X(旧Twitter)などのSNSでは、ときどき「デモに行くと進学・就職・結婚に差し支える」「人生詰むぞ」といったポストが流れてきます。
とくに学生デモが話題になるたびに、「就活で不利になる」「人事は必ずチェックしている」といった、半ば脅しのような言説が拡散されてきました。

こうしたポストを見れば、不安になる若い人たちがいるのは当然です。
しかし、実務・法制度の両面から冷静に見ていくと、「デモに行った」という一点だけで進学や就職の道が閉ざされる、というのはかなり誇張されたイメージだと言えます。

この記事では、判例(いわゆる「採用の自由」と思想信条)、厚生労働省の「公正な採用選考」の指針、企業側の炎上リスク・行政からの指導リスクという三つの観点から、「デモ参加と就職・採用」の関係を解説します。

最高裁が認めた採用の自由

採用と思想信条の関係についての判例で、もっとも有名なのが、いわゆる三菱樹脂事件です。
学生運動の経歴など、応募者の政治的な活動歴が採用後に発覚し、本採用を拒否されたことが争われた事件で、最高裁は次のような立場をとりました。

  • 会社には「採用の自由」があり、どのような人物を採用するかは原則として企業の裁量に委ねられていること。
  • 労基法3条の「思想信条を理由とする差別禁止」は、主として雇入れ後の労働条件に関するものであり、採用そのものを直接制限する趣旨ではないこと。

「思想信条を理由とする採用拒否は、すべて直ちに違法」とまでは判示されませんでした。

一方で、憲法の基本的人権(思想・良心の自由、職業選択の自由)や公序良俗の観点から、思想信条を理由とする就職差別を否定的にとらえる学説・解説が現在では多数派です。

「デモに行ったから不採用」という行為は、判例の世界だけで見るとグレー寄りで、違法認定までのハードルは高いと言えます。

厚労省の「公正な採用選考」指針と思想信条

だからといって、企業は採用でどういう基準をとろうと自由というわけではありません。

判例とは別に、実務の現場を強く方向づけているのが、厚生労働省の「公正な採用選考」指針です。

この指針は、採用選考の基本として、応募者の基本的人権の尊重と、応募者の適性・能力に基づいた採用基準という二点を掲げています。

具体的には、「就職差別につながるおそれがある事項」として、宗教、支持政党、人生観・生活信条、労働組合・学生運動その他の社会運動に関すること、などを列挙しています。

ここで注目すべきは、社会運動も含めた思想信条全般が、「本来自由であるべき事項」として、採用選考では踏み込むべきでない領域とされていることです。
デモ参加は、まさにこの「社会運動」「政治的意見表明」に含まれます。

厚労省の指針に照らせば、デモ参加の有無を質問することや、デモに行っていることをマイナス材料として用いることは、公正な採用選考に反する行為として、明確に否定されています。

判例の世界ではグレーゾーンに見える部分でも、行政指針・実務上はやってはいけないことになっているのです。

行政指導と炎上リスク

もし、「デモに行ったから不採用」という運用を実際にしている企業があり、それがバレたらどうなるのでしょうか。

行政的な側面からは、大学等からの通報を受けた労働局やハローワークが、「公正な採用選考に反する問題事象」として、事実確認や是正指導を行っている事例が報告されています。

大阪府商工労働部雇用推進室が作成した事例集には、エントリーシートに「本籍地」「出身地」「家族構成」「同和地区に関すること」を書かせていたケースや、面接で宗教や支持政党を聞いたケース、性別や容姿に関する不適切な発言・条件を付したケースなどが挙げられており、大学や都道府県からの要請を受けて、所轄の労働局が当該企業に行政指導・是正を行ったことが明記されています。

「デモ参加を理由に不採用」という行為は、実際の事例として明示されてはいないものの、思想信条・社会運動歴を評価基準に用いる点で、これらと同じ「公正な採用選考に反する問題事象」になると考えられます。

したがって、実務的には、学校・学生側からの報告や、取材・告発記事を受けた行政の対応をきっかけに、行政指導・是正の対象となり得る行為なのです。

もう一つ、企業にとってより直接的なのが炎上リスクです。

採用担当者や企業アカウントの不用意な発言が、就活生やSNSユーザーの批判を受けて炎上した事例は、この数年で数多く報告されています。

今の情報環境で、「うちの会社はデモに行っている学生は採らない」といった内部資料・チャットが漏れたり、採用担当者が個人のXで「デモに行く学生は落とす」と発言したりすれば、「思想信条で差別している企業だ」「基本的人権・憲法の価値を理解していない会社だ」という批判が一気に広がり、SNS炎上やマスコミ報道につながる可能性はかなり高いでしょう。

法廷に行く前に、ネット世論からの審判を受ける、というのが現実に近いイメージです。

企業が本当に見るべきは何か

ここまでを見ると、「デモに行ったから不採用」は、判例上も歓迎されず、厚労省の指針には明確に反し、バレれば炎上・行政指導・企業イメージ悪化のリスクが高いという意味で、企業にとってメリットよりデメリットがはるかに大きい選択だと言えます。

企業が採用の場面で本気で警戒しているのは、どちらかと言えば「デモ参加」そのものではありません。

問題視されているのは、SNSでの悪質な誹謗中傷やハラスメント行為、差別的発言・暴力的な投稿、反社会的・違法行為を自慢するようなコンテンツなど、「他者への攻撃性やモラルの欠如」を示す行動です。

これは、思想信条の問題というより、コンプライアンス、ハラスメントリスク、企業のブランド毀損リスクという問題です。

「デモに行っているから不採用」は、指針違反であり炎上リスクが高い割に、企業にとっての実利は薄い一方で、「SNSで他人を執拗に誹謗中傷している学生の採用には慎重になる」という判断は、法的にも実務的にも一定の合理性が認められやすいと言えます。

このような現実を見ると、「デモに行くと就職できない」という脅しが、かなりズレた話であることは明白です。

公正な採用はリスクから会社を守る

以上を踏まえると、「デモに行くと就職・結婚・進学に差し支える」という脅しは、少なくとも就職の場面については、かなり誇張があり、ミスリーディングな説だと言えます。

企業側の視点から整理すると、判例上、採用の自由があるとはいえ、思想信条を理由とする採用拒否は憲法・労働法の趣旨に反し、今後の法的リスクもゼロではありません。
厚労省の「公正な採用選考」指針では、思想信条・社会運動歴を採用基準に使うこと自体が明確に否定されています。大学・学生からの通報等を通じて、労働局による行政指導・是正の対象となる可能性もあります。
何より、そんな運用が外部に漏れれば、SNS炎上の可能性が高く、企業イメージが損なわれてしまいます。

企業が本当に見なければならないのは、デモに行ったかどうかではなく、他者へのリスペクト、コンプライアンス意識、ハラスメントや差別を許容しない態度といった、攻撃性やモラルに関わる部分です。

採用の場面では、「どんな考えを持っているか」ではなく、「業務遂行する上でどんな行動をとる人なのか」という観点から、公正かつ開かれた選考プロセスを設計することが、社員の質を担保し、法的リスク・炎上リスクから会社を守ることになります。

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