2025年12月15日の大阪地裁判決は、「業務後の3次会で受けたセクハラ」が原因の適応障害について、労災と認めた点で大きなニュースになりました。(「3次会で上司からセクハラ、初の労災認定 大阪地裁『断るのは困難』」  毎日新聞

​原告の女性はIT企業の有期契約社員で、東京出張の業務終了後、会社主催の懇親会、2次会、さらにガールズバーで行われた3次会に参加し、その3次会の場で、支社長から女性店員とのキスや身体接触を強要されるなどのセクハラ行為を受けたとされています。​

労基署は「3次会への参加は個人の意思によるもの」として労災を不支給としましたが、大阪地裁は違う見方をしました。​

判決では「3次会への出席は出張の行程に組み込まれたものであり、誘いを断るのは困難だった」と認定し、事業主の支配下にあったとして労災認定を認めたのです。​

この判決が報道されると、内容のひどさに驚いたという声とともに、2次会3次会は仕事と言えるのかという疑問の声もあがっています。ハラスメント対応に詳しい社労士として、セクハラにおける仕事上かどうかの考え方、また、労災認定実務をふまえて、職場ではどのように対応すればよいのか、解説していきます。

2次会・3次会は「職場の延長」か?

この判決をきっかけに、「2次会・3次会って、どこまで仕事とみなされるの?」という疑問を感じた人も多数いるでしょう。

まず押さえたいのは、「セクハラかどうか」と「労災かどうか」は、別々の物差しで判断されるということです。

セクハラかどうかは、「職場における」性的な言動、あるいは「職場外であっても職場の人間関係を背景にした性的な言動」であれば基本的に対象になります。​

つまり、一次会だろうが、会社近くの居酒屋だろうが、2次会カラオケだろうが、今回のような3次会ガールズバーだろうが、「職場の人間関係の延長線上」で行われた行為であれば、セクハラに当たる可能性は十分あります。​

実際、飲み会の二次会における上司のセクハラについて、会社の使用者責任を認めた大阪地裁の判決(S運送事件 大阪地判 1998/12/21)では、懇親会の後の二次会カラオケで、上司が部下の体を触るなどの行為を繰り返したことについて、不法行為責任と会社の使用者責任が認められています。​

裁判所は、時間帯や場所よりも、「職務上の上下関係」「飲み会への参加の仕方」「その後の人事評価への影響」など、人間関係と力関係を重視して判断していることが分かります。​

労災で問われる「業務遂行性」と「業務起因性」

一方で、労災認定の場面では、もう一歩踏み込んだ検討が必要になります。

ポイントになるのが、「業務遂行性」と「業務起因性」という2つの要件です。​

業務遂行性:労働者が事業主の支配下にあった状態で起きたか
業務起因性:その業務と傷病との間に相当因果関係があるか

今回の判決が争点としたのは、まさに業務遂行性でした。

労基署は「3次会は業務ではなく、完全に私的な飲み会」と判断しましたが、大阪地裁は、

・出張前から支社長が「業務後は空けておくように」と指示していた
・3次会も含めて、出張のスケジュールに組み込まれていた
・支社長が正社員登用を左右する立場にあり、誘いを断りにくかった

といった事情を重視しました。​

そのうえで、判決は「3次会は業務そのものではないが、事業主の支配下にある状態で行われた」とし、業務遂行性を肯定しました。​

この考え方は、昔からある「飲み会事故」の労災判断とも共通しています。たとえば、取引先との懇親会のあと、事実上参加を強く期待されていた二次会に向かう途中の事故が、業務上災害と認められた例などです。​

業務起因性については、もう一つの軸、つまり「セクハラ行為と精神障害(うつ病・適応障害など)の因果関係」が問われます。
ここで登場するのが、次の「精神障害の労災認定基準」です。​

精神障害の労災認定基準とセクハラの位置づけ

厚生労働省の「心理的負荷による精神障害の労災認定基準」では、精神障害の労災認定には、おおまかに言うと次の3つが必要とされています。​

・対象となる精神障害を発病していること
・発病前おおむね6か月間に、業務による強い心理的負荷があったこと
・業務以外の要因だけで発病したとはいえないこと

この「心理的負荷」を具体的に評価するために、「業務による心理的負荷評価表」が用意されており、その中に「セクシュアルハラスメントを受けた」という項目があります。​

特に、身体的接触を伴うセクハラや、反復継続する性的な言動は、原則として「強い」負荷として評価されやすいとされています。​

たとえば、
・飲み会の席で、上司から繰り返し身体を触られた
・「今日は帰さないよ」「ホテル行こう」などの発言を執拗に受けた
・断ったことで無視や嫌がらせが始まった

といったケースでは、「単発の出来事」ではなく、「継続した強い心理的負荷」として評価されやすくなります。​

今回の事案でも、3次会での強いセクハラ行為をきっかけに適応障害を発症し、その後の就労継続が困難になった経過が、労災かどうかを判断するうえで重要な要素となりました。​

「断るのは困難だった」という視点の重み

今回の大阪地裁判決のキーワードは、「断るのは困難だった」という表現ではないでしょうか。​

これは、精神障害の労災認定だけでなく、不同意性交等罪や民事上の損害賠償の判断にも共通する視点です。

2023年の刑法改正で、過去の強制性交等罪が不同意性交等罪として改正されました。その要件として、相手が自由な意思で同意していないにもかかわらず性交等を行うことが挙げられます。職場の上下関係のもとで「断る意思を示せない」状況に置かれていれば、外形的な拒絶の言葉がなくても、同意がないものとして要件に該当し得るのです。

「本人も楽しんでいたように見えた」「ノリで行っただけ」「自分から参加したじゃないか」という言い訳は、上下関係や雇用形態(有期・正社員登用を控えている等)を考慮したとき、「本当に自由に選べたのか?」という観点から再検証される流れになっています。​

今回の事件でも、支社長が正社員登用を左右できる立場であったことが、「断れば不利益があるかもしれない」という心理的圧力として評価されました。​

社内の相談現場でも、「自分から飲み会に行ったんだから、自己責任と言われそうで…」とためらう声をよく耳にします。

しかし、
・誘いを断れる雰囲気だったか
・断ったことで具体的な不利益が生じそうだったか
・相手に人事権や決裁権があるか

といった要素を丁寧に見ていくと、「行動の選択肢があったように見えて、実は非常に限定されていた」ケースが少なくありません。​

企業と管理職が今すぐ見直すべきこと

最後に、社労士としてこのニュースから読み取るべき実務上の課題をまとめます。

(1)飲み会・懇親会の位置づけを明確化する

「完全に自由参加」「参加しないことを理由に不利益を与えない」ことをルールとして明文化し、管理職研修で繰り返し伝えます。​

特に、有期契約社員・派遣社員・新入社員など、立場の弱い人への誘い方には、細心の注意が必要です。

管理職向け研修では、ハラスメントの定義だけでなく、実際の飲み会場面のロールプレイや事例検討が有効です。

「飲み会に誘うが強制しない言い方」などを、判例や通達例を交えて具体的に伝えることで、「知らないうちにアウトゾーンに踏み込む」リスクを下げられます。​

(2)2次会・3次会を「業務の延長」に組み込まない

出張スケジュールに飲み会や2次会、3次会を当然のように組み込む運用は、今回の判決を踏まえると非常に危険です。​

幹部や管理職が「業務後は空けておくように」といった指示を出さないよう、ガイドラインを作ることをおすすめします。​

(3)セクハラ防止規程に「就業時間外の場」も明記する

「職場外であっても、職場の人間関係を背景に行われた性的な言動はセクハラに該当する」ことを、規程と研修で明確に伝えます。​

実際、「会社の飲み会ならセクハラ」「プライベートの飲み会なら関係ない」という線引きは成り立たない、ということを社員全体に共有する必要があります。​

(4)相談窓口と初動対応を整える

今回のような重大事案が起きた際、被害者支援・加害者の就業制限・労災申請の案内・労基署との対応など、多岐にわたる対応が必要になります。​

「まず誰が話を聞き、どの部署がどのように動くのか」を平時から決めておくことで、二次被害・三次被害を防ぎやすくなります。

職場の「飲み会文化」の見直しを

今回の大阪地裁判決は、「3次会でも労災になり得る」という事実以上に、「断れない飲み会文化」がどれだけ従業員を追い詰めるかを示した事案だと言えるでしょう。

忘年会・新年会という宴会シーズンのいまこそ、自社の飲み会のあり方、誘い方、セクハラ防止体制を見直すタイミングとして、ぜひ社内で議論を始めていただければと思います。