パワハラ「該当しない例」示す 厚労省が指針素案 :日本経済新聞
厚生労働省は21日、職場でのパワーハラスメント(パワハラ)を防止するために企業に求める指針の素案を労働政策審議会(厚労相の諮問機関)に示した。パワハラの定義や該当する場合・しない場合の例などを示したが、委員からは疑問や指摘が相次ぎ、日本労働弁護団は「パワハラの定義を矮小(わいしょう)化している」と抜本的修正を求める声明を出した。
厚労省では、以前から年内にパワハラについての指針(ガイドライン)を出すとしていましたが、いよいよ「素案」が出てきました。
職場におけるパワーハラスメントに関して雇用管理上講ずべき措置等に関する指針の素案
日経の記事のタイトルにもなっていますが、今回特徴的なのは、「該当しない例」を挙げたところです。
いままで、セクハラ・マタハラについても、同様の指針を発表していますが、その中には「該当しない例」はありません。
このあたり、パワハラの判断の難しさを示していると言えるでしょう。
労働弁護団からすぐに抗議声明が出て、厚労省のほうでも内容について検討中ということなので、まだこれがそのまま指針になるかどうかはわかりませんが、いったん、いまの段階で内容を見ておきましょう。
指針(ガイドライン)はマニュアルではない
ここでひとつ確認しておきたいのは、指針(ガイドライン)は、マニュアルではない、ということです。
マニュアルは、多くは手順が書いてあり、そのとおりに実行すれば、ひとつひとつ判断する必要がないようになっています。
経験のない人でも、マニュアルに従っていれば、大きな間違いなく業務がこなせるというものですね。
個人の判断を排除するためのものがマニュアルであるとも言えます。
それに対して、指針(ガイドライン)は、判断するときの基準や、考え方を示したものです。
つまり、実行する側に判断が求められます。
「これを参考にして、実際の場面では自分で考えてね」というのが、ガイドラインです。
ですから、「ガイドラインにこう書いてあったから、必ずこうしなければならない」というものではないのです。
最初に引用した記事の中では「該当しない例」という表現になっていますが、今回の指針素案の中にあるのは「該当しないと考えられる例」という表現です。
この違いは大きいのですが、どうも混同されているように思います。
なぜこんな当たり前のことを書いたかというと、ハラスメントの判断について、現場ではガイドラインではなく、マニュアルが求められていると感じるからです。
ひとつひとつ、頭を使って考えるのではなく、アウトとセーフの間に明確なラインがあって、そこを超えてはダメというふうに簡単に決めたい、ということですね。
ですから、このガイドラインがマニュアル的に使われる可能性が多々あるのではないかと思っています。
まず、それは違いますよ、ということを申し上げておきます。
パワハラにあたるかどうかというのは、その職場の風土や、個人の人間関係等、様々な要素を考え合わせないと結論が出ないものです。
マニュアルにはなじみません。
該当しないためには前提がある
さて、では具体的に「指針の素案」の「該当しないと考えられる例」を見てみましょう。
どの例にも前提があり、その前提が満たされないと、パワハラになってしまう、というふうに考えると、役にたちそうです。
以下、強調表現はすべて引用者である筆者が付したものです。
暴行・傷害(身体的な攻撃)
誤ってぶつかる、物をぶつけてしまう等により怪我をさせること。
無理やり作った感が大きいものがいきなり出てきましたが、この前提は「誤って」ということですね。
もちろん、わざとやったら暴行や傷害で、完全にアウトです。
脅迫・名誉棄損・侮辱・ひどい暴言(精神的な攻撃)
こちらにはふたつの例が出ています。
まず、ひとつめ。
遅刻や服装の乱れなど社会的ルールやマナーを欠いた言動・行動が見られ、再三注意してもそれが改善されない労働者に対して強く注意をすること。
「社会的ルールやマナー」というのは、その職場で共有されていて、その程度は基本だよね、と全員が思っているもの、ということです。
「何度注意しても聞かない」と、さらに限定がかかっています。
つまり、注意する根拠が客観的に見て当然のものではなく、まずはおだやかに話さずにいきなり強く注意するとパワハラになる、と考えるとよいでしょう。
ふたつめ。
その企業の業務の内容や性質等に照らして重大な問題行動を行った労働者に対して、強く注意をすること。
これは、労災になりかねない危険のある場面を考えるとわかりやすいですね。
工場の機械の、はさまれそうなところに手を入れている場面に遭遇して、「こら! なにやってるんだ!」と大声でどなったら、パワハラになるかということです。
とっさにどならないと、大怪我をしてしまうかもしれません。
パワハラの定義の中にある「業務上必要かつ相当な範囲」ということです。
隔離・仲間外し・無視(人間関係からの切り離し)
ひとつめです。
新規に採用した労働者を育成するために短期間集中的に個室で研修等の教育を実施すること。
「育成のため」という前提が必要です。
見せしめやいやがらせのためではないということですね。
そして「短期間集中的に」ということですから、個室での研修等があまり長期間にわたると、パワハラになる可能性が出てきます。
もうひとつ、個室での研修の例です。
処分を受けた労働者に対し、通常の業務に復帰させる前に、個室で必要な研修を受けさせること。
「通常業務に復帰させること」が前提になっています。
いつ復帰できるかわからない、そもそも復帰できるのかどうかわからないような状態では、パワハラになりかねないということですね。
業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制、仕事の妨害(過大な要求)
ひとつめは、また「育成」という前提が出てきます。
労働者を育成するために現状よりも少し高いレベルの業務を任せること。
「少し高いレベルの」というのは、かなり微妙ですが、「ちょっと背伸びすればできる程度の」ということですね。
これは私見ですが、レベルの問題だけでなく、その業務を任せたあと、どれだけきちんとフォローするかというのが、パワハラになるかどうかのポイントではないでしょうか。
「やっといてね」と言ってろくに説明もせず、仕事をまかされた部下は深夜にわたる残業をしているのに、まかせた上司はさっさと帰ってしまう。
これはアウトになる可能性が高いです。
ふたつめは、かなりしつこく前提条件がついています。
業務の繁忙期に、業務上の必要性から、当該業務の担当者に通常時よりも一定程度多い業務の処理を任せること。
繁忙期でもなく、必要性もないのに、一定程度どころではない、むちゃな量の業務をまかせる、これはパワハラに該当しそうです。
業務上の合理性なく能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと(過小な要求)
これは、研修でもよくお話しているところです。
経営上の理由により、一時的に、能力に見合わない簡易な業務に就かせること。
これは、本人も会社も、この仕事が自分のキャリアやスキルに見合わない簡単すぎるものだとわかっている場合です。
「経営合理性がなく」「長期に渡って」ということになると、パワハラになるかもしれません。
そしてふたつめは、労働者は「自分にはこの仕事は簡単すぎる」と思っていて、会社はそう思っていない場合です。
労働者の能力に応じて、業務内容や業務量を軽減すること。
仕事の難易度と能力が見合っているということを、きちんと説明できないと、「パワハラだ」と言われてしまいます。
私的なことに過度に立ち入ること(個の侵害)
ひとつめは、ワークライフバランスを考えるとき、避けては通れない場面です。
労働者への配慮を目的として、労働者の家族の状況等についてヒアリングを行うこと。
「これは必要な配慮をするためです」とはっきり言っておかないと、仕事に関係のない個人的なことをずけずけ聞かれた、とパワハラを疑われます。
目的もそうですが、説明がだいじですね。
そして、最後は、個人的な機微に関する情報の扱い方の基本とも言えるものです。
労働者の了解を得て、当該労働者の性的指向・性自認や病歴、不妊治療等の機微な個人情報について、必要な範囲で人事労務部門の担当者に伝達し、配慮を促すこと。
本人の了解を得ていないと「アウティング」といういやがらせにあたります。
また、むやみやたらに情報が広まらないように、そして、必要な配慮をするため、という目的をはっきりさせておきましょう。