ハラスメント事案は、多くは被害者を受けていると感じる従業員(被害者)が会社に相談することで発覚します。
会社は、まず被害者にていねいに事情を聞き、状況を把握します。
その後は、被害者が同意すれば、行為者(加害者)に事情を聞き、場合によっては同僚にさらにヒアリングすることになります。
ハラスメント事案ヒアリング調査の手順を、箇条書きにすると、一般的には次のようになります。
- 被害者から会社に相談
- 被害者の同意を得て、会社が行為者(加害者)にヒアリング
- 行為者ヒアリングの内容が被害者の言い分と大きく食い違う場合は、被害者に再度ヒアリング
- ④の内容について、行為者から再度ヒアリング
- ①~④で事実確認ができない場合は、被害者の同意を得て、同僚にヒアリング
行為者ヒアリングをせずに行為者に注意や処分をしてはいけない
上記③~⑤は、場合によっては行われないこともありますが、行為者に注意したり、ましてやなんらかの処分を行うときには、必ず②の行為者ヒアリングは行わなくてはなりません。
ときどき、被害者からの相談を聞いただけで会社がその内容を鵜呑みにしてしまい、行為者の言い分を聞かず、一方的に注意したり、異動や懲戒処分を行うことが見られます。
これは、会社にとってたいへん危険な行為です。
被害者から相談があった時点では、まだ「ハラスメント行為があったかもしれない」という状態です。
行為者と名指しされた従業員からも話を聞かないと、ほんとうのところはわかりません。
言い分をまったく聞いてもらえなかった行為者かもしれない従業員は、深く傷つき、会社への信頼を失うでしょう。
ハラスメント問題を解決するどころか、さらに社内の人間関係を難しくしてしまったり、それ以上に、訴訟リスクが高いことを知っておきましょう。
被害者が大きな苦痛を受けていることはたいてい事実ですが、その原因となる行為者の行為については、被害者のいうとおりの事実があるとは限りません。
被害者の思い込みが強すぎることも、ときおり見られます。
さらに、背景事情を確認すると、行為者にも同情できる点が多かったり、ときには被害者にも責任がある場合があります。
また、ヒアリング調査に慣れていない会社の担当者が話を聞くと、事実をちゃんと確認できていないことも多々あります。
「威圧的」「とげとげしい」「脅されている」等の言葉だけで、具体的になにをしたのか、なにを言ったのか、確認しないまま、「行為者にひどいことをされている」という被害者の被害感情に、会社担当者まで巻き込まれていたりします。
人間は、最初に聞いた話に大きく影響を受けがちです。
つまり、被害者の語った話が、会社の担当者にとっては、その後の調査をするときの先入観になってしまうのです。
しかし、ハラスメントの相談を受けたり、行為者・同僚ヒアリングを多数行ってきた経験からいうと、被害者の話をそのまま真に受けて進んでしまっては、とても危険です。
被害者がウソをついているわけではなくても、立場によって見えているものはまったく違いますし、被害者が語らなかった部分に問題の鍵が潜んでいることもあるのです。
行為者ヒアリングより先に同僚ヒアリングを行うとどうなるか
ヒアリングの順番は、原則としては「行為者」→「(必要があれば)同僚等の第三者」です。
しかし、ときどき会社のほうから、「同僚の話を先に聞いておきたい」というリクエストを受けることがあります。
これはどういう意図かというと、「行為者の逃げ道を塞ぎ、事実を認めさせるために、同僚の話で外堀を埋めておきたい」ということです。
行為者ヒアリングは、被害者の話が事実かどうか、確認するために行います。
「◯月◯日にこういうことがあったと被害者が言っているがほんとうですか?」という形で尋ねることになります。
そのときに、「同僚のAさんもこう言っていましたよ」「部下のBさんも目撃したと言っていましたよ」と言ったら、行為者の従業員はどう思うでしょうか。
多くの行為者の方と面談してきましたが、被害者とふたりきりの場で起こったことについて、どうせ証拠がないのだから知らぬ存ぜぬで通せばよい、という態度の人は、あまりいません。
ハラスメント行為に至った自分の立場や心情について弁明することはあっても、「なんとか逃げよう」という意識ではなく、問題に真摯に向き合っている人が多いという印象です。
同僚から先に話を聞いて、目撃談を用意しておこうというのは、行為者が自分可愛さで嘘をついたり、「忘れた」「覚えていない」と逃げるだろうという前提のやり方です。
実際にハラスメント行為が行われていたとしても、これはあまりに行為者の人格を否定した考え方ではないでしょうか。
ハラスメント調査の目的とは
ハラスメントの調査は、会社が介入して、うまくいっていない社内の人間関係を調整し、仕事に打ち込める環境をつくるために行うものです。
行為者に罪を認めさせ、改悛させるためではありません。
会社は警察でも裁判所でもないのです。
結果的にハラスメント行為が認められ、懲戒することになったとしても、行為者も大切な従業員のひとりであり、今後も会社で働いてもらわなければならないという前提を忘れないようにしましょう。
もちろん、被害者の被害を回復し、それ以上つらい思いをしないようにする、ということが、「人間関係の調整」の前提です。
だからといって、不必要に行為者を傷つけてよいということにはなりません。
ハラスメントという問題が大きく取り上げられる以前には、被害者は泣き寝入りするか、会社に被害を訴えたとしても、会社が行為者の肩を持ったり、かえって居づらくなってしまい退職に追い込まれるということが繰り返されてきました。
きちんと調査をして、問題を解決しようという意志をもっている会社は、そのような轍を踏まないようにと考えるので、逆に「行為者を厳しく罰しよう」という姿勢になりがちです。
難しい舵取りではありますが、被害者、行為者、どちらも退職したりメンタル不調にならないよう、今後も笑顔で働いていけるよう、会社は配慮しなければなりません。
そのためには、会社が原則どおりに対応することが重要なのです。