4月には、新入社員が退職代行を使って辞めたというニュースや相談が増えます。
現場で経営者や管理職の方からお話をうかがうと、反応はかなり共通しています。

「根性がない」
「甘えている」
「社会をなめている」
「一言くらい言って辞めるのが筋だろう」
「こっちは採用にどれだけ費用と手間をかけていると思っているんだ」

こうした怒りや失望は、ごく自然な感情です。
しかし、怒りを辞めた社員にぶつけるだけでは、また同じことがくりかえされるリスクを解消することはできません。

この記事では、採用の現場にくわしい社労士として、退職代行を使って辞められたとき、会社側はどこで損をしているのか、どんな対策を行うべきかをお伝えしていきます。

若手はなぜ退職代行を使うのか

なぜ若手はわざわざお金を払って退職代行を使うのでしょうか。

ある民間企業の調査によると、直近1年以内に転職した人のうち、退職代行を利用した人は16.6%でした。
利用理由のトップは「退職を引き留められた(引き留められそうだ)から」で40.7%、次いで「自分から退職を言い出せる環境でないから」32.4%、「退職を伝えた後トラブルになりそうだから」23.7%と続きます。(退職代行サービスに関する調査レポート(2024年) | マイナビキャリアリサーチLab

ほかの調査では、離職者全体の約5.1%が退職代行を利用しており、主な理由は「すぐにでも退職したかったから」(42.3%)、「上司への恐怖心があったから」(28.8%)とされています。(離職の変化と退職代行に関する定量調査 – パーソル総合研究所

2025年新卒入社者を対象にした調査では、94.2%が退職代行を認知しており、「自分が使う可能性がある」と答えたのが4人に1人(25.3%)、81%が退職代行に対して否定的ではないという結果が出ています。(「退職代行を使う可能性がある」と考えている新卒社員は25%!? | 株式会社NEWONE

これらのデータから分かるのは、次の点です。

  • 退職代行を利用する理由は「怖い」「言い出せない」「トラブルを避けたい」といった対人不安とトラブル回避が中心であること。
  • 若い世代にとって、退職代行はすでに珍しいサービスではなく、身近な選択肢になっていること。

「対人ストレスを避けたい若手」という需要と、「代わりに矢面に立つサービス」という供給が、日本の雇用環境の中でマッチングしているのです。

会社側はなぜショックを受けるのか

退職代行から突然連絡が来たとき、会社側は大きなショックを受けます。
その理由としてよく聞かれるのは、次の4点です。

1つ目は、直接言ってもらえなかったショックです。
「なぜ相談してくれなかったのか」と感じる管理職は少なくありません。
相談してくれれば配置転換など打てる手もあったのに、という思いが強いほど、裏切られた感覚は大きくなります。

2つ目は、無視された感覚です。
毎日顔を合わせていた相手から、前触れなく第三者を通じてだけ連絡が来る状況は、自分が避けられている、関係を一方的に切られた、と受け取られやすく、「失礼だ」「人としてどうか」という怒りに直結します。

3つ目は、実務面のしわ寄せです。
退職代行から連絡を受けた企業のうち、一定割合が、残った従業員の残業増・業務負担増を経験しています(「退職代行」による退職、大企業の15.7%が経験 利用年代は20代が約6割、50代以上も約1割  東京商工リサーチ
シフト変更や顧客対応などの負荷が積み重なり、結局、残された側ばかり損をしている、という不公平感が生まれます。

4つ目は、自分や組織への不安の裏返しです。
退職代行利用者には、責任感が強くチームワークを重んじるタイプも含まれます。
それでも相談できずに追い込まれた結果として退職代行を選ぶ構図は、職場の人間関係の希薄さや、上司への相談のしづらさを映す鏡でもあります。
自分のマネジメントが否定されたように感じると、防衛として最近の若者は…という方向に気持ちが流れやすくなります。

こうした要素が重なった結果、「根性がない」「甘えている」「社会をなめている」という退職者への怒りの言葉が出ているのだと考えられます。

早期離職で損をするのはだれか

退職代行で辞められたとき、一番損をするのはだれでしょうか。

各種試算では、新卒社員が1年以内に離職した場合のコストは、概ね500万円以上とされています(早期離職のコスト損失はどれくらい? 費用項目と金額の目安を解説 | エン株式会社)。
採用広告や説明会・面接といった採用経費、入社後研修やOJTなどの教育コスト、在籍中の給与・社会保険料、さらに離職による生産性低下や周囲のフォローに伴う機会損失も含めると、数百万円規模になってしまうのです。

ここで重要なのは、辞めた本人をどう評価しても、このコストは戻らないという現実です。
退職代行を使った本人は、今の売り手市場のなかで次の職場を見つけやすい一方で、会社側に残るのは、穴埋めや再採用・再教育の負担です。

損得で見れば、困るのは明らかに会社側だ、という結論になります。

退職代行を使われた時に、「最近の若者は⋯」で片づけてしまうと、職場環境やコミュニケーション、採用時の情報提供など、原因に手が付かないままになり、同じパターンで損失が繰り返されます。

退職者に対して感じる怒りそのものは、真剣に人と向き合ってきた証ですから、否定されるべきものではありません。
ただ、経営の視点では、感情を乗り越えて、同じ損失を繰り返さないために何を変えるかを検討していく必要があります。

退職代行を使って辞めた人は、もう会社にとって「これから投資してリターンを得る対象」ではありません。
これから価値を生みうるのは、今いる人と、これから採る人です。
その人たちが退職代行を使わずにすむ職場にできるかどうかで、採用コストが回収できるかどうかが決まります。

退職代行を使われない会社への具体的な打ち手

退職代行を使われないために、会社の側は、なにをどう変えていけばいいのでしょうか。
大きく5つの方向性があります。

1.退職の前に相談できるルートを複数用意する
直属上司以外にも、人事・別ライン・外部窓口などを明示し、入社時から伝えておきます。
辞めたいという相談があったときに、頭ごなしに否定せず、まず聞く姿勢を会社側が取ることが重要です。

2.新人・若手との、評価ではない対話を増やす
評価や指導とは別枠で、「最近どう?」と気軽に会話できる場を定期的に持ちます。
問題が表面化してからではなく、その前から小さな違和感を拾えるようにしておくのです。

3.早期離職を個人ではなく構造として見る
退職理由を業務内容、負荷、人間関係、配属、採用時のギャップなどに分けて整理し、繰り返し出ているパターンを見つけます。
退職者の性格の問題にせず、職場側の設計として何ができるかを検討します。

4.退職者を悪者にしない文化をつくる
退職者への感情的なレッテル貼りを避け、働いていた期間への感謝と、事例からの学びにフォーカスします。
そのような雰囲気づくりが、残っている社員に「ここで本音を話していい」と思ってもらう土台になります。

5.採用・配属・育成を、すり合わせ重視で設計し直す
採用時には、よい面だけでなく仕事がたいへんな面も具体的に伝え、ギャップを減らします。
配属後も、節目ごとに合っているかを見直し、育成は一定期間を投資と位置づけてパワハラにならない指導を徹底します。

怒りを建設的な対策に活かすために

退職代行で辞められたときに腹が立つのは、経営者・管理職として自然な感情です。
ただ、その怒りは、採用にかけた数百万円単位のコストや、現場の負担を軽くしてはくれません。

だからこそ、怒りを出発点にしながらも、どこを変えれば同じ損失を繰り返さずにすむのか、という視点に切り替えることが求められます。

若手が退職代行を使って辞めた、というショッキングなできごとは、これからの新入社員から選ばれる会社に脱皮するチャンスなのです。