2026年10月1日、改正男女雇用機会均等法が施行されました。
採用活動やインターンシップを行うすべての企業に、就職活動中の学生などへのセクシュアルハラスメントを防ぐ措置が義務付けられています。

厚生労働省の調査では、2020〜2022年度に卒業した人のうち、インターンシップ中にセクハラを受けた人が30.1%、それ以外の就職活動中に受けた人が31.9%でした。
どちらも3人に1人の割合で、就活セクハラの被害が広がっていることを示しています。
(参考:「職場のハラスメントに関する実態調査」の報告書を公表します:厚生労働省)

就活セクハラが起きる理由は、よく「学生の立場が弱いから」と説明されます。
間違いではありませんが、それは半分にすぎません。
もう半分は、被害が起きても会社の中に何も残らないという構造にあります。
被害を受ける学生は毎年入れ替わりますが、加害した社員は会社に残り、翌年も学生と会います。

この記事では、職場のハラスメントと比べながら、就活セクハラがなぜ表に出にくいのか、どのような対策をするべきなのか、ハラスメント対応のサポートを長年行ってきた社会保険労務士の立場からお伝えします。

職場のハラスメントには、表に出る経路がある

職場でも、セクハラを受けてすぐに声をあげる人は多くありません。
同じ厚生労働省の調査では、職場でセクハラを受けた人の51.7%が「何もしなかった」と答えています。

それでも職場のハラスメントは、被害から時間がかかっても、どこかで発覚することが多いものです。
同僚が被害者の様子に気づくことも多く、同僚経由の相談もあります。
休職者や退職者がある部署だけに多いという形で、経営層や人事が気づくこともあります。
被害を受けた本人が相談窓口へ来ることもあります。
発覚の経路がいくつもあるのです。

2022年4月からは中小企業も含むすべての企業にパワハラ防止措置が義務付けられ、セクハラの防止措置はそれ以前から義務でした。
このような法整備を受け、相談窓口や社内のルールも、形としては用意されている会社が大半です。
ただし、法律上の義務の対象は自社で働く人に限られ、就活生などへの対応は「望ましい取組」にとどまっていました。

就活では、被害者が会社からいなくなる

就職活動では、この前提が成り立ちません。

採用プロセスの中で、被害を受けた学生は、まず声を上げられません。
厚生労働省の調査で、インターンシップ中にセクハラを受けて何もしなかった人に理由を聞くと、「何をしても解決にならないと思った」が48.6%で最も多く、「就職活動において不利益が生じると思った」が18.9%で続きました。

選考が終わったあとも、事情は変わりません。
不採用になった会社は、もう自分とは関係のない会社です。
思い出したくないできごとを、わざわざ蒸し返す理由はありません。
内定をもらった場合は、入社後の人間関係を考えれば、なおさら被害申告は難しくなります。

その会社を受けること自体をやめる学生もいます。
前述の厚生労働省の調査では、インターンシップ中にセクハラを受けた人の18.4%が、その企業への就職活動をやめたと答えました。
被害者のほうが、黙って会社の前から去っていくのです。

どちらに転んでも、学生には声を上げる動機が生まれにくく、被害は会社に何の記録も残さないまま終わります。

学生と担当者の力関係は上司と部下よりも大きい

学生と企業の社員の力関係の差は、職場の上司と部下の間の差よりも大きいものです。

部下に問題があったとしても、上司の一存でかんたんに解雇することはできません。
働く人は、労働契約法の解雇規制によって守られています。

採用では事情が違います。
企業には誰を採用するかを決める自由が広く認められていて、不採用の理由を説明する義務もありません。
学生から見れば、目の前の社員の印象ひとつで選考から外されるかもしれず、しかもそれを確かめる方法がないのです。

学生の多くは、社会に出る前に初めて、仕事を持つ大人と一対一で深く関わることになります。
何がふつうで何がおかしいのかを判断する物差しを、まだ持っていません。
食事の席での不快な話題やしつこい連絡を、「社会人とはこういうものか」と飲み込んでしまうこともあります。

力の差と経験の差が重なって、学生に沈黙を選ばせます。
セクハラをする側から見れば、相手が何も言えないと分かったうえで、安心して加害行為に及べる環境だということです。

加害した社員は、翌年も学生と会う

同じ調査で、セクハラをした相手として多かったのは、インターンシップ中は「インターンシップ先で知り合った従業員」(47.4%)、それ以外の就職活動中は「OB・OG訪問を通して知り合った従業員」(38.3%)や「リクルーター」(37.0%)でした。
採用の担当者に限らず、学生と接する現場の社員が多くを占めています。

問題は、こうした社員がその後どうなるかです。

被害を受けた学生は、翌年にはもう就活生ではありません。
加害した社員は会社に残っています。
翌年も同じようにインターン生を受け入れ、リクルーターを務め、OB・OG訪問を受けるかもしれません。

会社の側から見ると、仮に就活生がセクハラに遭っていても、相談がないので、なにもないように見えます。
厚生労働省の同じ調査で、過去3年間に就活等セクハラの相談があった企業は0.7%でした。
学生の3人に1人が被害を受けているのに、相談を受けた企業は100社に1社もないのです。
相談ゼロは、問題がないことの証明にはなりません。

義務化で何が変わるのか

今回の義務化で企業に求められるのは、セクハラを許さない方針を示して社内に周知すること、相談に応じる体制を整えること、相談があったときに迅速かつ適切に対応することです。
職場のセクハラ対策と同じ枠組みです。
直接の罰則はありませんが、労働局による助言・指導・勧告の対象となり、勧告に従わない場合は企業名が公表されることもあります。

相談窓口を作っても、人事部が窓口で、その人事部が選考も担当しているなら、学生は合否への影響を考えて相談しません。
窓口があるだけでは、ここまで見てきた構造は何も変わらないのです。

会社側が防止措置を行う上で意識すべきなのは、被害が会社に記録として残る仕組みを作るということです。
具体的には、次のような措置が必要になります。

  • 選考を担当する部署から切り離した窓口を置くこと。
  • 選考が終わったあとや、不採用になったあとでも相談を受け付けると明示すること。
  • 窓口の存在を、募集要項や説明会の場で学生に伝えること。

こうした仕組みがあれば、学生は声をあげやすくなり、学生からの申告は会社の中に残ります。
あわせて、社員が学生と一対一で会う場面をできるだけ作らず、やむを得ない場合は会社が把握しておくことも、被害そのものを減らすうえで欠かせません。

声を上げることは、翌年の学生を守ること

就職活動中の学生やその家族に知っておいてほしいのは、選考が終わったあとでも相談はできるということです。
応募先の企業の相談窓口のほか、大学のキャリアセンターや、都道府県労働局の総合労働相談コーナー、雇用環境・均等部(室)も相談先になります。
厚生労働省の調査でも、インターンシップ以外の就職活動中にセクハラを受けた人の行動として最も多かったのは、総合労働相談コーナーなどへの相談(20.0%)でした。

被害を受けた本人に、声を上げる責任があるわけではありません。
言える仕組みを作るのは企業と社会の側です。
それでも、一人の申し出が会社に記録されれば、同じ社員の前に座る翌年の学生を守ることにつながります。

企業で働く人にとっても、これは人事部だけの問題ではありません。
インターンの受け入れ担当者も、リクルーターも、OB・OG訪問を引き受ける社員も、学生から見れば一人ひとりが会社そのものです。
自分の会社に、選考と切り離して学生が相談できる窓口があるかどうか、まず確かめてみてください。