
職場でのハラスメント防止策として、多くの会社が研修を行ったり、ハラスメント防止規程を整備したりしています。
また、職場のコミュニケーションに着目した施策を行っている会社もたくさんあります。
しかし、ハラスメント対策として意外と見落とされているのが「睡眠」の問題です。
睡眠の状況を改善することで、ハラスメント防止に大きな効果があります。
睡眠の現状と睡眠不足の危険性、そしてどのように睡眠を改善したらよいか、見ていきましょう。
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睡眠不足の現状
2021年のOECD(経済協力開発機構)の平均睡眠時間の各国比較によると、日本全体の平均睡眠時間は7時間22分で、8時間を超えている国が多くを占める中、先進国33カ国で最下位でした。
40代50代ではさらに7時間を切っているという統計もあります。
厚生労働省の調査によると、日本では、45.5%の人が6時間未満の睡眠で働いています。
職場の管理職やリーダーとなると、7時間以上睡眠をとっている人は、ごくわずかでしょう。
長時間労働と睡眠不足の関係も統計から明らかです。
週60時間以上働く人の72%が睡眠不足を実感しており、理想の睡眠時間との乖離が大きくなっています。

睡眠不足がもたらす危険な影響
生産性への影響
睡眠時間が6時間未満の状態が2週間続くと、2日間徹夜したのと同じ能力低下が起こります。
さらに深刻なのは、本人がその低下を自覚できないことです。
睡眠不足が続くと、体がその状態に慣れてしまい、昼間あまり眠気を感じないことがよくあるのです。
昼間眠くないので、自分では5時間程度の睡眠でもだいじょうぶ、と思っていても、実際には、5時間睡眠が1週間続くと、血中アルコール濃度0.1%相当の体調になり、酔った状態で仕事をしているのと同様になります。
血中アルコール濃度0.1%とは、泥酔まではいきませんがほろ酔い程度で、多くの人が次のような状態になってしまいます。
- 抑制が取れ、理性が失われやすい
- 反応時間の遅延
- 多方面への注意力の低下
道路交通法では血中アルコール濃度0.03%(呼気中アルコール濃度0.15mg/l)以上で酒気帯び運転として処罰の対象となります。
こんな状態で仕事がまともにできるでしょうか。
感情コントロールへの影響
複数の研究結果によると、睡眠不足の状態では、感情を司る脳の部分である扁桃体や前頭前野に影響が現れます。
そうすると、次のような反応が起こってきます。
- 感情的な反応が増加する
- 否定的な刺激に対して過剰に反応する
- 感情のコントロールが困難になる
これは、みなさんの実体験からもうなづけるのではないでしょうか。
イライラが抑えられず、ちょっと気に入らない状況になっただけで過剰に反応して、相手をどなりつけたりする。
このような行動は性格の問題だと思われがちですが、実は背後に睡眠不足が隠れている場合が多いのです。
特に注目すべき点として、ある1日だけ徹夜したり、極端な睡眠不足のときだけでなく、日常的な睡眠不足(睡眠負債)でも、同じような状態になってしまうことです。
ほんとうは7時間から8時間は寝たいのに、実際は6時間未満の睡眠で働いている人は、常に感情コントロールができなくなる危険にさらされているのです。
睡眠不足とハラスメントの関係
加害者になるリスク
管理職やリーダー格の人が睡眠不足の状態で仕事を続けていると、ハラスメントの加害者になる危険性が高まります。
睡眠がとれている状態であれば、部下がミスをしても落ち着いて対応し、おだやかに指導できる人が、睡眠不足の状態になると、部下をどなりつけ、周りに当たり散らすようになってしまいます。
パワハラ上司まっしぐらですね。
部下は常にびくびくして上司の顔色を伺うようになり、ミスを隠すようになります。
これでは業務がうまくいくわけがありません。
また、耐えきれなくなった部下が会社にパワハラを受けていると報告し、会社が調査してパワハラ行為を認定すると、懲戒や異動が待っています。
「今まで長年会社に貢献してきたのに、このくらいのことで懲戒されるなんて…」と嘆いても、世の中の流れと若年層の人手不足から、会社もハラスメント行為を行った管理職を大目に見ることは少なくなっています。
被害者になるリスク
それでは、部下の側が睡眠不足だとどうなるでしょうか。
うっかりミスが多発し、上司に叱られたり、同僚からいやな顔をされる機会が増えてきます。
知らず知らずのうちに、ストレスがたまる状況になります。
また、睡眠不足の状態が続くと、ストレス解消機能が低下します。
6時間以下の睡眠では、肉体の疲労は回復できても、ストレスは溜まったまま翌日を迎えることになります。
このような状態では、上司の何気ない言動も攻撃的に感じやすくなり、ハラスメントと受け取ってしまう可能性が高まります。
人間関係は相互的なものです。
部下が上司のことを「パワハラするいやなヤツ」と思っていると、上司の側もその部下に対しておもしろくない感情を抱き、攻撃的になってくることもありえます。
上司・部下の双方が睡眠不足の状態であれば、さらにハラスメントが起こる危険性が高まるのは、言うまでもないでしょう。
良質な睡眠を確保するための具体策
このような状態にならないために、できることはなんでしょうか。
会社として取り組むこと
長時間労働の削減
最初に示したグラフを見てもわかるように、長時間労働は睡眠不足を引き起こします。
長時間労働削減には、労働時間の可視化が必要です。そのために、勤怠管理システムの導入をすることもよいでしょう。
また、残業の事前申請制度の実施も効果があります。
業務効率化のためには、現状どのような仕事にどれだけ時間をかけているのかを知るために「業務の棚卸し」が必須です。
労働時間だけでなく、その中身も可視化するのです。
業務の必要性や緊急性を整理し、分担ももう一度見直します。
さらに、フレックスタイム制度の活用や朝型勤務への移行など、柔軟な働き方を導入することで、従業員の生活リズムに合わせた勤務が可能になります。
加えて、会議時間の短縮と17時以降の会議禁止、特定の従業員への業務集中を防ぐための多能工化、部署間での業務応援体制の構築などの施策で効果的な労働時間の削減が実現できます。
勤務間インターバル制度の導入
勤務間インターバル制度は、前日の終業時刻から翌日の始業時刻までの間に一定時間以上の休息時間を確保することで、十分な睡眠時間を確保する仕組みです。
勤務間インターバル制度の導入には、まず就業規則に制度の内容を明記する必要があります。
具体的には、インターバル時間を9~11時間以上に設定し、前日の終業時刻から翌日の始業時刻までの間に確実に休息時間を確保できる仕組みを整えます。
その上で、勤怠管理システムを導入する等して労働時間を正確に把握し、インターバル時間が確保できない場合は翌日の始業時刻を後ろ倒しにするなどの対応ルールを定めます。
特に深夜残業をした場合でも、翌日の始業時刻を後ろ倒しにすることで、必要な睡眠時間を確保できます。
これにより、睡眠不足による疲労の蓄積を防ぎ、心身の健康維持と仕事の生産性向上につながります。
また、規則正しい生活リズムの確立にも効果があります。
睡眠改善プログラムの導入
企業向け睡眠改善プログラムは、従業員の睡眠の質を向上させ、生産性向上とメンタルヘルス改善を目指すサービスです。
早稲田大学の研究では、プログラム導入により従業員1人あたり年間12万円の経済効果が確認されています[1]睡眠改善プログラム導入による生産性向上効果を確認、企業の経済的効果は1人あたり年間12万円、早稲田大学での研究結果が論文公開 | … Continue reading。
具体的には、睡眠データの可視化、専門家によるセミナー、Eラーニング、個別アドバイスなどを組み合わせて提供され、導入企業では従業員の睡眠時間の増加や日中の眠気の軽減などの効果が報告されています
管理職に求められる対応
部下の成績が振るわない場合、まずは「よく眠れているか?」と確認することが重要です。
睡眠時間を削って残業している場合は、業務量の適正化を図る必要があります。
睡眠不足の度合いが深刻な場合は産業医との面談を勧めることも有効です。
ただし、理由がプライベートな事情の場合、過度に踏み込むことはパワハラとなる可能性があるため、本人の意思を尊重しながら対応しましょう。
個人で取り組むこと
会社全体、職場単位での取組みは、睡眠不足のもとを断つことができるので、とても効果的です。
一方で、効果が出るまで時間がかかるものです。
それに対して、個々人での取組みは比較的短期間で効果が出てきます。
朝の習慣作り
- 起床後すぐに太陽光を浴びる
- 朝食をしっかり摂取する
日中の過ごし方
- 適度な運動を心がける(就寝直前は避ける)
- 昼寝は30分以内に抑える
夜の習慣作り
- 就寝3時間前までに夕食を済ませる
- カフェイン摂取を控える
- 就寝前のスマートフォン使用を避ける
- 寝室の照明を落とし、リラックスできる環境を整える
大切なことは、自分に合った方法を見つけるということです。
ある程度試行錯誤が必要ですが、7時間の睡眠を確保することを目標に取り組んでみましょう。
睡眠時間の確保は、単なる健康管理ではなく、ハラスメント防止と職場の人間関係の質を左右する重要な要素です。
あなたが管理職であれば、まずは自分自身の睡眠時間を見直し、部下の睡眠にも配慮する。
それが、ハラスメントのない、生産性の高い職場づくりの第一歩となるのです。
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