繰り越した有給と、当年度発生した有給は、どちらから先に使うのか
当年度中に取得できなかった年次有給休暇。時効が2年ということから、翌年度に繰越できることはよく知られています。
翌年度には、新しく発生した有給と、昨年度から繰り越した有給の両方があるわけです。
繰り越した有給は、使わないでいると、翌年度には時効にかかって消えてしまいます。
新しい有給は、使わなかった場合、翌年度に繰越できます。
有給を取得するときに、そのどちらを先に使うべきなのでしょうか。
労働法には規定がない
これについては労働基準法などでは、なにも決まっていません。そもそも、繰越できるともできないとも、法律上は規定がなく、通達によって「繰越できる」という解釈になっているだけです。
要するに、年次有給休暇はその年度のうちに使うものであり、繰越することを法律上は予想していないのです。
では学説はどうかというと、繰越分から先に使う、という説もあり、労働法の規定がない以上、民法の規定(第489条2項の弁済の充当)から、債務者(会社)の利益になるほう、つまり当年度分から先に使う、という説もあり、定まっていません。
民法を持ちだして、「当年度分から」とすることもできなくはないですが、従業員の理解を得ることは難しいでしょう。「会社は、よくわからない法律を持ちだして、自分に有利にすることしか考えていない」と思われて、会社への信頼がなくなってしまうことにもなりかねません。そうなると、数日分の有給を使うか使わないかという問題よりも、会社にとって大きな不利益です。
トラブル防止のために、就業規則に規定が必要
法律の規定がないわけですから、実務上は、就業規則に規定してあれば、それに従うことになります。
トラブルになったり、従業員が不満を持ったりすることを防ぐためにも、就業規則ではっきりと規定しておきましょう。
就業規則に「年次有給休暇を繰り越した場合、翌年度における休暇の請求は、繰り越した日数より請求したものとみなす」と書いてあれば、古いほうから先に使うので、時効で有給が消えてしまうことは少なくなります。
「年次有給休暇を繰り越した場合、翌年度における休暇の請求は、当年度に付与した日数より請求したものとみなす」と書いてあれば、今年発生した新しい有給をすべて消化した後でなければ、繰越分は取得できないことになります。使わないでいると、時効によって消えてしまう日数が出やすいわけですね。
また、いままで就業規則に規定はなかったが、繰越分から先に使うというやり方を慣例的にしていた場合、新たに就業規則に「当年度分から」とすると、労働条件の不利益変更の問題も出てきます。従業員ひとりひとりの合意がとれればいいですが、そうでない場合は、その規定に合理性があるかどうか、厳しく問われるわけですね。
「当年度付与したものから使う」というのは、確かに問題が出やすいやり方であることは確かです。
「当年度分から先」の規定を労務管理に活かす
ただし、きちんと就業規則に規定して、どのような趣旨でそうなっているのか従業員に説明すれば、「当年度分から」というのも悪くないように思います。
「趣旨」というのは「有給休暇は、繰り越すことなく使いきってほしいから」ということです。
その場合、有給を当年度内に使い切れない理由を、会社の側からつぶしていく、という態度を明確にする必要があります。
労働政策研究・研修機構の「年次有給休暇の取得に関する調査」を見ると、有給を取り残す理由の上位に、「休むと職場の他の人に迷惑をかけるから」(60.2%)、「仕事量が多すぎて休んでいる余裕がないから」(52.7%)、「休みの間仕事を引き継いでくれる人がいないから」(46.9%)、「職場の周囲の人が取らないので年休が取りにくいから」(42.2%)、「上司がいい顔をしないから」(33.3%)などが見られます。
会社がそのような面にも配慮して、休んだ場合に互いにフォローし合えるような仕事のやり方を工夫したり、部署内での休暇の調整方法のしくみを作ったり、有給取得を促進する方向性を明確にすること、そして、それを従業員にきちんと説明していくこと、これらの条件があれば、当年度から使うという方式でも、不満が出ることは少なくなるはずです。
また、有給を年度内に使い切り、繰越しないのがふつうになっていけば、退職間際にたまった有給を消化しようとして、引継ぎができなくなるというトラブル防止にも効果があります。
目先の有利・不利、だけでなく、会社としてどのように有給休暇を労務管理の中に位置づけていくのか、そこから考えて決めていくべき問題ですね。
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