会社からの外食禁止令、あり? なし?

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ツイッター検索「外食 禁止 会社」

新型コロナウイルス感染拡大防止のため、従業員に外食禁止令を出している会社が、たくさんあることがわかります。
これ自体もちょっと「ええ?」という感じなのですが、もっと驚いたのは、多くの人が、文句を言ったりしながらも「会社は従業員にそのような命令をする権利がある」という点には、とくに疑問をもっていないことです。

このように書くと、専門家が素人さんに上から目線で「それはほんとは違うんだよ~」と言っているみたいで感じ悪いですね。
でも、とくに労務管理や労働法について知らない人でも、「会社にそこまで命令される筋合いある?」という感覚って、ないですか?

と、尋ねてみましたが、このツイッター検索の結果を見る限りは、ほとんどの方にはないみたいですね。
一部、「それはおかしい」と書いてらっしゃる方もいますが、数からするとわずかです。
いやー、こういう従業員ばかりだったら、労務管理簡単でいいわー、社労士いらないわー、というのが正直な感想です。

結論からいうと、会社が従業員の私生活に、そこまで指図する権限はないのです。

会社は従業員にお給料を払ったり、福利厚生を負担するかわりに、従業員に命令する権利があります。
これを「指揮命令権」と言います。
「こんなたいへんな仕事いや」とか、「残業やりたくない」とか、「転勤なんて困る」と思っても、よっぽど常識はずれの内容でない限り、従業員は会社に命令されたら従う義務があります。

しかし指揮命令権といっても、なんでも会社の好き放題に命令できるわけではありません。
基本的に「業務に関することだけ」「就業時間内だけ」に限定された権利です。

会社と従業員の間には主従関係があるわけではなく、身分の上下があるわけではありません。
「働く」「雇う」という契約をして、その契約に基づいて、仕事については命令される、というだけです。

とはいっても、会社が従業員の私生活について、まったく口が出せないかというとそうではなく、業務に明らかに影響があるときや、会社の名誉や信用を落とすような行為は、禁止することができます。

そして、命令ではなくて「お願い」や「注意喚起」をするのは、もちろん会社の自由です。
都市部を中心に感染が拡大している状況では、「コロナウイルスに感染しないために、こういうところに気をつけて」というお知らせは、当然すべきですね。

しかし、外食というのは、業務にも関係なく、就業時間外のプライベートな場でのことです。
さらに、生活への影響も大きく、社会的にも非難を受けるような行為ではありません。
わたしの住む宇都宮市では「食べとくチケット」という名称で、飲食店で利用できるクーポンを市が発行しており、行政が後押ししている行為ですね。
ほかの市町村でも、同じようなことをやっているところは多いはずです。
家族や、友人数名の外食まで一律に禁止するというのは、明らかに行き過ぎでしょう。

「できる」「許される」とはどういう意味か

さて、ちょっと話を戻して、「外食禁止令」の「禁止」というのは、どういうことでしょうか。
強制力をもってなにかをするなと命じることですよね。
その強制する力はどこから出てくるかというと、就業規則に定められた懲戒です。
今回の場合、外食したのが会社にバレたら、「厳重注意」(就業規則にはたいてい「訓戒」か「訓告」とあります)を受けるので、それがいやだから従う、ということですね。

正式な懲戒処分を受けなくても、バレたときに「叱られる」「評価に響く」「上司の機嫌が悪くなる」などの理由で従業員が命令に従っても、実質的には強制力があると言えます。

タイトルに「外食を禁止できるか」とあります。
また、このような労務管理上の問題をお話するとき「会社がそのようなことをするのは許されない」という言い方をすることもよくあります。

社労士や弁護士等法律の専門家が、会社の行為について「できる」「許される」というのは、「明らかに違法ではない」「裁判にもちこまれても会社が負ける心配はない」という意味です。

実際にたくさんの会社で「外食禁止令」が出されているのですから、できるかできないかといえば、もちろんできます。
そして、従業員が黙ってそれに従って命令に違反する人がいない、また、だれかが違反して懲戒や不利益な処分を受けても、とくに文句を言わなければそれまでです。
法律の観点から「できない」「許されない」ということでも、会社はやりたい放題にできます。

法律的にはアウトだけど、従業員が許してしまっている、という状況ですね。

会社の命令がおかしいと思ったら、どうするか

社労士として、「従業員の外食を禁止しようかと思う」とご相談を受けたら、次の論点でやめるようアドバイスします。
順不同ですので、どれが重要というわけではありません。

1.訴訟リスクがある
2.従業員のモチベーションを削ぐ
3.人材流出に結びつく
4.外部に話が出たら、採用に悪影響がある
5.コンプライアンス、企業としての社会的責任

社労士のアドバイスなら、経営者は聞く耳を持ちます。
そのために雇っているのですから。

しかし、一般の従業員が会社のやり方が理不尽だと思っても、従わざるを得ない。
主従関係がないだとか、きれいごとを言っても、しょせん力関係に差がある。
と思って、おかしいと思ってもがまんしている、というのが現状でしょう。
最初に書いたように、そもそもおかしいと思わない人も多いようですが、それでも、不満は溜まっていきます。

そんなときに、自分が矢面に立たずに会社と交渉するためのしくみとして労働組合があるのですが、残念ながら、ほとんどの中小企業では組合がありません。
労働者も労働組合に対して、まるでカルトのように思って、組合を加入するとか、つくるとか、とんでもないと感じる人が多いようです。

あげく、どうしても我慢できなくなると、黙って辞めてしまう。
会社と争うためには、あっせんや調停、労働審判や訴訟ということになります。
それがいけないというわけではないですが、労使紛争になると、お互いに傷つきます。
日頃から、組合と話し合って経営していたほうが、問題が小さいうちに解決できます。

社労士としては、みんな黙って会社の言うとおりにしてくれたほうが楽でしょ? 労働組合と社労士って犬猿の中なのでは? と思われるかもしれませんね。
大方のそのような予想とは違い、労働組合がない状態というのは、会社と従業員の間に力の差がありすぎて、経営者が独善的になりがちなので、企業の健全な発展のためにはあまり好ましくないと、わたしは思っています。

「自粛警察」に従う会社でよいのか

もうひとつ話がややこしいのは、外食禁止令は、「感染防止のため」というより、「外食しているところを近所の人に見られて、非難されるから」という理由が隠れていることです。
隠れているどころか、おおっぴらに言っている会社もあるようですね。

これは、私的な領分に会社が口を出すことができる「会社の名誉や信用を落とすような行為」にはあたらないのでしょうか。

結論からいうと、一般常識として外食することがとくに非難される行為にあたらない以上、そこに難癖をつける人のほうが間違っています。

「自粛警察」と呼ばれる、マスクをしていない人を理由も聞かずどなりつける、東京から家族が帰省してきた家に「東京に帰れ」という張り紙をする等の行為は、そもそもいきすぎで、会社がそれに従うこと自体がおかしな話です。

多くの会社は自社サイトを持っていますから、そこに下のような会社の立場を堂々と表明すればよいのです。
「従業員には、感染防止のために注意するよう促しているが、外食するしないは個人の自由で、会社が命令できることではない」ということですね。

自分の頭で判断しないなら、経営者はなんのためにいるのでしょうか。
クレーマーの言うとおりにして、従業員を苦しめる会社は、当面はうるさい「自粛警察」の被害は受けないでしょうが、従業員の信用も失ってしまうでしょう。