
ここ数年で一気に広がった「退職代行サービス」。
新年度が始まるこの時期、「もう自分も退職代行で辞めたい」と考えている方もいると思います。
ただ2026年2月に、大手退職代行「モームリ」の運営会社が弁護士法違反(非弁提携)で逮捕・起訴されたこともあり、「本当に使って大丈夫?」「次の転職で不利にならない?」という不安も広がっています。
この記事では、これから退職代行を使うかどうか悩んでいる方向けに、退職代行利用のメリット・デメリットと、自分でどこまでできるのかを、労働現場をよく知る社労士としてお伝えします。
退職代行の種類と「非弁行為」
「退職代行」とひとことで言っても中身はいろいろです。
- 弁護士が運営する退職代行
- 労働組合(ユニオン)が行う退職代行・団体交渉
- 民間の「退職代行会社」(弁護士でも労組でもない民間事業者)
このうち、法律的に特に注意が必要なのが、3の民間の退職代行会社です。この場合、どこまでなら合法なサービスで、どこからが違法(非弁行為)なのかを確認する必要があります。
一般的には、次のように考えられています。
OK(原則合法と考えられる範囲)
- 本人の「退職の意思」を会社に伝える「使者」としての連絡
- 退職届の郵送をサポートするなどの事務手続き的な支援
NGの可能性が高い(非弁行為になりうる部分)
- 「未払い残業代を請求しておきます」「退職金を増額できるか交渉します」など、金銭請求や退職条件の交渉を、報酬をもらって反復継続して行うこと
- 弁護士資格がないのに、会社との交渉ごとを代理して進めること
- 弁護士でもないのに「交渉も全部お任せください」とうたうこと
これらは、本来は「弁護士にしか認められていない業務」であり、弁護士資格がない人・会社が報酬を得る目的で行うと「弁護士法違反(非弁行為)」にあたる可能性が高いとされています。
「退職代行モームリ」の事件は、上に書いたような非弁行為そのものではなく、退職代行の過程で発生した法律トラブルを、弁業者が特定の弁護士に有償であっせんしていたという点が問題視されました。「退職代行自体が違法」という話ではありません。
退職代行を使うメリット
ここまで読むと「退職代行は危ない」という印象になりがちですが、利用する側から見た次のようなメリットも確かにあります。
パワハラまがいの対応が続いていたり、「辞めたい」と伝えても感情的に怒鳴られるような職場で、精神的に限界が近い人にとっては、大きな心理的セーフティーネットになります。とくに、「明日からもう行けない」というレベルで追い詰められている場合、本人が連絡できない代わりに会社に意思を伝えてもらえます。
また、退職に関わる手続きも、会社の人と接触せずにすませられます。
ただし、これはあくまで「サービスとしてのメリット」であり、「長期的に見て自分のキャリアにとって得かどうか」は、別の話になります。
退職代行のデメリットとリスク
一方で、退職代行には次のようなデメリット・リスクがあります。
1.非弁行為のリスクを利用者側も被る可能性
違法なサービスを使ったからといって、労働者本人が罰せられることはありません。ただし、いい加減な交渉をされて話がこじれたり、会社が法的措置に出たりして、結果的に紛争が長引くリスクはあります。
2.会社が「取り合わない」可能性
2026年4月に発表された東京商工リサーチの調査では、企業の3割は「非弁行為の可能性があるので退職代行とは取り合わない」と回答しており、「業者経由では話しません。本人と話したい」と言われるケースも増えています。
3.退職条件の交渉をしてもらえない
合法な範囲にとどまる業者ほど、「退職の意思を伝えるだけ」で、退職日や有休消化、未払い残業代などの交渉はしてくれません。「全部お任せで有休もきれいに消化できる」と思っていると、実際にはそこまでやってもらえないこともあります。
4.費用対効果が見合わない
数万円の費用がかかるのが一般的で、内容の割に高いと感じる人もいます。
次の会社に「退職代行利用」がバレたらどうなるか
では、もしあなたが退職代行を使って辞め、そのことが次の会社に知られてしまったら、どんな影響があるのでしょうか。
先ほどの東京商工リサーチの調査では、採用担当者の印象はかなりシビアです。
前職で退職代行を使っていたと分かったら、「採用に慎重になる」が49.3%、「採用しない」が26.0%という結果でした。
採用側からすると、次のような懸念が出てきます。
- 困難な状況があったとき、話し合いではなく“第三者に丸投げ”してしまうのでは
- 職場のコミュニケーションに課題があったのかもしれない
- トラブルになったときリスクが高い人かもしれない
退職代行を使うに至った背景には、深刻なパワハラ、退職を全く受け付けない対応など、本人側に責任を負わせるのは酷な事情も十分にあり得ます。
それでも、採用現場では、そこまで伝わらないと思ったほうがよいでしょう。
そもそも「どうやってバレるのか?」
ここでよく聞かれるのが、「退職代行を使ったことって、本当にバレるの?」という疑問です。
可能性としては、次のようなパターンが考えられます。
前職の会社からの「リファレンスチェック」
採用候補者の前職の上司などに確認の電話・メールをする会社があります。その際に、「退職代行業者経由でした」などと情報提供される可能性があります。
採用担当者同士の非公式な情報交換
同業界・同エリアで人事担当者同士がつながっている場合、「あの人、退職代行で辞めたらしい」といった噂レベルの情報が回るリスクはゼロではありません。
求職者本人の自己申告
面接で「どうやって退職しましたか」と聞かれたときに、正直に退職代行を使ったと話すケース。
とはいえ、リファレンスチェックを行わない会社も多く、前職の担当者が詳細を話すとは限りません。「バレる可能性はゼロではないが、それほど高くもない」というのが現実的なところでしょう。そのうえで、「バレたときの評価はかなり厳しい企業が多い」という点をどう受け止めるかは、個人の考え方次第ということになります。
退職代行を使う前に自分でやってみてほしいこと
ここからは、退職代行に行く前に、まずこれだけはやってみてほしいというポイントをまとめます。
1. 疑問点・不満点を全部書き出す
頭の中がモヤモヤしたままだと、「もう全部イヤだから代行で丸投げ」の方向に振れやすくなります。まずは、何に一番ストレスを感じているのか、それは「変えられるもの」か「変えられないもの」か、変えられるとしたら誰に何を相談すればいいのか、といった点を書き出して整理してみてください。配属や業務の変更で解決する話なのか、人間関係の問題で配置転換や上長変更で改善するのか、会社の体制そのものが合わないのかが、客観的に見えてきます。
2. 「どうせ辞めるなら、言いたいことは言ってから辞める」選択肢
「もう辞める」と決めている場合でも、退職代行に丸投げする前に、自分で会社に「ここがつらかった」「こういう改善が必要だと思う」と伝える、という選択肢もあります。
もちろん、感情的にぶつけるのではなく、具体的な事実や自分の感じたことを冷静に書いてみましょう。
それでも聞いてもらえなかったり、逆に攻撃的な反応をされるようなら、「この会社と距離を置いて正解だった」と割り切りやすくなります。
3. 直接の面談が怖ければ、メールや手紙でもいい
退職の話をする場面で、「対面の話合い」がどうしても怖い人もいると思います。
その場合、必ずしも最初から対面である必要はありません。
メールや手紙での意思表示も有効です。
4. 会社の相談窓口・人事・外部相談も使える
会社によっては、
- 人事部
- ハラスメント相談窓口
- 産業医・産業カウンセラー
- 外部の相談ダイヤル
など、上司以外に相談できる窓口が用意されていることがあります。
これらの窓口に相談してみて、それでも解決しなかったとき、「退職代行」という次の手段を検討しても遅くはありません。
民法の基本ルール
ここまで退職代行をめぐる話をしてきましたが、その前提として知っておいてほしい「退職の基本ルール」があります。
正社員など期間の定めのない雇用で働いている場合、民法627条1項により、退職の意思を示してから2週間経てば、原則として労働者は退職できます。就業規則に「退職は1か月前まで」と書かれていても、法律上の原則はこの「2週間」です。
つまり、法律上は、会社が認めないから辞められないということはありません。
逃げること自体は悪くない、ただ「選び方」は慎重に
心身が限界に近い状態で、無理に会社に通い続ける必要はありません。
逃げること、距離を置くこと自体は、決して恥ずかしいことではありません。
ただ、「退職代行」という手段には、
- 非弁行為という法的リスク
- 3割はとりあわない企業側の厳しい目
- 次の会社にバレた場合のイメージ悪化の可能性
といった現実があることも事実です。
その上で、
- まずは自分の疑問点・不満点を整理する
- どうせ辞めるなら、言いたいことは一度自分の言葉で伝えてみる
- 対面が怖ければ、メールや手紙という手段もある
- 民法上は、自分で退職の意思を示して2週間で辞めることもできる
- それでも難しいときの「最後の手段」として退職代行を位置づける
こうした順番で考えてみると、「感情だけで動いて後悔する」可能性はかなり減ります。
短期的なつらさだけで決めてしまわず、少しだけ先の自分のキャリアや働き方まで含めて考えたうえで、「それでも退職代行を使うかどうか」を選んでほしいものです。






