ハラスメントが起こりやすい職場風土には様々な要因があります。長時間労働で心に余裕がなくなったり、コミュニケーション不足で誤解が生まれたりすることが最たるものですが、実は案外見落とされがちなものがあります。それが「評価制度の機能不全」です。

今回は、なぜ評価制度が機能していないとハラスメントにつながりやすいのか、その構造的な問題について詳しくお伝えします。

不当な低評価はパワハラになる可能性も

「不当に低い評価をつけるって、ハラスメントなんですか?」という質問を受けたことがあります。答えは「はい、パワハラになる可能性があります」です。パワハラの3要件に照らして詳しく説明しましょう。

①優越的な関係を背景とした言動

まず第一の要件である「優越的な関係を背景とした言動」ですが、これは評価制度においては完全に満たされています。人事考課権者という立場は、まさに「職務上の地位が上位の者」に該当し、部下の給与・賞与・昇進に直接影響を与える強力な権限を持っています。

評価される側は、評価者に逆らうことが非常に困難な立場にあります。なぜなら、評価結果が自分の生活に直結するからです。この非対等な関係性こそが、優越的な関係の典型例なのです。

②業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動

二つ目の要件「業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動」について見てみましょう。人事評価そのものは確かに業務上必要な行為です。しかし、以下のような場合は明らかに相当な範囲を超えています:

  • 好き嫌いによる恣意的な評価:客観的な根拠なく、個人的な感情で低評価をつける
  • 懲らしめ目的の意図的な低評価:反抗的な態度を取った部下への報復として評価を下げる
  • 事実に基づかない推測による評価:直接見聞きしていない情報や他人の意見だけで判断する1

これらは「業務上明らかに必要性のない言動」や「業務の目的を大きく逸脱した言動」に該当し、社会通念に照らして許容される範囲を超えています。

③労働者の就業環境が害されること

三つ目の要件「労働者の就業環境が害されること」も、不当な低評価では容易に満たされてしまいます。不当に低い評価をつけられることで、対象者の給与・賞与や昇進・昇格に不利益が及べば、ことは深刻です。

さらに、不当な評価を受けた従業員は精神的な苦痛を受け、「なぜ自分だけが」「何をやっても評価されない」という絶望感から、業務への意欲を失い、能力の発揮に重大な悪影響が生じます。これは「就業上看過できない程度の支障」に該当します。

評価制度がきちんと機能していない組織では、こうした権利侵害が当たり前のように起きてしまう土壌ができあがってしまいます。評価者という強い立場によってする不当な人事評価は、パワハラにもなりうるということ、まず覚えておいてください。

評価基準が曖昧だと何が起こるか

パワハラになりうるほどの不当な低評価はそれほどたくさんはないかもしれません。しかし、評価制度のある会社で、多くの人が「なにを基準に評価されているのか不透明だ」と感じています。そのような状態だとなにが起こるのでしょうか。

「何を頑張ればいいか分からない」状態の危険性

評価制度で最も問題となるのが、評価基準の曖昧さです。「何をどう頑張れば評価されるのか分からない」という状況は、従業員にとって非常にストレスフルですよね。

こうした状況では、従業員は常に不安を抱えながら仕事をすることになります。「今日の仕事ぶりは評価されるだろうか」「上司の機嫌を損ねていないだろうか」といった具合に、本来の業務に集中できなくなってしまうのです。

上司の「好き嫌い」が評価を左右する恐怖

客観的な評価基準がないと、どうしても上司の主観や好き嫌いが評価に影響してしまいます。これは非常に危険な状況です。

「あの人は上司のお気に入りだから高評価」「私は嫌われているから低評価」といった状況が生まれると、職場の雰囲気は一気に悪化します。そして、こうした不公平感が募ると「わたしは上司からパワハラを受けている」という認識につながっていきます。

評価者も人間ですから、完全に客観的な評価をするのは難しいものです。でも、だからこそ仕組みでカバーする必要があるんですね。

特に深刻なのが、報復の手段として評価が使われるケースです。「上司に意見したから評価を下げられた」「内部通報をしたら不当な評価を受けた」といった事例は、残念ながら珍しくありません。

これは、最初に見たようにパワハラに該当する可能性が高い行為であり、組織全体の信頼関係を根底から破壊してしまいます。こうした事態を防ぐためにも、評価制度の透明性と公正性の確保は欠かせないのです。

過大な目標設定という名の「追い込み」

評価制度には目標管理がつきものです。しかし、その目標設定が適切でなければ、これもまたパワハラにつながってしまいます。

「無理ゲー」な目標を押し付けられる辛さ

目標管理制度を導入している会社で時々見かけるのが、明らかに達成不可能な目標を特定の社員に設定するケースです。これは一見、「高い目標を設定して成長を促している」ように見えますが、実際は退職に追い込むための手段として使われることがあります。

「どう考えても無理な数字」「他の人の倍以上の目標」といった設定は、従業員に過度なストレスを与え、健康被害につながる可能性もあります。パワハラの類型でいえば、「過大な要求」にあたるやり方です。

目標設定段階での「声を上げる」ことの大切さ

こうした不当な目標設定に対しては、設定段階で異議を申し出ることが大切です。でも、そのためには安心して相談できる窓口や、きちんと話を聞いてくれる仕組みが必要ですよね。

組織としては、目標設定のプロセスを透明化し、従業員が納得できる説明をすることが求められます。一方的に目標を押し付けるのではなく、対話を通じて合理的な目標を設定することが重要なのです。

評価フィードバック時に起こるパワハラ

評価後に、フィードバックするという理由で上司との面談が設定されることはよくあります。評価結果をフィードバックする面談は、本来は部下の成長を支援するためのものです。でも、この場面でハラスメントが起きてしまうケースも少なくありません。

「君はダメな人間だ」「向いていない」「辞めた方がいい」といった人格を否定するような言葉は、必要な指導の範囲を明らかに超えています。評価が低い場合でも、相手の人格を尊重し、建設的なフィードバックを心がけることが大切です。

私がいつもお伝えしているのは、「相手の人格を尊重し、良いコミュニケーションをとること」の重要性です。評価面談も同じで、一方的に評価を伝えるのではなく、対話を通じて相互理解を深めることが大切です。

評価結果のフィードバック面談は必要な業務ですが、不当な屈辱を与えるのは人格権の侵害であり、パワハラとなってしまいます。

360度評価の導入を検討してみよう

従来の「上司だけが評価する」システムの問題を解決する手法として、360度評価が注目されています。上司・部下・同僚など、様々な立場の人が評価に参加することで、より公正で客観的な評価が可能になります。

政府も中央省庁で360度評価を導入し、ハラスメント防止を目的の一つとしています。これは非常に興味深い取り組みですね。

360度評価のよい点は、上司も部下や同僚から評価されるということです。これにより、「自分の行動も見られている」という意識が生まれ、ハラスメント的な行動を抑制する効果が期待できます。

部下に対して威圧的な態度を取っていた上司が、360度評価の導入後に行動を改めたという事例も実際にあります。評価制度が人の行動を変える力を持っているということの証明でもありますね。

改善への具体的なステップ

評価制度がパワハラの温床になってしまうとしたら、なんの意味があるのか。そう考える人もいるかもしれません。しかし、従業員を成長させ、生産性をあげていくには、評価制度は必要なものです。

デメリットの部分を少なくするにはどうしたらよいのか、見ていきましょう。

まずは透明性の確保から

ハラスメント防止のための第一歩は、評価制度の透明性を確保することです。「なぜこの評価になったのか」を従業員が理解できるよう、根拠となる事実を具体的に示すことが重要です。

完全に納得してもらうのは難しくても、少なくとも「理解できる」レベルまで説明することで、多くのトラブルは回避できます。

評価者への教育が不可欠

人事考課権者への研修も欠かせません。評価の技術的な部分だけでなく、ハラスメント防止の観点からも教育を行う必要があります。

私が研修でよくお話しするのは、「評価は相手の人生に大きな影響を与える重要な行為」だということです。その責任の重さを理解してもらうことから始めています。

評価制度を成長のエンジンに

機能している評価制度は、組織と個人の成長を促す素晴らしいエンジンになります。一方で、機能していない評価制度は、ハラスメントの温床となってしまう危険性があります。

大切なのは、評価制度を「人を裁く道具」ではなく、「人を育てる仕組み」として捉えることです。そのためには、透明性、公正性、そして何より相手への敬意を持った運用が不可欠です。