
2026年5月、千葉大学は30代の職員が複数の同僚に対して人格を否定する発言や暴行を繰り返していたとして、懲戒解雇処分にしたと発表しました(千葉大学職員がハラスメントや暴行 4人に懲戒解雇など処分 詳細「明かせない」 チバテレニュース 2026/05/15)。ハラスメントに関するニュースを見ていると、このように「一発解雇」が印象に残ります。
一方で、厚生労働省の調査では、職場でパワハラやセクハラを受けた労働者のうち、「何もしなかった」と回答した人がパワハラで3〜4割、セクハラでは5割を超えています。相談した場合でも、「勤務先は特に何もしなかった」と感じている人が多いことが示されています(令和5年度 厚生労働省委託事業「職場のハラスメントに関する実態調査」結果概要)。
ニュースでは「一発アウト」が目立つのに、実際の職場では「何もしてくれない」と感じる人が多数派――このギャップが、被害者の不信感を強めています。
この記事では、ハラスメント対応にくわしい社労士として、被害者の回復を大切にしながら、会社がハラスメントの構造を見抜くための場として、行為者ヒアリングをどのように設計するべきかを、解説します。
「懲戒だけしても解決しない」は正しいが、現場には届いていない
ハラスメント事案が起こった際に、行為者個人の問題に矮小化してはいけないということは、もはや一般論になりつつあります。厚労省のハラスメント防止のガイドラインでも、事業主には方針の明確化、相談窓口の設置、迅速な調査、再発防止策など、雇用管理上の措置義務が課されています。
とはいっても、現場の人事・労務担当者がまずしなくてはならないことは、被害者の安全を図ることと、そのケアです。まず配置転換や在宅勤務を検討する、メンタル不調があれば医療や産業保健につなぐ、――こうした初動は当然最優先です。
ところが、その過程で「行為者にどう対応したのか」という説明が不足しがちです。「行為者には注意しておきました」で済ませてしまうと、被害者からは「結局、何もしてくれなかった」と受け取られやすくなります。筆者の扱ったケースでも、懲戒処分に至るのは行為の悪質性が高いごく一部に限られており、「注意だけ」「口頭での指導だけ」という場合が大半です。被害者からすると「自分はこんなに苦しんでいるのだから、当然加害者は懲戒処分になるべきだ」という感情が出てきやすいものです。そこに、詳しい説明もなく「注意しました」と言われてしまうと、被害者の不満と不信感を強める結果になりがちです。
行為者に注意して終わりでは、構造が見えない
ハラスメント相談に対し、「行為者に注意しました」「指導しておきました」という対応は、現場で非常によく見られます。就業規則上も、注意・指導は最も軽い対応として位置づけられていますし、形式的には「最低限のことはやった」と言いやすい対応でもあります。
しかし、このやり方には限界があり、下記のような困った状況が放置されてしまいます。
- 行為者ひとりの問題になってしまい、職場全体の業務設計や文化の歪みが見えなくなる
- 被害者には「上司を守っている」「結局、何も変わっていない」と映る
- 行為者自身も、「何がいけなかったのか」「どう変えればよいのか」が曖昧なまま現場に戻る
上述の厚労省の調査では、企業の半数以上が「ハラスメントかどうかの判断が難しい」と答えています。判断に迷うと、「とりあえず注意」で終わらせたくなるものです。しかし、その積み重ねが、「うちの会社は何もしてくれない」という印象を強化しているのです。
行為者ヒアリングを「構造を見る場」にする
では、「懲戒だけしても解決しない」という一般論を、どう現場の対応に具体化すればいいのでしょうか。
ここで鍵になるのが、行為者ヒアリングの設計です。
行為者へのヒアリングを、「言い訳を聞く場」だけにしてしまうと、どうしても個人の反省や態度の問題が焦点になってしまいます。そこを一歩進めて、「職場の構造を見抜くための情報を探る場」に変えることが、人事・労務担当者にできる工夫です。
ポイントは、ヒアリングの質問を三つの軸で設計することです。
1つ目は、「何が起きたか」を確認する事実の軸です。
- いつ、どこで、誰に、どのような言動をしたと認識しているか
- その場に誰がいたか
- 自分ではその行為を「指導」「注意」「冗談」など、どう位置づけていたか
2つ目は、「どのような条件下で起きたか」を確認する業務・環境の軸です。
- 最近の業務量や残業時間、休日や睡眠の状況
- 任されている責任と裁量のバランス
- 上位者からのプレッシャーや評価のされ方
- チームの人員構成や補充状況
3つ目は、「行為者自身の健康・業務や生活の状況」を確認する人間の軸です。
- 体調の変化や通院の有無
- 介護や育児など、仕事に影響する事情の有無
- 自分自身がハラスメントに近い言動を受けていると感じる場面がないか
「最近、睡眠はとれていますか」「体調はどうですか」という質問は、行為者を甘やかすためではありません。感情のコントロールや判断力を損なうリスク要因を特定し、再発防止策を組み立てるための情報収集です。長時間労働や人員不足が背景にあるかどうかを見極めることは、厚労省が示す「発生要因を解消するための業務体制の整備」にも直結します。
個人の責任と職場の責任を分ける
ヒアリングで得られた情報は、個人の責任と職場の責任に分けて整理します。
個人の責任として扱うべきは、人格否定、侮辱、暴力、脅迫など、どのような状況でも許容されない言動です。ここは行為者本人に対する注意・指導や懲戒の対象になります。
職場の責任として扱うべきは、過剰な業務量、慢性的な長時間労働、あいまいな役割分担、上司からのパワハラ的な指導が常態化している状態などです。ここは行為者を入れ替えても解決しない領域であり、経営や人事の責任で見直すべきポイントになります。
この切り分けをしないまま、「懲戒するか、しないか」だけを議論してしまうと、被害者の感情に寄り添うことも、職場の構造を変えることも中途半端になります。「行為者にも事情がある」と言えば被害者が傷つき、「厳罰あるのみ」とすれば構造が放置される。
その二者択一から抜け出すために、「行為者個人の責任は明確にとらせる」「同時に、職場の責任も見える化する」という二段構えが必要です。
被害者への説明に構造の話を組み込む
被害者へのケアが十分に機能していない背景には、「会社が何を見て、何をしようとしているのか」が伝わっていないという問題があります。
行為者ヒアリングで構造的な問題が見えてきたのであれば、そのことを被害者への説明にも反映させます。
行為者本人には、具体的な言動について注意・指導を行い、再発防止を約束させた、あわせて、業務量や人員配置、上位者からのプレッシャーのかけ方に問題があったため、チーム体制や評価の仕組みを見直す、という説明が必要なのです。
こうした説明があることで、被害者は「会社は行為者だけでなく、職場全体を見ている」と感じやすくなります。
行為者を責めるだけではなく、質問設計で職場を変える
懲戒処分は、職場環境を守るための重要なツールです。長年にわたり多数の被害者を出したパワハラ事案で、懲戒解雇や懲戒免職が裁判でも有効とされた例もありますし、「一発アウト」がふさわしい事案も確かに存在します。
ただ、実務の現場で扱う多くのケースは、そこまでには至らないグレーゾーンや中程度の事案です。懲戒に至らない多数の事案で、どれだけ構造に手を入れられるか――ここが、人事・労務担当者の腕の見せどころになります。
行為者を「ダメな人」として切り捨てるのではなく、「なぜこの人がこのような行動に至ったのか」を、業務条件や職場文化の問題として考えるべきなのです。その視点を、行為者ヒアリングの質問設計に組み込むことで、「加害者なんだから解雇であたりまえ」という感情論から、一歩先に進んだハラスメント対策が可能になります。
被害者をまずケアし、そのうえで行為者ヒアリングを「構造を見るためのツール」として使う――その組み合わせが、これからの現場で現実的に機能するアプローチなのです。






