
「お宅の会社は、うちの子に何をしたんですか」
ハラスメント相談の対応をしていると、ある日突然、こうした電話や来社の申し出を受けることがあります。
相談者が若手社員であれば親御さんが、既婚者であれば配偶者が、本人に代わって会社に直接乗り込んでくるケースです。
多くの人事担当者や管理職がこの場面で動揺し、対応を誤ります。
世間では、こうした家族の来訪を「クレーマー対応」の一種として扱う向きがあります。
しかし社会保険労務士としてハラスメント案件に関わってきた経験から言えば、この理解は的外れです。
家族が乗り込んでくるのは、多くの場合、身近な人がつらい思いをしているのを見過ごせないという、ごく自然な感情の表れです。
クレーム処理の技術ではなく、相談対応そのものの延長として向き合うべき場面なのです。
この記事では、相談者の家族が会社に直接連絡してきた場合に、担当者がどこまで応じ、どこで線を引くべきかを整理します。
ハラスメント対応を専門とする社会保険労務士として、日々こうした相談の伴走をしている立場から、実務上のポイントをお伝えします。
なぜ家族が動くのか
家族が声を上げるということは、 相談者本人が、家庭で不調を隠しきれなくなっているということです。
眠れない、食欲がない、暗い表情で口数が減った。
「会社に相談したら?」と本人に促しても、「言ってもしょうがないよ」とあきらめ顔です。
だからこそ、代わりに声を上げてでも状況を変えようとするのです。
この構図を理解せずに「なぜ本人ではなく家族が出てくるのか」という発想で対応すると、担当者の言葉は自然と防御的になります。
家族の行動は越権行為ではなく、本人の苦しさが家庭にまで及んでいるという重要なサインだと捉え直す必要があります。
担当者を変えない
最初に相談を受けた担当者が、家族対応にもあたってください。
家族からの連絡を受けて別の部署や上位者に対応をまかせると、「たらい回しにされた」という印象を与えます。
また、相談者の状況をいちばんよく知っているのは、相談対応した人です。
なんの権限もないので、対応できないと考えるかもしれませんが、家族対応は、なにかをしてあげるという権限よりも、落ち着いて話合い、会社の立場も理解してもらうプロセスです。
「私では分かりかねます」という対応は、相手の態度を硬化させるだけで、何の問題解決にもなりません。
クレーマー扱いしない
家族が感情的に話すのは、本人が苦しんでいる姿を間近で見てきたからです。
これをクレーマー対応の枠組みで捉えると、担当者は防御的な言葉遣いになり、かえって相手を刺激します。
身近な家族が「自分ごと」として怒りや不安を抱くのは当然の反応だと受け止めた上で、冷静に会社としての立場を説明することが出発点になります。
安易な約束はしない
確定していないこと、実現できないことは約束しないようにします。
「厳正に対処します」という表現自体は問題ありません。
しかし、「行為者にきつく注意しておきます」のように、対応の中身にまで踏み込んだ発言は避けるべきです。
調査が終わっていない段階でこうした発言をしてしまうと、後に処分内容が期待と異なった場合、「約束を破られた」という新たなトラブルに発展します。
会社としては、職場で起きた出来事については本人から直接話を聞く方針であることを伝え、家庭での様子はあくまで参考として手短に聞くにとどめます。
そのうえで、ハラスメント事案として早急に調査を進めること、結果は調査終了後に本人を通じて報告することを説明します。
この順序を守ることで、家族にも「きちんと動いている」という安心感を与えられます。
家族から聞く話には、時に感情が先行した表現も混ざります。
しかし、そこに含まれる情報のすべてを軽視してよいわけではありません。
家庭での様子は、本人が職場では見せない疲労のサインを映していることが少なくないからです。
家族の言い分を頭ごなしに退けるのではなく、いったん受け止めた上で、「調査と判断は本人からの聞き取りを基本に進める」という会社の立場を丁寧に説明する。
この二段構えが、感情的な対立を避けながら情報を活かす方法です。
面談への同席要求への対応
相談者と担当者の面談に、家族が同席したいと申し出てくることもあります。
結論から言えば、これは断ってかまいません。
家族はあくまで第三者であり、面談では行為者のプライバシーに関わる話も出てきます。
第三者を同席させることは、調査の公正性という観点からも望ましくありません。
どうしても同席を求められる場合は、本人を精神的に支える立場としての同席にとどめ、発言権はないことを事前に納得してもらった上で応じます。
この線引きを曖昧にすると、以後の面談すべてに家族の同席を求められるようになり、本人からの率直な聞き取りが難しくなっていきます。
家族と本人の意向がずれたとき
実務でしばしば起きるのが、家族は「懲戒処分にしてほしい」と強く求めているのに、本人は「そこまでは望んでいない、これ以上騒がずに静かに解決したい」と考えているケースです。
この食い違いに担当者が戸惑い、家族の勢いに押されて対応方針を変えてしまうと、本人の意思が置き去りになります。
会社が調査と処分の判断材料として重視すべきは、あくまで本人の意向と事実関係です。
家族の要望は参考情報として受け止めつつも、最終的な着地点は本人と会社の間で確認するという原則を崩してはいけません。
家族に対しては、「本人の意向を最優先に、社内規程と事実関係に基づいて判断します」と明確に伝えることで、板挟みになる事態を避けられます。
会社が二つの義務を負っていることを忘れない
この場面で会社が担っているのは、相談者に対する安全配慮の義務と、行為者に対する公正な手続きを保障する義務の両方です。
家族の要求に押されて後者をおろそかにすれば、たとえ相談者側の主張が正しかったとしても、調査結果そのものの信頼性が揺らぎます。
逆に、行為者保護を理由に相談者と家族の不安を放置すれば、安全配慮義務違反を問われかねません。
担当者に求められているのは、どちらか一方に肩入れすることではなく、この二つの義務を同時に満たす手続きを淡々と進めることです。
境界線を引くことが、結局は全員を守る
家族の介入を厄介事として処理しようとすると、対応はどうしても及び腰になります。
しかし、担当者を変えない、安易な約束をしない、同席は断ってよいという三つの原則を最初から明確にしておけば、感情的なやり取りに巻き込まれずに済みます。
家族が乗り込んでくる場面は、相談者を大切に思う気持ちの表れです。
その気持ちを否定せず受け止めながらも、調査の公正さと行為者のプライバシーを守るという会社としての一線は譲らない。
この両立こそが、結果的に相談者本人、行為者、そして会社自身のすべてを守ることにつながります。
家族対応は、ハラスメント相談の「特殊なトラブル」ではありません。
相談者を中心に据えた対応の原則を、家族という新しい相手にもそのまま適用するだけのことです。
原則さえぶれなければ、対応の難易度は、担当者が思うほど高くはありません。






