2025年10月、東京地裁は、佐川急便の営業所に務めていた40代女性に対して、職場で「ちゃん付け」で呼び、「かわいい」「体型良いよね」等と発言した元同僚男性の言動を、「限度を超えた違法なハラスメント」(=セクハラ)と認定し、22万円の賠償命令を下しました(職場で「〇〇ちゃん」はセクハラ 元同僚に22万円支払い命令 Yahoo!ニュース 2025.10.23)。

このニュースが報じられると「ちゃん付け」がセクハラとされたことに驚きの声が広がり、賛否両論が渦巻く社会的な話題となっています。

「ちゃん付け」はなぜセクハラなのでしょうか。そのように判断されたのは、女性が職場で軽視されがちだという背景があります。また、他の具体例や職場での意識ギャップを考察し、このようなタイプのセクハラを防ぐにはどうしたらよいか、社会保険労務士の視点で解説します。

男女雇用機会均等法でのセクハラ要件と人事院規則のセクハラ要件

法的にセクハラとは、男女雇用機会均等法第11条で定義されています。ここでの要件は「職場において行われる性的な言動」で、「被害者の就業環境を害するもの」とされています。具体的には「性的な冗談・性的な呼びかけ・身体への接触」などが挙げられ、今回のケースも「環境型セクハラ」(性的言動で職場環境が不快になる)として説明することも十分可能です。

しかし、「かわいい」という発言や体型への言及はともかく、「ちゃん付け」が性的な言動かと言えばかなり微妙です。しかし、このような呼び方に対して不快感を抱く女性は多く、判決文では「幼い子どもに向けたもので、業務で用いる必要はない」発言だとされています。つまり、女性を「子ども扱い」「下に見た」意識が「ちゃん付け」がセクハラとされた本質だと言えるのです。

実は、このような「女性を下に見る」タイプのセクハラに、もっとぴったりの公的な定義があります。

人事院規則(国家公務員の就業規則)によるセクハラの定義には、「性別による差別意識」や「性別役割分担意識に基づく言動」による不適切な扱いがセクハラとして含まれています。

つまり、女性だけ「ちゃん付け」、男性は「さん付け」や呼び捨て=性差別・性別役割分担意識の表れと認定し、「女性の社会的立場を軽んじる扱い」がセクハラの一部として明記されているのです。

これこそが今回の「ちゃん付け」問題の本質にぴったりの視点です。

民間でも定義範囲が拡大し、「ジェンダーハラスメント」と呼ぶ会社も増加

この人事院規則の考え方は、近年では一般企業の就業規則にも幅広く採用されています。

「性的な言動だけがセクハラ」ではなく、「性差別・性格役割分担意識に基づいた不適切な言動」もセクハラの定義に含める会社が増えているのです。また、「ジェンダーハラスメント」という独立した項目を設け、「性別による差別や役割強調」を別個の職場規律違反として禁止する例も出てきました。

筆者も社会保険労務士として、企業の就業規則、とくにハラスメント防止規程作成に関わることが多くありますが、「性差別・性格役割分担意識に基づいた不適切な言動」もなんらかのハラスメントとして禁止する項目を入れるようにしています。なぜかというと、多くの女性が「女性だから下に見られる」という体験を、深刻なハラスメントとして受け止めるようになっており、そのような言動を禁止する項目が就業規則にないと、女性にとって不快な職場環境になりがちだと考えているからです。

ジェンダーハラスメントの具体事例

現代社会では、多様なハラスメントが認識されるようになりました。セクハラ、パワハラ、マタハラ等は法的規制の対象であり、カスハラについても近々企業への措置義務が課されます。しかし、ジェンダーハラスメントは、名称自体も一般にはなじみが薄く、セクハラ・マタハラ等のようにはっきりした規制はなされていません。

しかし、ジェンダーハラスメントという言葉自体は知られていなくても、実際の職場では、多くの具体的な事例について会社に「ハラスメントだ」という相談が寄せられ、問題となっています。

典型的なジェンダーハラスメントの事例はこのようなものです。

  • 男性は姓で呼ぶのに、女性だけ名や「ちゃん」付けで呼ぶ。
  • 女性社員を「女の子」「事務の女の子」と表現する。
  • 服装・髪型・化粧について頻繁に意見する。
  • 結婚や年齢により呼称を「女の子」「おばさん」「おかあさん」などと変える。
  • 女性だからという理由でお茶くみや雑用をさせる。
  • 女性であるために昇進やリーダー役から排除される。
  • 「女性はすぐ辞めるから教えてもしょうがない」「この仕事は女性には無理」などの発言。

海遊館事件(2015年2月26日最高裁判決)の判決でも、「30歳はおばさん」「結婚もせんでこんな所で何してんの。親泣くで」「夜の仕事でもしたらええやん」などの言動が「女性従業員に対して強い不快感や嫌悪感ないし屈辱感等を与えるもので、職場における女性従業員に対する言動として極めて不適切」と評価されています。

この程度のことで?と思う前に…

「ちゃん付け」だけでなく、同僚や部下の女性社員に対して「女の子」「おばさん」という呼び方はいまでもよく使われています。

多くの男性管理職が「女性たちは嫌な顔もしないし、おおげさでは?」と感じるかもしれません。しかし、表面上は反応しなくても「無神経な人」と思われていたり、言ってもしかたないからとがめないで聞き流しているが、内心は不快感を押し殺していたりします。

それだけではなく、「仕事に打ち込めない」「自信をなくす」「離職の原因となる」ケースは実際多いのです。今回の佐川急便の事件でも、原告女性はうつ病となり、会社を退職せざるを得なくなっています。

調査によれば、ジェンダーハラスメントを受けた女性の16.81%が「仕事をやる気がなくなった」、7.56%が「自分に自信をなくした」と回答しています(コラム「職場のジェンダー・ハラスメント」労働政策研究・研修機構 2013.04.12)。ジェンダーハラスメントが女性の就業意欲や職務満足度、心身の健康を大きく損なう可能性が、すでに指摘されているのです。

女性と中高年男性の意識のギャップ

現代の女性、とくに若年層は、自身の職場での立場や尊厳を強く意識しており、「女性だけ違う呼び方をされる」「雑用を任される」など性差別的な言動に敏感になっています。

いまの中高年層が子供のころは、「男子は『くん付け』、女子は『さん付け』」というのが、学校での呼び方のスタンダードでしたが、もっと若い層では、小学校時代から男女とも呼び方は「さん付け」で教育されてきた人も多いはずです。また、高度成長期からバブル期にかけて、「姓にちゃん付け」が親しみをこめた表現とされ、職場でもよく使われていましたが、これもとっくにすたれていますね。

佐川急便事件の判決で指摘されたように、「ちゃん付け」は幼い子供を呼ぶときや、プライベートで親しい間柄だけで使われるものになっているのです。

一方で、中高年男性には「自分たちが若いころは当たり前だった」「親しみを込めて呼んでいるだけ」といった意識が根強く、このようなギャップがトラブルを生みやすい状況です。

2010年代ごろから、性別や役職に関わりなく「さん付け」を推奨する取り組みが大企業を中心に始まっており、現代では「さん付け」が職場文化としてかなり定着しているという背景もあります。

セクハラ・ジェンダーハラスメントを起こさないために

ハラスメントとして受け止められる、という問題の前に、管理職や経営層は、女性社員の意欲に影響し、ひいては生産性の減少や離職の増加につながっているという意識で、ジェンダーハラスメントの予防に取り組む必要があります。

ハラスメントを防ぐためには、呼び方だけでなく、女性のみを軽視したり、男性とは別の基準で扱っていないか、職場のルールや日常の言動、評価基準すべてを点検しましょう。本人の気持ちや関係性を尊重し、誰もが平等にリスペクトされる文化づくりが重要です。

「ちゃん付け」などの呼称だけでなく、役割分担・評価・待遇のすべてにおいて、性別による差別的意識が入り込んでいないかを意識して職場を見直すこと――これが真のハラスメント対策です。

職場で「ちゃん付け」がセクハラと認定された事例は、法的には「性的な言動」に限らず、「性別役割分担意識」にも基づく不適切な言動が社会的問題として認識される時代になった象徴です。今後はセクハラやジェンダーハラスメントへの理解を深め、呼び方・評価・態度すべてを見直していくことが求められます。職場は、互いに尊重し、誰もが安心して力を発揮できる場であるべきなのです。