2026年7月、東京地裁は全日本空輸(ANA)の40代の男性機長に、同僚の客室乗務員に対する不同意わいせつ罪で懲役1年8月の実刑判決を言い渡しました。(参考:ANA男性機長に実刑判決 女性CAへの不同意わいせつ罪 東京地裁:朝日新聞

初犯の場合執行猶予が付くことが多いわいせつ事案の中で、これは異例の重い量刑です。

報道によれば、判決では被告の弁解や反省の乏しさも厳しく指摘されたとされており、「同意だった」という弁解が、かえって心証を悪くする時代になっていることがうかがえます。

被告側は控訴しているので、まだ確定した事案ではありませんが、この判決は企業のセクハラ対応のあり方に一石を投じるものです。

法律上は、セクハラは「性的な誘いにのらなかったら不利益な処分がされる」対価型か、「不快な言動が職場環境を悪化させる」環境型のどちらかだと整理されています。

しかし社労士としてハラスメント相談を受けてきた実感では、実際に多くの相談者を苦しめているのは、この二類型のどちらにも当てはまらない、「相手のほうが立場が上なので、職場での不利益を恐れて断れなかった」というケースです。

この記事では、均等法が定めるセクハラの法的な枠組みと、そこに当てはまらない今回のようなケースに対する判例の蓄積、そして2023年の刑法改正で新設された不同意性交等罪が、その流れとどうつながっているのかを整理します。そのうえで、ハラスメント対応を専門とする社会保険労務士として、企業がセクハラをどう判断すべきか、そして個人が社内の人間関係でどこに注意すべきかを考えます。

均等法が定める「対価型」と「環境型」

男女雇用機会均等法11条は、事業主に対してセクハラ防止のための措置を義務付けています。

条文は次のとおりです。

「事業主は、職場において行われる性的な言動に対するその雇用する労働者の対応により当該労働者がその労働条件につき不利益を受け、又は当該性的な言動により当該労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。」(男女雇用機会均等法11条1項)

この条文の「労働条件につき不利益を受け」の部分が対価型、「就業環境が害される」の部分が環境型に対応しており、厚生労働大臣の指針でこの二類型がさらに具体化されています。

対価型セクハラとは、性的な言動に対する労働者(被害者)の対応、つまり拒否や抵抗をしたことにより、解雇、降格、減給、契約更新の拒否、不利益な配置転換などを受けることをいいます。

千葉労働局が示す典型例としては、事業所内で労働者の身体に触れたが抵抗されたため、その労働者を解雇した事案や、上司が日頃から労働者の性的な事柄について公然と発言していたが、抗議されたためその労働者を降格した事案などが挙げられています。
いずれも「拒否したこと」と「不利益」の間に、はっきりとした因果関係があるのが特徴です。

環境型セクハラとは、性的な言動により就業環境が不快なものとなり、労働者の能力の発揮に看過できない程度の悪影響が生じることをいいます。

上述の千葉労働局の示している例としては、事務所内にヌードポスターを掲示しているために労働者が苦痛を感じて業務に専念できない事案や、上司が労働者の身体に度々触れるために就業意欲が低下している事案などが挙げられています。

環境型には、対価型のような解雇や降格といった目に見える不利益処分は伴いません。性的な言動そのものが積み重なることで、労働者が働きづらくなっていく状態に着目した類型です。

条文上はこの二類型が基本形として整理されており、事業主にはセクハラ防止方針の明確化、相談窓口の整備、相談があった場合の迅速で正確な事実関係の確認といった措置が義務付けられています。

判例が積み重ねてきた「不利益を恐れて逆らえない」事案への判断

しかし実際の相談現場や裁判例を見ると、被害者は不利益を恐れて表面的には拒否せず、相手の言動を受け入れているように見えるケースが少なくありません。

抵抗すれば評価が下がる、今後上司の機嫌を損ね、不本意な配置転換をされるかもしれない、契約社員であれば次の契約はないかもしれない⋯といった懸念から、明確な拒絶の意思を示せないまま関係が続いてしまう、というケースです。これは条文上の対価型にも、環境型にも当てはまりません。

裁判所は、こうしたケースについても、行為者と被害者の力関係、被害者が抵抗や拒絶をしなかった背景事情を丁寧に認定し、セクハラ、つまり不法行為として損害賠償を認める判断を積み重ねてきました。

代表的な判例を二つ紹介します。どちらも、セクハラで処分された従業員が処分が重すぎるとして勤め先を訴えた事案です。

一つは、水族館運営会社の管理職によるセクハラ発言が問題となった事案です。最高裁は2015年2月26日、被害者は職場の人間関係の悪化などをおそれて抗議や申告を差し控えることが少なくないとして、被害者が拒否の姿勢を示さなかったことを行為者に有利な事情として考慮するのは相当でないと判示し、懲戒処分を有効としました。

もう一つは、地方公務員の男性職員が勤務時間中に訪れた店舗で女性従業員にわいせつな行為をした事案です。最高裁は2018年11月6日、客と店員という関係にあって拒絶が困難であったことに乗じて行われた行為であると指摘し、被害者が終始笑顔で対応していたことを「同意していた」と評価するのは相当でないとして、懲戒処分を有効としました。

刑法も同じ発想を明文化した

この流れは、2023年に施行された改正刑法によって、刑事の領域でも明確な形をとりました。

新設された不同意わいせつ罪・不同意性交等罪は、暴行や脅迫がなくても、「被害者が同意しない意思を形成し、表明し、若しくは全うすることが困難な状態」にあれば成立します。

法務省が公表しているリーフレットでは、この「困難な状態」が生じる典型例の一つとして、「経済的又は社会的関係上の地位に基づく影響力による不利益の憂慮」を挙げ、上司・部下や教師・生徒といった立場ゆえの影響力によって被害者が抵抗できなくなる場面を具体的に示しています。祖父母と孫のような血縁関係まで例に挙がっていることからも分かるとおり、ここで問われているのは肩書きの大小ではなく、相手に不利益を及ぼしうる立場にあるかどうかという実質です。

つまり刑法は、民事のセクハラ判例が積み重ねてきた、立場上逆らえない状況という考え方を、そのまま性犯罪の構成要件として取り込んだと言えます。

「同意があったか」を争っても意味がない

この構造を理解すると、ANA機長の判決が実刑という重い結果になった理由も見えてきます。

被告側は同意があったと主張していますが、不同意性交等罪は、行為者が被害者に対して社会的な地位に基づく影響力を及ぼせる立場にあったと外形的に判断されれば成立します。当事者の内心で同意していたつもりだったと主張しても、機長と客室乗務員という業務上の上下関係、さらに深夜の懇親や宿泊を伴う勤務形態といった外形的な事実の方が重視されるのです。

これは職場のセクハラ判断にも、そのまま当てはまります。

行為者本人が合意のうえだったと考えていても、立場の上下関係が外形的に認められれば、セクハラに該当する可能性は高くなります。「相手も同意していたはずだ」という行為者側の主観は、弁解としてはほとんど意味を持ちません。

会社の懲戒処分にも波及する

一般に、企業の懲戒処分は、当該行為が刑事罰に相当するかどうかによって重さが左右される傾向があります。実刑判決が出なくても、法的に刑法罪に該当し有罪になると、処分は一段と重くなるのが通常です。

つまり刑事司法の判断が厳格化すればするほど、企業がセクハラと認定する基準、そして処分の重さも、連動して厳しくなっていくということです。

会社は、均等法上の対価型・環境型という古い二分法だけでセクハラの有無を判断するのではなく、こうした民事・刑事の判断の積み重ねを踏まえて、社内のルールと研修内容を見直す必要があります。出張先や取引先との会食、深夜までの懇親会など、業務の延長線上でハラスメントが起こりうる場面を具体的に洗い出し、管理職に注意喚起することが欠かせません。

最近では、研修講師の依頼を受ける際、「セクハラについてはもうわかっているから、パワハラだけの研修にしたい」という要望もよくありますが、この記事にあるような不同意性交等罪とセクハラの関連の説明をすると、たいてい「知らなかった」と驚かれます。研修は、前と同じ内容のままではなく、社会の動きに沿った内容にアップデートしていくことが必要です。

立場が下の相手と交際したいときに考えるべきこと

ここまでの話は、経営者や人事担当者だけの問題ではありません。

社内で自分より立場が下の相手を好きになり、交際したいと考えたとき、この基準は誰にでも関わってきます。

セクハラではない、社内恋愛(不倫)だという弁解は、相手が拒否しなかった、あるいは応じてくれたという事実だけでは、もはや十分ではありません。自分がその相手に対して、評価や配置、仕事の割り振りなどを通じて影響力を持つ立場にあるかどうかを、まず考える必要があります。

直属の上司でなくても、業務上何らかの影響力を及ぼせる立場であれば同じことが問われます。影響力のある立場にいる場合は、相手が本当に自由な意思で応じているのか、断りにくい空気を作っていないか、落ち着いて見極める姿勢が求められます。

それは相手を守るためだけでなく、自分自身を民事・刑事双方のリスクから守るためでもあります。「相手は自分に好意を持っているはず」「デートに応じてくれたのだから、交際にも同意しているはず」という思い込みで、相手に苦痛を与え、自分自身のキャリアも破壊しないよう、慎重に振る舞うことが求められているのです。