履歴書のフォーマットに、以前は「本籍地」や「家族状況」があったのをご存知でしょうか。
現在は、これらの事項を書かせて会社が把握することは、就職差別につながるとして、職業安定法第5条の4と労働大臣指針(平成11年労働省告示第141号)で禁止されています。
もちろん、会社独自の様式やエントリーシートを書かせる際や面接のときにも、このような事項を訊ねてはいけません。
というわけで、履歴書(エントリーシート)を見る限りでは、「本籍地(国籍)」はわかりません。
しかし、会社としては、応募者の国籍を知りたい、ということで、会社が勝手に応募者の国籍を判断し、「外国籍だから採用説明会への出席を断る」という事件が起こりました。
採用説明会の出席を断られた学生さんが、その「お祈りメール」を Twitter に投稿し、騒ぎになったというわけです。
吉野家は報道各社の取材に応じ、事実関係を認め、すぐに謝罪しました。
新聞の Web 記事から引用しましょう。
吉野家HDによると、採用担当者が1日、インターネットの就職サイトを通じて申し込んだ大学生に対し、外国籍を理由に予約を取り消すメールを送った。氏名などから外国籍と判断したという。本来は個別に連絡を取り、氏名や外国籍かどうかなどの確認や参加を断っている事情を説明することになっていたが、今回は誤って連絡をせずにメールを送ったという。
吉野家、外国籍と判断して採用説明会の参加断る 大学生に確認せず(朝日新聞デジタル) – Yahoo!ニュース (強調は引用者)
Twitter で声をあげた学生さんは、自身について「日本生まれ日本育ち国籍日本」と表現しています。
外国籍だという判断は間違っていたということですね。
吉野家の採用選考の方法はどこが不適切なのか
さて、吉野家は間違いを認めて謝罪したのだから、それでいいのでしょうか。
しかし、この弁解にはかなり問題があります。
ひとつずつ解説しましょう。
名前等で外国籍かどうか判断し、外国籍と思われる人にだけ個別に国籍を確認していた
そもそも、この運用もかなり差別的なものです。
先日の記事で、採用面接での女性差別について記しましたが、次のようなことがらは、男女雇用機会均等法で禁止されています。
【違法事例】◦女性にだけ子供が生まれた場合の就業継続意思を質問する、男性にだけ幹部候補となる意欲を聞く。
企業において募集・採用に携わるすべての方へ 男女均等な採用選考ルール
上の例の場合は、すべての応募者に「子供が生まれた場合の就業継続意思」や「幹部候補となる意欲」を尋ねれば、違法ではありません。
質問の内容ではなく、「どちらか一方の性に」という点が均等法違反となります。
今回の場合も、すべての応募者に国籍を訊ねていれば、とりあえず差別ではありません。
しかし、採用面接どころか、採用説明会の参加に際してそのような個人情報を訊ねるのは明らかに不適切です。
ですから、このように運用しているのでしょう。
しかし、「外国籍と思われる」という恣意的な条件で、一部の応募者にのみ、合否に関わる個人情報について質問をする、というのは、不適切どころか、就職差別だと言われてもしかたがありません。
日本では差別は禁止されていないのだから、差別だろうとなんだろうと、会社には採用の自由があるので、それでいいのではないか、という意見もあるようです。
しかし、差別禁止法はなくても、差別は重大な人権侵害であり、民法上の不法行為にあたります。
「採用の自由」は、応募者の基本的人権を侵してまで認められているわけではありません。
公正な採用選考を目指して | 採用選考の基本的な考え方及び公正な採用選考の基本
外国籍者であれば、就労ビザ取得が必要であると間違った説明をしている
外国人であるから説明会への参加を断る、というのは、通常差別と判断されるところですが、吉野家は吉野家で理由があるとしています。同じ記事から引用します。
広報担当者は、就労ビザの取得を前提に外国籍社員の採用をしていると説明したうえで、「本来あるべき本人確認の手続きがなくなってしまい、説明が不足してしまったことは申し訳ない」などと謝罪した。
吉野家、外国籍と判断して採用説明会の参加断る 大学生に確認せず(朝日新聞デジタル) – Yahoo!ニュース
「お祈りメール」でも、「外国籍の方の就労ビザの取得がたいへん難しく」と記されています。
応募者が留学生(在留資格「留学」)であれば、上記の説明は間違っていません。
しかし、就労ビザ(「技術」「人文知識・国際業務」等の在留資格)が必要なのは、外国籍者のすべてではありません。
就労に制限がない、つまり、日本国籍者と同じように働ける在留資格は、次の4つであり、応募者がこのような在留資格を持っているかどうかは、確認する必要があります。
- 永住者
- 日本人の配偶者等
- 永住者の配偶者等
- 定住者
吉野家の説明では、就労ビザ取得の必要がない在留資格であるか確認するという点が抜けており、外国籍であれば一律にこのような「お祈りメール」を送りつけているのではないかという疑問があります。
日本には、就労に制限がない永住者や定住者、その配偶者などの在留資格もある。こうした人たちは上記の条件には当てはまらず、採用の対象となっているという。
吉野家「外国籍」を理由に説明会参加を拒否。学生への「お祈りメール」が拡散、謝罪
別の記事では、上のような記載もあるのですが、この「お祈りメール」、そして他の記事での説明を見ると、ほんとかな?と感じてしまいます。
中途採用は、外国人でも上記の在留資格があれば対象にしているが、新卒の場合、外国籍者は在留資格問わず、全部同じ「お祈りメール」ですませているように見えますが、これはちょっと意地悪な見方かもしれませんね。
さらに、大きな問題があります。
苦情がないからと、この運用を続けようとしている
このブログを公開した後、次のような記事が出ました。
吉野家、採用説明会で外国籍の事前確認廃止 参加断った学生には謝罪:朝日新聞デジタル
吉野家では、このような差別的取扱いを改めることにしたということですね。
以下の記述は、この記事が出る前のものですので、ご了承の上お読みください。
(2022/05/10 14:10 追記)
同社では2021年1月から、外国籍と思われる学生の説明会への参加を断っている。過去に内定した外国籍の学生が、就労ビザを取得できず、内定を取り消す事例があったためという。この運用に対する苦情はこれまでなく、今後も変更するつもりはないとしている。
吉野家、外国籍と判断して採用説明会の参加断る 大学生に確認せず(朝日新聞デジタル) – Yahoo!ニュース
過去に外国籍の学生が在留資格を取れないため内定取り消しをしたことがあったのかもしれませんが、だからといってすべての外国籍の学生(就労ビザを持たない人のみ?)を、採用説明会の段階で排除するのはやりすぎでしょう。
今回は、被害を受けた学生が日本国籍者だったので、堂々と苦情をSNSに書き込んだのかもしれません。
外国籍者が同じ差別にあったとしたら、苦情を申し立てることで自分がどれほど疲弊するかわかっているので、そのまま見過ごし、次に行くことにした、というのがわたしの見立てです。
これは、わたし自身外国籍で日本で出生・居住している立場としての感想です。
理由はともあれ、苦情がないことと、問題がないことはまったく違います。
厚生労働省では、「公正な採用選考の基本」として、次のように示しています。
「公正な採用選考」を行う基本は、
●応募者に広く門戸を開くこと
●本人のもつ適性・能力に基づいた採用基準とすること
にあります。
公正な採用選考を目指して | 採用選考の基本的な考え方及び公正な採用選考の基本
吉野家の採用の方法が、「公正な採用選考」から大きく外れていることは確かでしょう。
社会的責任を持つ大企業として、これでよいのでしょうか。
法的リスクより怖いレピュテーションリスク
吉野家では、4月後半に、「生娘がシャブ漬けになるような企画」という常務の発言が炎上し、役員解任したものの、株価は急落し、新商品のCMも自粛するハメになるという、大きな影響がでました。
そして、5月に入るやいなや、今回の就職差別が問題になっています。
今後、株価にどのような影響があるかわかりませんが、吉野家の企業としてのブランドイメージは大きく毀損してしまいました。
このように、世間の否定的な評判によって、企業の信用やブランドイメージが低下し、損害をもたらす危険性のことを「レピュテーション(評判)リスク」と言います。
今回の吉野家の場合は、そのレピュテーションリスクが顕在化したということができるでしょう。
うちみたいな中小企業は、上場しているような大企業とは違って関係ない、と考えるのは危険です。
とくに採用の場面では、自社の「評判」を強く意識しなければなりません。
通常、応募者はネットで前もってその企業の評判を検索します。
今回の騒動を知らなかった人でも、ちょっと検索すれば、「生娘シャブ漬け」とか、「外国籍者を採用説明会から排除」という言葉がすぐに目にはいるでしょう。
ほかに就職先・アルバイト先はいろいろあるのに、わざわざそういう問題を起こす企業を選ぶでしょうか。
アルバイトやパートを多く雇入れ、従業員の入れ替わりが激しい企業ほど、採用の際のレピュテーションリスクが経営に及ぼす影響は大きくなります。
最悪の場合、人手不足で閉店などということにもなりかねません。
吉野家の場合、苦情を言う人がいなかった、ということから、訴えられる危険(法的リスク)は限りなく低い、と考えているのかもしれませんが、レピュテーションリスクについてはどう考えているのか、気になるところです。
少なくとも、他の企業の経営者・人事担当者は、決して吉野家の真似をしてはいけません。
入管行政にも大きな問題
吉野家をずいぶん非難しましたが、「就労ビザ取得が難しい」と言っていることは、言い逃れではなく事実です。
日本の入管行政にも大きな問題があります。
日本に来た留学生は、企業の内定をとっていても、就労ビザ取得に当たり、「大学で学んだことが業務内容と関連があるか」という観点で審査されるということです。
しかし、日本では新卒で就職するとき、大学での専攻と業務の関連は問われないのがふつうです。
文学部歴史学科を卒業して外食産業に、工学部物理学科を出て商社に、などというのは珍しくもありません。
専攻によっては「関連する業務内容の会社」などないこともあるでしょう。
日本人の学生に問わない内容を、留学生にのみ問う、しかもその結果如何で内定もパーになってしまい帰国せざるを得ない、というのは、人権という観点から大きな問題があります。
すでに内定が出ている学生の就労ビザを認めないことが、どのように日本の国益に合致するのか、また、外国から留学してきた学生が、日本国内で専攻と関係のない仕事に就いたからといって、日本社会にどのような不都合があるのか、まったくわかりません。
2020年3月に、入管の収容施設でスリランカ人の女性が衰弱死したことは、大きなニュースになりました。
収容施設の問題だけでなく、難民申請をしてもほとんど許可されない、仮放免者に就労を認めない等、合理的な理由もなく外国人を苦しめることが日常茶飯事になっています。
入管という組織の人権無視の体質が、ここにも現れていると言えるでしょう。
人権尊重は経営上の重要事項となっている
どの企業でも、間違った行動をしてしまうことはありますし、それが明るみに出て、いわゆる「炎上」することもあります。
そのときに、言い逃ればかりして問題の根本に向き合おうとしないのでは、さらに間違いを重ねることになります。
また、問題を認識して不適切な行動を変更することもなく、「とりあえず謝ればいい」という姿勢は、とくに不誠実なものとして、周りの目に映ります。
「炎上」は、違法行為の場合だけでなく、社内の認識が社会全体の認識と大きくずれているときに起こります。
ダイバーシティを多くの企業が掲げ、SDGs に取組む企業も年々増加している現在、人権の尊重は企業経営上、重要事項となっています。
人権ということばに、「ただのきれいごと」と感じる人もいるかもしれませんが、その「きれいごと」を本当に企業が実行しているかどうか、世間の目が厳しくなっているのです。
この点で、吉野家は日本社会の動向を見誤っているともいえるでしょう。
経営者・人事担当者のみなさんは、この点でもくれぐれも吉野家の轍を踏まないよう、採用にあたっては、「公正な採用選考めざして」という厚労省のパンフレットをしっかり読み込んでおきましょう。
人権尊重は、たんに「炎上」しないためではなく、従業員がやりがいをもって生き生きと働く会社を作るための基本なのです。