2013年に改正労働契約法の適用が始まってから、数え切れないくらいセミナーや研修でこのお話をしていますが、参加している中小企業経営者や人事労務担当者には、なかなか制度の詳細までは浸透していないようです。
それ以前に、有期契約労働というもの自体、誤解されている部分が大きいのではないかと感じています。
上の記事にあるように、企業は労働契約法の無期転換という規定を重荷ととらえ、なんとかそれを逃れようと、触法スレスレのあの手この手を使っている、という話がひんぴんと耳に入ってきます。
なにがなんでも有期契約のままにしておきたい、と、考えが伝わってきます。
しかし、有期契約から、期限の定めのない契約になったからといって、そんなにたいへんなことが起こるのでしょうか。
契約更新を繰り返すと、簡単に雇い止めできなくなる
有期契約労働者は、契約期間が終われば、自由に雇い止めできる。
いわゆる「正社員」より立場の弱い人たちだ。
そのように理解している経営者や、人事労務担当者は多いのではないでしょうか。
しかし、案外そうでもありません。
まず、契約期間中は、よほどの事情がなければ、労使双方から契約解除はできません。
いわゆる「正社員」よりも、解雇は難しいのです。
そして、有期契約については、次のようなルールが定められています。
(1) 契約締結時の明示事項等
- 使用者は、有期契約労働者に対して、契約の締結時にその契約の更新の有無を明示しなければなりません。
- 使用者が、有期労働契約を更新する場合があると明示したときは、労働者に対して、契約を更新する場合又はしない場合の判断の基準を明示しなければなりません。
(2) 雇止めの予告
使用者は、有期労働契約(有期労働契約が3回以上更新されているか、1年を超えて継続して雇用されている労働者に限ります。なお、あらかじめ当該契約を更新しない旨明示されているものを除きます。)を更新しない場合には、少なくとも契約の期間が満了する日の30日前までに、その予告をしなければなりません。
(3) 雇止めの理由の明示
使用者は、雇止めの予告後に労働者が雇止めの理由について証明書を請求した場合は、遅滞なくこれを交付しなければなりません。
また、雇止めの後に労働者から請求された場合も同様です。
さらに、雇止め自体も、有効性が裁判で争われた事例が多くあり、判例を見てみると、名目上は有期契約でも、契約更新を繰り返すと、「正社員」の解雇と同じような基準で見られるようになることがわかります。
解雇と同じ条件で雇止めの有効性が判断される有期契約には、次のような特徴があります。
-
- 業務内容が恒常的であり、 更新手続が形式的。
- 雇用継続を期待させる使用者の言動が認められる。
- 同様の地位にある労働者について過去に雇止めの例がほとんどない。
労働者に無期転換の権利が発生する条件は、5年以上にわたって繰り返し契約が更新されてきたということなので、上の条件を満たすような状況が多いのではないでしょうか。
また、無期転換といっても、別に正社員にしなくてはいけないというわけではなく、契約期間以外の労働条件は、いままでと同じでよいことになっています。
つまり、無期契約になっても、実態はあまり変わらないということになります。
それどころか、労働者から見て「契約期間中は解雇されにくい」という有利な点がなくなるだけ、という結果になることもあります。
こういう法律や判例を見てみると、無期転換はなにがなんでも阻止したい、という企業側の反応は、かなり的外れということがわかるでしょう。
しかも、この人手不足時代に、5年も勤めてくれた人をたいした理由もなく雇止めにして、次に別の人をすぐに雇えるのでしょうか。
ずいぶん余裕があるなぁ、というのが、専門家としての感想です。
さらに、こういう企業側の不合理とも言える反応は、日本の雇用慣行から出てきている面が大きいのではないか、という感想もあります。
日本の雇用慣行の中での「有期契約」の意味
さて、そもそものお話をしますと、有期契約というのは契約期間に終わりがあります。
その期間がすぎれば、そこでさようなら、ということですね。
ふつうに考えれば、それだけの意味しかありません。
ところが、日本の雇用慣行の中では、それ以外の意味があります。
日本ではいわゆる「正社員」と言われる労務管理のカテゴリーがあり、これは通常無期契約で、フルタイム、直接雇用(派遣等ではない)の人を指します。
そして「正社員」以外のカテゴリーの人たち、パート、アルバイト、契約社員等は、「非正規労働者」と呼ばれ、「正社員」に比べると、給与その他待遇で、大きな差がつけられています。
立場的にも、正社員が上、非正規は下、という感覚が、広く共有されています。
日本は民主主義社会で身分制度はないはずですが、企業内のこのようなカテゴリー分けは、まるで身分制度のようだ、と感じることがあります。
もうちょっと労務管理的に説明すると、日本の雇用の特徴は、「フルタイム」「直接契約」「無期雇用」という3つの条件をクリアした人を「正社員」として正式メンバーにするというメンバーシップ型です。[1] … Continue reading
それ自体はよいことでも悪いことでもないのですが、問題は、そのフルメンバーである「正社員」から外れた人は、「正社員」よりもずっと権利が弱い、と雇用側が勘違いしていることです。
とくに契約期間を定めて、定期的に契約見直しをしなければならない事情もないにも関わらず、有期契約になっている。
そして、仕事自体は期間限定的なものではなくて恒常的にあるので、契約更新を繰り返している。
こういう雇い方の場合は、有期契約は本来の臨時的や季節的な労働という意味ではなく、「正社員」ではない、メンバーシップの中にいない、という意味合いで使われています。
その人たちが「フルタイム」で「直接雇用」だとしたら、有期から無期契約になることで、最後のひとつの条件がクリアされ、メンバーシップの中に入ってきてしまう。
下剋上だ。
こんな感覚が、「無期雇用ルール」への一部企業の異常な反応になっているような気がしてなりません。
労務管理全体の中で無期転換というしくみを考えよう
労働者を守るための法律が、かえって労働者の職場を奪っているという状況は大問題です。
法律の枠組みにも確かに問題があるのでしょう。
しかし、企業側ももう少し冷静に「なぜ有期契約にしているのか」を考える必要があります。
実際、この改正労働契約法が成立した後、いままで有期契約にしていた労働者を、自らすすんで無期契約にした企業もたくさんあります。
有期契約にしておく会社側のメリットはあまりないので、無期契約にしたほうが、労働者のモチベーションもあがる、という判断ですね。
もちろん、採用への影響も考えられます。
いまは募集すれば人がくる状況でも「無期転換逃れで理由もなく有期契約労働者を雇止めにした」という報道が流れれば、その後応募者が減るのは間違いありません。
長年勤めていた同僚が、たいした理由もなく雇止めになったら、現在職場にいるほかの従業員も、会社に対する信頼感を失ってしまいます。
このあたりも、総合的に考える必要がありますね。