
2026年10月1日、改正された「同一労働同一賃金ガイドライン」が施行されました。
定年後に有期契約で再雇用された人もこのルールの対象であることが明確になり、正社員との待遇差は、基本給や手当それぞれの性質や目的に照らして判断されることになりました。
「定年後の再雇用だから」という理由だけでは、給与の減額を説明できなくなったということです。
このニュースは、20代30代のビジネスパーソンにとっては、自分たちとは関係ない話だと受け止められます。
実際には、この改正は若い世代の給与の決まり方に直結しています。
60歳以降の給与を下げにくくなれば、会社はその手前の50代の給与を高くしすぎないように制度を組み直すからです。
この記事では、定年再雇用の賃金設計の相談を数多く受けてきた社会保険労務士として、定年後の減額が使いにくくなると会社の賃金制度にどんな変化が起きるのかを整理し、若い世代がいまから持っておくべき視点をお伝えします。
改正で何が変わったのか
多くの会社では、60歳で定年退職した人を、1年契約の嘱託として再雇用します。
このとき給与を大きく下げるのが慣例でした。
仕事も責任も変わらないのに、基本給が半分近くになる例も珍しくありません。
2023年の最高裁判決(名古屋自動車学校事件)は、正社員の基本給が何に対して払われているのか、その性質や目的を分析したうえで、再雇用後の差が合理的かを判断すべきだとしました。
2026年2月の差し戻し審では、この学校の基本給は仕事に対して払われるものだと判断されました。
定年後も仕事が同じなら、基本給だけを大きく下げる理由はないということです。
今回のガイドライン改正は、こうした裁判の流れを踏まえ、基本給の性質や目的に照らして判断するという考え方をはっきり書き込んだものです。
パートや有期雇用で働く人を雇い入れるときには、正社員との待遇差について説明を求めることができると明示する義務も加わりました(参考:2026年10月からパートタイム・有期雇用のルールが変わります―3つの改正ポイント:厚生労働省)。
定年後に給与を下げること自体が禁止されたわけではありません。
仕事の範囲が狭くなる、責任が軽くなる、定型的な仕事になる、転勤がなくなる。
こうした変化があれば、それに見合った減額は認められます。
仕事の内容は変わらないのに、年齢だけを理由に一律で給与を下げることは、難しくなりました。
同一労働同一賃金のルールは、正社員と、有期・パート・派遣等の非正規の待遇を比べ、不合理な差があってはいけないとするものです。
正社員どうしの、20代と50代の給与の差は対象になりません。
若手の正社員が「同じ仕事なのに50代より安いのはおかしい」とこのルールを根拠に主張することはできないのです。
このため、若い世代には関係のない話に見えます。
60歳で下げられないと、50代の給与が抑えられる
実際には、60代の人だけではなく、若い世代にも大いに関わる問題です。
仮の数字で考えてみます。
59歳で月給45万円の社員の給与を、60歳の定年再雇用で28万円に下げていた会社があるとします。
仕事は定年前と同じです。
ガイドライン改正後、この17万円の差を説明できないため、再雇用後も月40万円を払うことになったとします。
差額は月12万円、65歳までの5年間で1人あたり720万円の人件費増です。
定年を迎える社員が毎年数人いれば、会社にとって無視できない金額になります。
会社が取れる手段は二つです。
再雇用後の仕事の範囲や責任を本当に軽くして減額の理由を作るか、定年前の給与を抑制するかです。
前者を選んでも、定年になった人が担っていた仕事はなくなりません。
その人の責任や仕事の範囲を軽くすると、その部分を若手や中堅の社員が引き受けることになります。
人手不足の職場ほど、ベテランに定年前と同じ仕事を続けてほしいものです。
この方法は簡単には取れません。
残るのは後者、つまり50代の給与を抑制し、賃金カーブの上がり方を緩やかにする方法です。
一定の年齢で昇給を止める、役職を外れる年齢を決めてそこで給与を下げる、年齢や勤続で上がる部分を縮小し、担当する仕事や役割で決まる部分を大きくする。
どれも、60歳時点の給与を大きく減額せずにすませるための見直しです。
若手の給与には逆の圧力がかかっています。
初任給を上げなければ新卒が採れず、入社数年の若手が他社に移らないよう、20代、30代の給与も引き上げざるを得ません。
若手は上げる、60代は下げにくい、人件費の総額は簡単には増やせないとなると、調整できる場所は、50代前後の給与だけです。
この動きは改正前から数字に出ています。
厚生労働省の賃金構造基本統計調査を労働政策研究・研修機構が紹介した記事によると、男性の賃金カーブは10年前、20年前と比べてフラットになり、給与が最も高い年齢層も50〜54歳から55〜59歳へ後ろにずれています(参考:年齢階級別にみた賃金―賃金構造基本統計調査の結果から―:労働政策研究・研修機構)。
第一ライフ資産運用経済研究所の分析では、大卒の20代・30代の所定内給与は5年前より10〜16%上がっています(参考:世代間賃金格差は残っている:第一ライフ資産運用経済研究所)。
若手は上がり、中高年の伸びは鈍っています。
今回の改正は、この流れをさらに強めます。
若い世代にとっての意味
今の20代、30代にとって、この変化には三つの意味があります。
一つ目は、40代、50代で給与が上がり続けることは期待できないということです。
年齢とともに給与が上がる会社でも、その上がり幅は過去の世代より小さくなっています。
今の給与が安くても、いずれ年齢で取り返せるという考えは成り立たなくなっていきます。
二つ目は、若い世代の給与の上昇が急ピッチになっていることです。
初任給や20代、30代の給与の上昇と、50代の給与の伸び悩みは、同時に起きています。
長く勤め続けて初めて報われる給与は、そもそも数年で転職すれば受け取れないものでした。
若いうちに受け取れる分が増えるのは、転職が当たり前になった世代にとって悪い話ではありません。
三つ目は、自分の給与が何に対して払われているのか、会社が説明する方向に進むことです。
再雇用者の給与の差を説明するには、まず正社員の基本給が何の対価なのかを会社自身が整理しなければなりません。
年齢や勤続に払っているのか、担当する仕事や役割に払っているのか。
その整理は60代だけでなく、正社員全員の給与の決め方に及びます。
年齢で決まる年功給の部分が小さくなり、仕事や役割で決まる職務・職能給の部分が大きくなると、給与の上がり方が変わります。
毎年少しずつ自動的に上がるのではなく、任される仕事が大きくなったとき、役割が上がったときに給与も連動して上がります。
同じ年に入社した人どうしでも、担当する仕事によって差がつきやすくなります。
年齢が上がるのを待っていても給与は上がらず、どんな仕事を任されるかが給与を左右するようになります。
若い世代がいまやっておくこと
いまやっておきたいことは三つです。
一つ目は、自分の会社の賃金表や昇給の仕組みを確認することです。
就業規則や賃金規程を確認し、給与のうち、年齢や勤続で上がる部分と、仕事や役割で決まる部分のどちらが大きいかを把握しておくのです。そうすれば、制度が変わったときに自分の給与がどう動くか見当がつきます。
二つ目は、会社を評価するときの物差しを変えることです。
「いずれ給与が上がるか」ではなく、「今の仕事に対して今の給与が見合っているか」で判断します。
転職を考えるときにも同じ物差しを使います。
三つ目は、自分が60歳を過ぎてからの給与も、いま進んでいる制度の見直しで決まると知っておくことです。
70歳までの就業機会の確保はすでに会社の努力義務になっており、今の20代、30代は70歳まで働くことを前提に考える世代です。
22歳から働き始めれば、60歳から70歳までの10年は職業人生のおよそ5分の1にあたります。
その10年の給与の決め方を、いま会社が作っています。
同一労働同一賃金のルールが厳格化されることで、会社は60代の給与を見直すだけでなく、正社員の給与の組立自体を見直すことになります。
その答えが、20代、30代の今の給与と、これからの昇給の見込みを決めるのです。






