パワハラについての上司と部下のすれ違い

筆者は多くの事業所様からハラスメント外部相談窓口の委託を受けています。
日々、「被害を受けた」というご相談に携わっているのですが、最近のパワハラの申告には大きな特徴があります。
それは、「暴言もないし、怒鳴られてもいない」ということです。

決定的な加害行為はないにも関わらず、上司の不機嫌な態度や不適切な言動が、部下の心を毎日少しずつ削り取り、とうとう我慢の限界が来て相談に至る、という事例が多数となっています。

いまは、ほとんどの上司が「部下からパワハラと思われないように」気を付けて行動しているでしょう。
しかし、上司が考えるパワハラとは「暴言」「長時間にわたる叱責」「どなりつける」等、はっきりこれとわかるものです。
ですから、そのような行動をしていないのだから、パワハラと言われる心配がないと考えているのです。

しかし、パワハラとは「職場環境が害される」行為です。
どなられなくても、ひどい暴言を言われなくても、上司の次のような言動で部下は仕事がゆううつになり、まさに職場環境が害された状態になってしまいます。

  • 機嫌のよいときと悪いときの差が激しい
  • 相手によって態度が露骨に変わる
  • 他の同僚と比べられる
  • 相談してもいっしょに考えてくれず、上司の都合を押し付けられる
  • 人前で注意される
  • 部下の意見や都合を聞いてくれず、一方的に指示したり叱責される
  • 高圧的なものの言い方
  • 細かいことまで上司のいうとおりにしないと気がすまない

このひとつひとつは、上司にとっては些細なことかもしれません。
忙しい業務の中で余裕を失い、部下の気持ちが離れていっていることに気づいていないのかもしれません。

しかし、このすれ違いを放置しておくと、いずれ「パワハラ上司」の烙印を押され、配置転換や懲戒の対象になる可能性があります。

「言ってもムダ」というあきらめ

もうひとつ、このような「ささいな行動が積み重なって起こるパワハラの相談」に特徴的なことは、部下は上司に対してなんの意思表示もしていないということです。

「そういうふうに言われたとき、どのように反応しましたか?」とお尋ねすると、ほとんどの相談者が「なにも言いませんでした」「黙って受け止めました」「怖くて言い返せませんでした」と言うのです。
中には「なにを言っても受け止めてもらえないので、ムダだと思っています」とあきらめの表情を見せる方もいます。

上司の行動が不適切で部下を傷つけているにも関わらず、部下の方はまったくその気持を表現せず、上司は気づいていません。
そしてある日、人事部から「あなたの行動がパワハラだという相談が寄せられたので事情を伺いたい」と呼ばれることになります。

毎日心を削られる部下のほうも、もちろんつらい状態ですが、上司にとっても恐ろしいことではないでしょうか。

心理的安全性の重要性

心理的安全性とは、職場で安心して自分を表現できる環境のことを指します。
心理的安全性が低い職場では、部下は上司への不満や懸念を表明できず、それが蓄積されてパワハラ認定につながるリスクが高まります。

上司としては、最初の項目で出したような行動がないか、自己点検することもだいじですが、なによりも、部下が不満を言いやすいような、「心理的安全性の高い」状態を作ることが求められます。

部下の感情への配慮が足りないというのは、日常的に起こりがちなことです。
そのときに、部下がただ黙ってやり過ごすのではなく、上司に対して「そういう言い方はちょっとないんじゃないですか?」「もう少しこちらの事情も聞いてもらえませんか」と反応できるようであれば、早い段階で気づいて、改めることができます。

では、そのような心理的安全性を作っていくにはどうしたらいいのでしょうか。

管理職に求められる具体的な行動

1.部下の表情や態度を観察し、感情に配慮する

部下の日々の表情や態度の変化に注意を払い、心の動きを察知することが重要です。
笑顔が少なくなったり、声のトーンが低くなったりした場合は、何か問題を抱えている可能性があります。

また、業務の進捗状況だけでなく、部下の体調や精神状態にも気を配り、適切なサポートを提供しましょう。
感情の起伏に敏感になることで、パワハラと受け取られるような言動を未然に防ぐことができます。

2.いつでも話せるオープンな状態をつくる

部下が気軽に相談できる雰囲気づくりが大切です。

定期的な1on1ミーティングを設定したり、業務以外の話題でも会話を楽しむ時間を作りましょう。

また、オフィスでは扉を開けておく、デスクの向かい側に椅子を置いておくなど、物理的にもアクセスしやすい環境を整えます。

部下からの相談や質問に対しては、忙しくても真摯に対応し、「今は忙しいので後で」と言う場合も、必ず後でフォローするよう心がけましょう。

3.自分の失敗や弱みを認める

上司も人間であり、完璧ではないことを示すことが大切です。
自分の失敗や弱みを率直に認め、それを克服するためにどのように努力しているかを共有しましょう。

このような姿勢は、部下に対して「失敗しても大丈夫」というメッセージを送り、心理的安全性を高めます。

また、自己開示することで部下との距離が縮まり、より良好な信頼関係を築くことができます。

4.部下の話を傾聴する

部下の話を真剣に聞くことは、信頼関係構築の基本です。

相手の話を遮らず、最後まで聞くよう心がけましょう。
また、相手の言葉を繰り返したり、要約したりすることで、正確に理解していることを示します。
さらに、適切な質問をすることで、部下の考えをより深く理解し、問題解決につなげることができます。

傾聴の姿勢は、部下に「自分の意見が尊重されている」という感覚を与え、モチベーション向上にもつながります。

これからの管理職に求められること

パワハラ防止には、明確な加害行為の回避だけでなく、日常的なコミュニケーションの質の向上が不可欠です。
管理職は、部下の感情に寄り添い、心理的安全性の確保に努める必要があります。

部下の意見や感情を尊重する姿勢を持ち、公平で一貫性のある対応を心がけることが重要です。
また、建設的な対話を促進し、チーム内の信頼関係構築に努めることで、より良い職場環境を作ることができます。

これらの取り組みは、単にパワハラ防止だけでなく、職場の生産性向上にもつながります。
管理職一人一人が、この新しい課題に向き合い、より良い職場環境の構築に取り組むことが求められています。