毎年たくさんのハラスメント防止研修のご依頼をいただきますが、そのとき、ご担当者から出てくる要望のひとつとして「パワハラなのか指導なのか、線引きをはっきりさせたい」というものがあります。

これについては、お打合せの段階で、「具体的にどの行為がハラスメントになるかというのは、微妙なものは難しいです」とご説明するとすぐにご理解いただけます。

研修の中でもこのことについてはたいてい触れますが、実際に受講していただいた管理職にアンケートをとると、「ハラスメントかどうかの線引きをもっと知りたい」というコメントがあったりします。

「この人、ちゃんと聞いていなかったのかな」と思わないでもないですが、それよりも、「これさえやらなければ、パワハラ上司と言われない」、つまり具体的な行為がOKなのかNGなのか知りたい、というニーズは、それほど強いのだと受け止めています。
パワハラと言われるのを恐れることなく、安心して部下を指導したいということですね。

ハラスメント防止研修の担当者は、ほとんどが人事部門の方です。
現場にいる管理職と、このような意識の違いが出てくるのはなぜでしょうか。
人事部門にいる担当者は、現場の管理職に比べてご自身がハラスメントの行為者(加害者)になる可能性は低く、要するに他人事だからでしょうか?

おそらく、そのような理由ではなく、違いが出てくるいちばんの要因は、「ハラスメント事案が起こると、行為者はどのように扱われるかわかっているかどうか」ではないかと考えています。

有罪か無罪かではない

会社にハラスメント事案の相談が寄せられると、一般的には「ハラスメント調査委員会」等の名称で臨時の委員会が組織され、経営層や人事部門の担当者を中心に、ハラスメントかどうかの判定がなされます。

暴力やひどい暴言等、「これはアウト」というもの以外は、会社によって判定が分かれるだろうな、という事案も多く、一般論としてはっきり言えることは少ないのです。

また、ハラスメントだという判定だったとしても、軽微なものであれば懲戒処分なしに終わることもあり、逆に、ハラスメントではない、という判定の場合も、行為者とされた人の行動にある程度の問題があるとして、指導や注意がされることが大半です。

刑法犯の有罪・無罪のように、有罪であればなんらかの罰が課されるが、無罪であれば、その行為についてはいっさい咎められない、というのとは違うのです。

会社でのハラスメントの判定を、有罪か無罪かでとらえてしまうと、「ハラスメントと判定されたら、自分の将来は真っ暗」「ハラスメントではないと判定されたら、自分は100%悪くない」という、実態とはかけ離れた意識になってしまいます。
このような意識から、「ハラスメントかどうかの線引きを知りたい」という欲求が出てきていることは、想像に難くありません。

また、とくに、指導する場面で起こるパワハラは、指導する以上防ぐのが難しいという意識があるので、「指導とパワハラの線引きが知りたい」ということになるのでしょう。

現場の管理職は、ハラスメント事案が起こったあとの処理フローは知らないのがふつうですので、このような「有罪か無罪か」の意識の方が多いのではないかと想像しています。

それに対して、人事部門の担当者は労務管理の実態を知っていることが多く、あまり「線引き」にこだわってもしょうがない、ということが理解しやすいのではないでしょうか。

「異性に好かれたいがどうしたらいいか」という質問

「指導かパワハラかの線引きが知りたい」というご要望をいただくと、いつも、「この質問って、『異性に好かれたいけど、どうしたらいいですか?』という質問に近いな」と思います。

一般的に、明るく感じのよい態度をとったほうがいい、親切なほうがいい、清潔感があるほうがいい、見た目がよいほうがいい、等の答えは出せます。

しかし、その線引きは? ということで、「清潔感が大切であれば、お風呂は毎日はOKで、1日おきはアウトか」「親切なほうがいいのであれば、相手の要求を1回でも断ったらアウトか」となると、その問いかけ自体がナンセンスであることがわかるでしょう。

「常識の範囲で、そしてご自分ができる範囲で努力してみてください」としか、答えようがありません。

「指導なのかパワハラなのか線引きが知りたい」というご質問は、言い換えれば「パワハラ上司と部下に思われない行動が知りたい」ということですよね。
一般的に、相手の行動をよく見る、相手の意見を聞く、自分の考え方に固執しない、敬意をもった言葉遣いや態度をとる、等の方法論はあります。
しかし、「線引き」ということで、「一度でも声を荒らげたらアウトか」「部下のあいさつに答えなかったらアウトか」となると、「状況によるし、会社(部署)の風土にもよるし、相手との関係性によるし、あなたのキャラクターによるし」という話になり、行動だけを見て判断しようとするのは、やはりナンセンスです。

目の前にいる人を見ているか

また、たいてい「異性に好かれたい」という質問が出てくるときは、女性/男性一般ではなく、「特定の◯◯さんに好かれたい」ということだったりします。

そうなると、その◯◯さんの考え方や好きなタイプがわからないと、答えは出せません。
ルックスにはまったくこだわらない人も多いですし、クールなタイプが好きで、「やたらに親切なのは気持ち悪い」と感じるような人もいます。

つまり、「あなたの部下はどう思っていますか、どのような考え方ですか」という質問に答えられないと、答えは出ないでしょう。

「線引き」にこだわるのは、「自分がどう行動するか」ということだけが頭にあって、目の前にいる人(部下)がまったく目に入っていない状態です。

細かく説明してくれる上司を求めているのか、自分の力量に応じてまかせてくれる上司を求めているのか、多少ぶっきらぼうでもシンプルな指示を求めているのか、常ににこやかでいないと「怖い」と感じてしまうのか、そのような点は人によってさまざまです。

ひとりひとりすべてにフィットする態度をとるのは難しいかもしれませんが、少なくとも「この人はどう感じているのか」と相手の感情を大切にし、「不満があるとしたら、直せるものは直す」という柔軟性がある上司であれば、「パワハラだ」と指摘される可能性は限りなく低くなります。

実際、職場で「パワハラ上司」と思われている人はごく一部で、たいていの上司はそのような問題は起こさず、部下と良好な関係を保っています。

それはやはり、「自分はどうするか」だけでなく、「相手はどう思っているか」「どうしてほしいのか」ということが、行動の軸にあるということですね。

「パワハラと指導との線引きが知りたい」という要求の影には、上司としての自分のあり方が隠れているとも言えるでしょう。