が育まれます。

そうなると、「とりあえず、いっしょうけんめい上司の話を聞いてみよう」という気持ちも生まれてきます。

どうしてもうまくいかないときは、人事部・上司に相談

とはいっても、最初から反抗的な部下、やる気のない部下、現在の仕事には明らかにミスマッチだったり能力が足りない部下はいます。

上に書いたことを試してみて、やはりうまくいかなければ、自分ひとりで抱え込まずに、人事部や自分自身の上司に相談しましょう。

場合によっては、配置換えや解雇等、部下の人事的な処遇で解決することもあります。

部下指導がうまくいかないので、イライラしてついどなってしまった、暴言を吐いてしまった、というタイプのパワハラをした上司に話を聞くと、たいてい、社内の別の人に相談せず、自分ひとりでなんとかしようとしています。

「部下指導がうまくできなくては、管理職としての能力が疑われる」「弱音を吐くのはみっともない」等の気持ちがあることが多いようです。

しかし、あなたが部下に、なにかあったら早めに相談してほしい、と思っているのと同じことを、人事部やあなたの上司も思っています。
あなたがパワハラをしたことで処分を受けることを望んでいる人はだれもいません。

部下指導がうまくいかないからといって、自分のキャリアを棒に振ることがないよう、「何回言ったらわかるんだ!」と言いたくなったら、パワハラの危険信号と考え、指導方法を見直したり、周りに相談してみましょう。