中居正広氏とフジテレビの女性元職員との一連のトラブルについて、フジテレビとその親会社が設置した第三者委員会は、3月31日に調査報告書を公表しました。その中で、中居氏と元職員の間のトラブルについて、「『業務の延長線上』における性暴力であったと認められる」と認定しました。
これまで、芸能界や大企業の中で起きた性加害やセクハラの多くは、被害者が泣き寝入りし、組織や社会が見過ごしてきたのが現実でした。特に、仕事上の力関係が強く働く場面では、「逆らえばキャリアに響く」「波風を立てたくない」といった思いから、被害を訴えることすらできなかった人が少なくありません。
しかし、フジテレビと中居正広氏をめぐる今回の事件は、そうした時代が大きく変わりつつあることを象徴しています。第三者委員会の調査報告書では、女性アナウンサーが編成幹部の誘いで外資系ホテルのスイートルームやバーベキューに参加し、「仕事にプラスになる」と言われながら、プライベートな領域まで踏み込まれる状況に置かれていたことが明らかになりました。
報告書や複数の報道でも、「著名なタレントと入社数年目のアナウンサー」という明らかな力関係があったこと、女性アナウンサーが仕事上の立場から逆らうのが極めて難しかったことが強調されています。こうした背景が、今回「業務の延長線上における性暴力」と認定された大きな理由です。
今、社会は性加害やハラスメントに対して、被害者が声を上げやすい環境づくりと、組織が真摯に対応することを強く求める時代へと変わっています。
不同意性交等罪の新設とその影響
2023年7月13日に施行された改正刑法では、従来の「強制性交等罪」が「不同意性交等罪」に変更されました。この改正の最大のポイントは、「同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態」という新たな概念が導入されたことです。
これは簡単に言えば、「Noと思うこと」「Noと言うこと」「Noをつらぬくこと」が難しい状態で性的行為が行われた場合に犯罪が成立するというものです。
特に注目すべきは、この「困難な状態」を生じさせる原因として、「経済的又は社会的関係上の地位に基づく影響力によって不利益を憂慮していること」が明示されたことです。これは、上司と部下のような権力関係がある場合、部下が立場を気にして拒否できない状況も犯罪となり得ることを意味します。
警察庁の発表によると、2024年1月から10月までの不同意性交等罪の認知件数は3,253件となり、前年同期比で45.2%増加しました。これは刑法改正前の強制性交等罪と比較して1.5倍以上の増加となっています。
この大幅な増加は、2023年7月に施行された刑法改正により、性犯罪の成立要件が見直されたことが大きな要因だと考えられます。
民事訴訟における「権力関係」の評価
実は、刑法改正以前から、民事訴訟においては「権力のある側の性的な行為は、相手が拒否していなかったとしても不同意とみなされやすい」傾向がありました。
海遊館事件(最高裁平成27年2月26日判決)では、管理職が女性従業員に対し1年以上にわたり露骨で卑わいな発言や侮蔑的な言辞を繰り返したことが問題となりました。被害者が明確に拒否していなかった場合でも、こうしたセクハラ行為は職場環境を著しく害するものであり、会社による出勤停止や降格といった懲戒処分は懲戒権の濫用に当たらず有効と認められました。
また、加古川市事件(最高裁平成30年11月6日判決)では、公務員が勤務中にコンビニの女性従業員にわいせつな行為をしたことについて、被害者が拒否せず笑顔だった場合でも不法行為が成立し、市による停職6ヶ月の懲戒は有効であると判断されました。店員と客という関係の中で、客とのトラブルを避けるため逆らえなかったというのがその理由です。
内閣府の「男女間における暴力に関する調査」によると、不同意性交等の被害にあったときの状況について、女性の多くが「驚きや混乱等で体が動かなかった」と回答しています。これは、性暴力被害時に多くの人が「フリーズ反応」を示すことを表しており、表面的に「逆らわなかった」というだけでは、同意の有無を判断できないことを示唆しています。
職場での懲戒処分の厳格化
職場におけるセクハラ行為は、たとえ1回の不適切な行為であっても、重い懲戒処分の対象となり得ます。
2025年4月に栃木県のある病院で、60歳代の男性看護師が会社の宴会で酒に酔って複数の部下の女性に抱きつき、停職4ヶ月の処分を受けたことが報じられました。
実際に刑事事件として立件されなくても、「刑法犯相当」の行為と判断されれば、懲戒解雇を含む厳しい処分が下されるというのが、企業の懲戒処分の実態です。
管理職にとって注意が必要なのが、「相手も同意している」「恋愛関係や不倫関係にある」と思い込んでいた場合です。上司と部下など力関係がある場合、相手がはっきりと拒否しなかったとしても、同意があったと一方的に判断するのは非常に危険です。
恋愛や不倫の認識は当事者間で食い違うことが多く、相手が本心では抵抗や拒否をためらっていた可能性も十分に考えられます。また、過去に同意があったからといって、今後も常に同意が続くとは限りませんし、沈黙や受け身の態度は同意の証拠にはなりません。
こうした誤解や思い込みによる行動が、セクハラとして重い懲戒処分や法的責任につながるケースが実際に増えています。職場での関係性や状況をよく考え、相手の意思を尊重した慎重な行動が求められます。
企業が注意すべきポイント
今回の刑法改正を踏まえ、企業は以下の点に注意する必要があります:
- セクハラ防止研修の強化:特に管理職に対して、「経済的又は社会的関係上の地位に基づく影響力」について理解させる研修を実施する
- 相談窓口の整備:被害者が安心して相談できる窓口を設置し、迅速な初動対応を行うマニュアルを整備する
- 就業規則の見直し:刑法改正の内容を反映した懲戒事由の明確化と、「立場利用禁止」条項の追加
- 被害者保護の徹底:被害申告があった場合、被害者と加害者の職場での分離など、被害者の心理的安全を確保する措置を講じる
まとめ
中居正広氏とフジテレビの女性アナウンサーの事例が示すように、権力関係を背景にした性暴力は、たとえ表面上は同意があるように見えても、真の同意とは認められない傾向が強まっています。
2023年の刑法改正により、特に「経済的又は社会的関係上の地位に基づく影響力」を利用したセクハラ行為に対する法的リスクが高まっています。企業は、実際に刑事事件として立件されなくても、「刑法犯相当」の行為については厳格な対応が求められます。
「その社内恋愛は、ほんとうに相手も望んでいる関係ですか?」—管理職はこの問いかけを常に念頭に置き、職場での言動に注意を払うことが、今後ますます重要になるでしょう。部下との関係において権力関係があることを自覚し、たとえ1回の行為でも重大な結果を招くことを肝に銘じる必要があります。