「つながらない権利」という言葉を、ニュースなどで一度は目にしたことがある方も多いのではないでしょうか。休日や勤務時間外に、仕事の連絡への対応を拒否できる権利のことです。

この言葉が日本でも急速に注目されるきっかけとなったのが、連合(日本労働組合総連合会)が2023年に実施した「つながらない権利”に関する調査2023」です。18歳から59歳の有職者1,000名を対象に行われたこの調査では、次のような結果が明らかになりました。

  • 勤務時間外に上司・同僚・部下から業務上の連絡がくることがあると答えた雇用者は72.4%(コロナ禍前より8.2ポイント上昇)
  • 勤務時間外に取引先から業務上の連絡がくることがあると答えたのは44.2%
  • 勤務時間外の連絡にストレスを感じると答えた雇用者は62.2%
  • 勤務時間外の連絡を制限する必要があると思うと答えたのは66.7%

この数字が示しているのは、多くの働く人が「連絡がくること」自体よりも、「連絡を見た瞬間に仕事モードへ引き戻されること」に負担を感じているという実態です。休日にスマートフォンの通知を見た瞬間、頭の中は仕事に切り替わってしまいます。これは、送信者が「返信は急がなくていい」と思っていたとしても、受け手の側にはコントロールできない負荷です。

さらに同調査では、「勤務時間外の取引先との連絡について職場のルールがある」と答えた雇用者は25.8%にとどまり、「ない」が46.3%という結果も示されています。つまり、多くの職場では、時間外連絡についての明文化されたルールがないまま、従業員が明らかにストレスを感じているのに、それが放置されているのが現状なのです。

ヨーロッパの法制化と、日本のガイドライン策定の動き

「つながらない権利」を世界で最初に法制化したのはフランスです。2016年の労働法改革でこの権利が明文化され、2017年から、従業員50人超の企業に対して、勤務時間外の連絡のあり方について労使で協議し、協約や行動計画を定めることが義務づけられました。フランスの制度の特徴は、「何時から何時まで連絡禁止」という一律のルールを国が定めたのではなく、権利の存在を確認したうえで、具体的なルールづくりは企業ごとの労使協議に委ねている点です。

その後、イタリア、ベルギー、ポルトガル、スペインなど、ヨーロッパの各国で同様の法整備が続きました。特にポルトガルは2021年、企業が就業時間外の従業員に連絡することを原則禁止とし、違反した企業には売上高に応じた罰金を科す仕組みを導入しています。

日本ではまだ、つながらない権利を直接定めた法律はありません。ただし、2021年に改定された厚生労働省の「テレワークの適切な導入及び実施の推進のためのガイドライン」には、勤務時間外の業務指示や報告のあり方についてルールを設けるべきとする内容が盛り込まれました。

さらに、厚生労働省の「労働基準関係法制研究会」が2025年1月に公表した報告書でも、つながらない権利についてガイドライン策定などの積極的な方策を検討する必要があると提言されています。

労働基準法そのものの改正案は、2026年通常国会への提出が2025年12月に見送られましたが、これは検討自体の撤回ではなく、労働政策審議会での議論は現在も続いています。つまり、法律による強制力がまだない今だからこそ、企業が自主的にルールを整備しておくことに意味があります。法改正を待ってから動くのではなく、先に手をつけておいた企業のほうが、後から慌てずに済むはずです。

「緊急時はどうする」という反論をどう考えるか

私が管理職の方々に「つながらない権利」についてお話しすると、必ずといっていいほど返ってくる反応があります。「でも、緊急時はどうするんですか」というものです。

たしかに、システム障害や人身事故、取引先の重大なクレームなど、休日や夜間でも即座に対応が必要な場面は存在します。しかしここで整理しておきたいのは、緊急時に時間外連絡が必要な場面があることと、平常時から時間外連絡をしてよいということは、まったく別の話だという点です。

緊急時対応は、あくまで例外的な状況に備えた仕組みとして、当番制や連絡経路をあらかじめ定めておけばよいことです。それを理由に、緊急でもない日常の業務連絡まで休日に送ってよいということにはなりません。

「念のため」「早めに知らせておきたいから」という善意の連絡であっても、受け取る側にとっては同じように休日の仕事モードへの切り替えを強いるものです。

緊急時のルールと平常時のルールは、分けて設計する必要があります。

メールは予約送信、チャットは自分あてのアラートで解決する

管理職が休日に部下に連絡をしてしまう背景には、「思いついたことをすぐ送らないと忘れてしまいそう」「自分のところにボールがある状態ではなく、相手に渡してすっきりしたい」という心理があります。だから、「返事は月曜でいいよ」と書いて送ってしまうわけです。

しかし、部下にとっては事情が違います。仕事のことを思い出してしまうだけでなく、「本当に月曜まで待って大丈夫なのだろうか」と迷いが生まれます。その迷い自体が、休日のストレスになってしまうのです。

では、どうすればよいのでしょうか。実は、これを解決するコストのかからない方法があります。

メールであれば、多くのメールソフトに予約送信の機能がついています。休日や夜間に思いついた用件を、そのタイミングで送るのではなく、翌営業日の朝の時間を指定して送信するだけです。送り手は「忘れないうちに済ませておきたい」という自分の都合を満たしながら、受け手には休日の負荷をかけずに済みます。手間もほとんどかかりません。

問題は、予約送信の機能がないチャットツールを使っている場合です。この場合は、自分あてにリマインダーやアラートを設定しておく方法が有効です。休日に思いついた用件は、いったん自分用のメモやタスク管理ツールに残しておき、翌営業日の始業時にアラートで思い出して送信する。送信のタイミングを「思いついたとき」から「相手の勤務時間内」にずらすという発想は、メールでもチャットでも変わりません。

こうした工夫は、単なるマナーや気配りというより、「相手に不要なタスクを発生させない」という仕事の設計そのものです。分かりやすい件名にする、探しやすいファイル名にするといった配慮と、実は同じ構造を持っています。

ひとりの管理職の努力ではなく、組織のルールにする

ここで強調しておきたいのは、こうした工夫を「気の利く管理職個人の心がけ」で終わらせてはいけないということです。

一人の管理職が予約送信を徹底しても、他の管理職やメンバーが休日構わず連絡を送っていれば、職場全体としては何も変わりません。

必要なのは、組織として「勤務時間外の連絡についてどう扱うか」を明文化することです。緊急時の定義と連絡手段をあらかじめ決めておくこと、平常時の連絡は翌営業日に届くようにする仕組みを標準化すること、そしてそのルールを新任管理職にも周知することです。就業規則や社内規程に落とし込むところまでできれば理想ですが、まずは部署内の申し合わせやガイドラインといった形からでも構いません。

連合の調査結果は、多くの働く人がすでに負担を感じ、ルールの必要性を感じていることを示しています。法制化を待つ必要はありません。人事労務担当者や経営者が主導して、組織としてのルールづくりに着手することが、これからの人材確保やエンゲージメント向上にもつながっていくのです。