2026年4月24日付で厚生労働省が公表した「ハラスメント防止措置義務規定等における解釈事項について」(Q&A)では、事業主がカスハラをどう捉え、どのように職場で運用していくべきかが示されています。同年10月のハラスメント防止措置義務の改訂を前に、「そろそろうちも対策を考えなければ」と準備を始める企業も多いでしょう。

この記事では、ハラスメント対策に関わる社労士として、このQ&Aを単なる制度説明として読むのではなく、「誰に」「何を」伝えれば、カスハラ対策が社内で実際に機能するのかという視点で整理します。
ポイントは、「顧客対応部署かどうか」で線を引かないことと、「全員周知」の中身をきちんと設計することです。

なぜ「顧客対応部署だけの話」ではないのか

まず押さえておきたいのは、カスタマーハラスメント(以下、カスハラ)の「行為者」と「職場」の範囲です。

カスハラは、次の三つの要素で説明されています。

  • 職場において
  • 顧客等からの著しい迷惑行為(社会通念上許容される範囲を超える言動)によって
  • 労働者の就業環境が害されること

ここでいう「顧客等」は、かなり広い概念です。

  • 実際に商品やサービスを購入している顧客だけでなく、将来顧客になる可能性がある人も含まれる
  • 今後顧客になるとは想定されない近隣住民であっても、三つの要素を満たせばカスハラに当たる
  • 取引先の担当者や、施設利用者も含まれる

「職場」の範囲も、オフィスや店舗の中だけに限られません。取引先の事務所、顧客の自宅、出張先など、業務を行う場所全般が含まれます。訪問介護・訪問看護などでは、利用者の自宅での家族からの言動も、三つの要素を満たせば対象になります。

こうした前提に立つと、「カスハラの被害を受ける可能性があるのは、窓口業務やコールセンターだけ」というイメージには、そもそも無理があります。事務部門、システム部門、総務・人事も、取引先や来訪者と接することがありますし、場合によっては近隣住民から苦情を受けることもあります。バックオフィスであっても、外部の人と接する可能性がある限り、カスハラの被害者になり得るという視点が必要です。

全員周知に求められている「二つの目的」

厚労省のカスハラ指針および上記Q&Aでは、「カスハラに関する方針の周知等は、所属部署や雇用形態を問わず、すべての労働者に対して行うこと」と明記されています。この全員周知には、大きく二つの目的があります。

(1)被害者になり得る全員を守る

一つ目は、被害者になり得る全員を守るという目的です。

  • 来訪者対応をする総務担当
  • ベンダーと折衝する情報システム担当
  • 取引先とやり取りする経理・人事担当
  • 役所や金融機関に出向くスタッフ

こうした人たちも、顧客・取引先・利用者・近隣住民といった社外の人と接する機会があります。その際に、暴言・威嚇・人格否定・不当な長時間拘束などが行われれば、カスハラの三つの要素を満たし得ます。

どんな場合をカスハラと捉え、どう行動すればよいかを知らなければ、本人はただ我慢するしかありません。「自分は顧客対応ではないから関係ない」と思っている従業員ほど、被害に遭っても相談につながりにくくなります。全員周知には、被害が起きたときに、誰であっても相談できる状態をつくるという意味があります。

(2)組織として一貫した対応を取る

二つ目は、組織として一貫した対応を取るという目的です。

カスハラをめぐってありがちなのが、部署ごと・担当者ごとにローカルルールができてしまうことです。例えば、

  • A部署では「長時間の電話は30分を目安に切っている」
  • B部署では「1時間以上の罵声を、毎回ひとりで受け続けている」

といった差が生まれると、従業員の健康・安全の観点からも、組織として望ましくありません。

事業主には、カスハラが発生したときの具体的な対処方針をあらかじめ定めておくこと、必要に応じて担当者の変更や、行為者と被害者を引き離す配置転換、メンタルヘルスへの配慮措置などを講じることが求められています。こうした方針や手順は、知っている人だけが知っている状態では機能しません。

誰が対応窓口で、事案が起こったときにどのように上部に伝えるのか、どこまで対応したら電話を切ってよいのか等を、組織の共通認識として持つ必要があります。この「会社としてのカスハラ防止方針」と「相談窓口と報告のルート」は、部署に関係なく全員が同じ土台に立って理解していることが重要です。

顧客対応のない部署にどう伝えるか

もっとも、製造ラインのみ、バックオフィスのみ、といった部署に、顧客対応部門と同じ内容の研修をそのまま行っても、「いったいなんのためにやらされているのか」という疑問や不満が出てくるでしょう。

ここで大切なのは、「全員周知」と「全員に同じ研修をすること」を同じ意味で捉えないことです。全員周知で求められているのは、会社としての基本方針や相談ルートを、部署に関係なく全員が知っている状態をつくることです。一方で、日々の業務内容や外部との接点の持ち方は、部署によってかなり違います。

したがって、伝えるべき共通部分と、部署ごとに濃淡をつける部分を分けて設計する必要があります。実務的には、次のような分け方が考えられます。

全員共通で押さえるべき内容
  • 会社としてのカスハラ防止方針(顧客等からの不当な要求や暴言等から従業員を守る姿勢)
  • カスハラの基本的な考え方(職場で、顧客等の言動により、就業環境が害されること)
  • 相談窓口と、相談した場合の対応の流れ(事実確認・配慮措置・再発防止策など)
業務・部署ごとに厚みを変える内容
  • 店舗・コールセンターなど顧客対応部門:具体的な対応手順やNGワード例、ロールプレイ
  • バックオフィス:自部署に想定される場面(取引先・来訪者・近隣住民など)をケースとして共有し、「迷ったら相談」のラインを明確にする

この切り分けをしておくと、バックオフィスの従業員にも「自分には関係のない話だ」と受け取られにくくなります。総務であれば来訪者対応、経理であれば取引先とのやり取り、人事であれば採用応募者や外部関係者との接点など、自部署に引き寄せた事例で示すことができます。

現場でよく聞く声に、「自分は顧客対応をしていないから、カスハラ相談なんて関係ない」というものがあります。この感覚を変えるには、社内広報や研修の中で、「誰がどのような場面で対象になるのか」を具体的に示すことが有効です。

たとえば、社内報やイントラネットでメッセージを出す経営者・人事労務担当者向けには、次のような書き方が考えられます。

  • あなたの「職場」は、デスクの周りだけではありません。外出先やオンライン会議の画面の向こう側も、職場の一部です。
  • 取引先や近隣住民とのトラブルも、ひとりで抱え込む必要はありません。気になる出来事があれば、遠慮なく相談してください。
  • それがカスハラに当たるかどうかの判断は、会社側で事実確認を行ったうえで決めます。迷う段階で共有してもらってかまいません。

研修や周知文書の内容が自分の仕事と結びついてはじめて、相談の必要性や会社の支援体制が現実のものとして伝わります。日頃からカスハラを想定していない部署ほど、「どこまでが通常のやり取りで、どこから相談すべきか」の目安を具体的に伝えておかないと、被害が見えにくくなります。

「視点を合わせる」ことが離職防止につながる

顧客対応のない部署も含めて全員に周知するという要請の根本にあるのは、組織全体で「視点を合わせておく」ことの重要性です。これを顧客対応部門の話と狭く捉えてしまうと、

  • 顧客対応以外の部門では、被害が起きても「これはカスハラだ」と認識されない
  • 誰に相談すればよいか分からず、問題が表に出るのが遅れる
  • 部門ごとに対応がばらつき、一部の従業員だけが過重な負担を抱える

といった事態につながります。

一方で、経営者や人事労務担当者が「会社としての方針」「カスハラの基本的な考え方」「相談窓口と報告のルート」を社内で分かりやすく言語化し、全員に伝えていけば、部署や職種に関わらず、何かあったときにどう動けばいいかという理解が全社的に行き届きます。

顧客対応のない部署も含めた全員周知は、単なる伝達漏れ防止ではありません。カスハラから従業員を守る仕組みを、組織全体で実際に機能させるために欠かせないステップです。

カスハラの放置は望まない離職に直結します。ある調査では、直近1年以内にカスハラを経験した人がいる職場では、そうでない職場に比べて転職意向が1.8〜1.9倍高く、年間の平均離職率も1.3倍高い傾向があることが示されています。

従業員を守ることは、事業の持続性を守ることでもあります。この基本をしっかり頭に入れたうえで、「従業員全員に周知する」ための具体的な対策を、あらためて検討していくことが求められています。