
2026年1月、宮崎地裁は、県警の課長が部下に対して行った指導について、パワーハラスメントに当たると判断しました(参考:「もう30歳」「語学ばかりじゃ」 警官自殺で上司のパワハラ認定 朝日新聞 2026/01/30)。
報道やSNSでは、「もう30歳なんだから」「語学ばかりじゃなくて警備の仕事もしろよ」といった発言が取り上げられ、「『30歳なんだから』と言ったことがパワハラになった」と紹介されることも少なくありません。
確かに、それらの発言は判決でも問題視されています。しかし、この判例をそのように理解してしまうと、本質を見誤るおそれがあります。
この記事では、ハラスメント対応を専門とする社会保険労務士として、「判例から禁止ワードを探す」という読み方が、なぜ実務では役に立たないのかを解説します。
「この言葉を言ったらアウトですか?」という質問
管理職研修をしていると、よく受ける質問があります。
「『いい年なんだから』と言うとパワハラになりますか。」
「『社会人なんだから』は言ってはいけませんか。」
気持ちはよく分かります。管理職としては、「この言葉は使ってよい」「この言葉は避けるべき」という基準があれば安心だからです。
しかし、この発想のままで判例を読んで、参考にしようとしても、ハラスメント防止にはつながりません。
一言で言うと、判例を「禁止ワード集」として読んはいけない、ということです。
裁判所は、「この単語を使ったから違法」と判断しているわけではありません。それにもかかわらず、私たちは印象に残った一言だけを切り取り、「これを言ったらおしまい」と覚えようとしてしまいます。
この読み方では、次の判例が出るたびに新しい禁止ワードを覚え続けることになります。
裁判の判決はあくまでも個別の事例
判決には、その裁判の結果としての機能だけではなく、今後、同種の事件が起きたら、それを判断する際の基準になるという機能があります。それを「判例」と言っているわけです。
しかし、どういう言葉を使ったか、どういう行動をしたか、というレベルで読むと、「判例」としての機能は果たせません。
言葉や行動等、個別のものを見るのではなく、裁判所がどこをポイントとして判断しているのか読み解いてこそ、判例として次の裁判につながります。
われわれ一般のビジネスパーソンも、「この裁判のポイントはここだ」ということを理解してこそ、周りで実際に起こっている事例が、違法なのかそうでないのかというヒントを得ることができるのです。
裁判所が見ているのは「言葉」ではなく「指導の中身」
今回の判決で見落としてはいけないのは、裁判所が「厳しい指導」そのものを否定していないことです。
部下は書類作成で誤字脱字や記載漏れ、提出期限の徒過などを繰り返していました。裁判所も、そのような状況であれば、指導の度合いを一定程度強めること自体は社会通念上相当であると認めています。
つまり、「強く指導したからパワハラ」という判決ではありません。
問題になったのは、その指導の中に、仕事とは直接関係のない話が繰り返し入り込んでいたことです。
「もう30歳なんだから。」
「語学ばかりじゃなくて警備の仕事もしろよ。」
どちらも、書類作成のミスを改善するために必要な指導ではありません。書類のミスを直してほしいのであれば、書類の話をすればよいはずです。ところが、そこに年齢や語学という、仕事とは直接関係のない話題が加わることで、指導の対象が「仕事」から「その人の人格」へと移ってしまいます。
裁判所が問題視したのは、「30歳」という年齢を指摘する言葉ではなく、「仕事と関係ない人格への評価」だったのです。
「人格評価」と「仕事に関係ないこと」は要注意
パワハラ研修では、「人格ではなく行動を指摘しましょう」という話をします。
これをコミュニケーションのテクニックではなく、今回の判例にも共通する考え方です。
例えば、「重要事項が抜けています」「提出期限に間に合うよう、次回はこの手順で進めましょう」と言ったとしたら、これは仕事の指導です。
一方で、「もう30歳なんだから」「ベテランなんだから」「○○大学を出ているのに」「趣味ばかりやっているから」、こうした言葉は、仕事とは関係のない属性を持ち出して相手を評価しています。
もちろん、こうした言葉を一度使っただけで、直ちにパワハラになるわけではありません。実際の裁判では、指導の態様や継続期間、本人の受け止め方なども含めて総合的に判断されます。
それでも、多くの判例を読んでいると、一つの共通点が見えてきます。
仕事に必要な指導が厳しかったかどうかでなく、仕事とは関係のない属性や人格評価で相手の感情を傷つけていなかったか。この点に該当すると、裁判所は指導ではなく、パワハラだと見るのです。
判例から学ぶべきなのは判断基準
管理職研修で、「幼稚園からやり直せ」と侮辱的な言葉を使って叱責してはいけません、と
教えることがあります。もちろん、分かりやすい研修にはなります。しかし、それだけでは実務では応用が利きません。新しい判例が出れば、新しい禁止ワードが増えるからです。
「肩にふけがべたーとついてる」という言葉が書かれた判例がありました。これひとつだけだと、身だしなみへの指摘にも見えます。問題はふけを指摘することではなく、相手の見た目が不愉快だと何度も言っていることなのです。
判例から学ぶべきなのは、禁止ワードではありません。裁判所が何を問題視したのかという判断基準です。
仕事に必要な指導だったのか、仕事とは関係のない話を持ち出していなかったか、相手の行動を改善するための指導だったのか、それとも相手自身を評価する話になっていなかったか。
この視点で判例を読むようになると、一つひとつの判例が「この言葉はダメ」という知識ではなく、「なぜダメだったのか」を考える教材に変わります。
判例を「禁止ワード集」にしない
パワハラについて、はっきりした基準がほしいという欲求はとてもよくわかります。
しかし、管理職と部下という関係は、人の数だけあると言っていいくらい個別のものです。その中で、「この言葉はよくない」と覚えても、あるときはその言葉を言っても問題にならず、あるときは善意のつもりの言葉で相手が傷ついてしまったりします。
禁止ワードを覚えるのではなく、相手との向き合い方、どのように指導すれば相手を尊重しつつ仕事がうまく回るのか、そのような点を覚えて、実際にそのように動いてみるのが、ハラスメント防止の第一歩です。
どこが判例のポイントなのか、ニュースだけではわからないことが多いものです。マスコミは、ひとつの言葉にフォーカスし、それが本質のように書くからです。
判例は重要な資料ですが、禁止ワード集として使うのは、的はずれだということ、「仕事に必要な指導になっているか」「仕事とは関係のない属性を持ち出していないか」という視点で、自分の指導を見直すことが、職場で役立つパワハラ防止につながるのです。






