いままでは育児や介護といった「ケア」は主に女性の仕事でした。
ケアの責任を持たされた女性が、職場での活躍をあきらめてマミートラック[1]育児との両立のため時短勤務をしたり残業を控えている女性社員が、重要な仕事を任されずキャリアの成長機会を失っていく現象に入り、会社側も最初から女性に重要な仕事をまかせないという差別的な対応で、「ケア」の業務への影響を最小限にしていたのです。

しかし近年、この問題は女性特有の課題ではなくなりつつあります。
男性の育休取得率は急速に上昇しており、2023年度には前年度から13ポイント増加して30.1%と過去最高を記録しました。
ただし、その約4割が2週間未満の短期取得にとどまっているのが現状です。
今後は女性と同様の数か月から1年程度の長期取得も増えていくことが予想され、そうなればキャリア形成への影響も現実の課題として浮上してくるでしょう。

さらに、1971年から1974年生まれの団塊ジュニア世代が50代を迎え、親の介護に直面する時期に入っています。
介護は育児と異なり、いつまで続くか予測が難しく、突発的な対応も求められます。
今後は、仕事と介護の両立のために時短勤務や時差出勤を選択する従業員が、性別を問わず増加することが予想されます。
このように、キャリア形成と家庭責任の両立は、もはや一部の女性社員だけの問題ではなくなっているのです。

そこで注目されているのが、、「職場における妊娠・出産・育児休業・介護休業等に関するハラスメント」(以下「ケアハラ」と呼びます)です。
「マタハラ」と略されることも多いのですが、「マタハラ」としてしまうと、介護の問題が抜け落ちてしまうので、本稿ではこのように呼ぶことにします。

育児や介護のために休業や時短勤務を選択する従業員が増えれば、その分「しわ寄せ」を受ける同僚も増えます。
この「しわ寄せ」が、ハラスメントの原因となることは、これまでの女性社員の経験から明らかです。
性別や事由を問わない、包括的なケアハラスメント対策が、今まさに求められています。

「しわ寄せ」が引き起こす負の連鎖

構造的な問題としてのケアハラスメント

ケアハラスメントが発生する背景には、育児や介護のために休業や時短勤務を利用する従業員の業務を、他の従業員が負担せざるを得ないという「しわ寄せ」の問題があります。
パワハラやセクハラが加害者の個人的な態度や認識が大きな要因であるのに対し、ケアハラスメントは職場全体の業務配分や人員配置といった構造的な問題と密接に関連しています。
特に介護の場合、発生時期や期間の予測が難しく、突発的な対応を迫られることも多いため、より柔軟な体制づくりが求められます。

負の感情の連鎖

「しわ寄せ」を受けた従業員は、自身の業務量が増加することへの不満や焦りを感じます。
その結果、育児や介護に携わる従業員に対して、意図せず否定的な言動を取ってしまうことがあります。
特に男性の育休に関しては「数週間程度で十分では」という暗黙の圧力が生まれやすく、介護については「自分の親の面倒は自分で見るべき」という固定観念から、制度利用を躊躇させる雰囲気が生まれがちです。
この負の感情の連鎖を断ち切るためには、組織的な対応が不可欠です。

厚労省ガイドラインが示す特別な措置

ケアハラスメント特有の措置義務

厚生労働省のガイドラインでは、妊娠・出産・育児休業・介護休業等に関するハラスメント防止のための措置義務として、特に「職場におけるハラスメントの原因や背景となる要因を解消するための措置」を明記しています。
これは他のハラスメント対策には含まれていない独自の要件です。
この要件は、性別や事由を問わず、全ての従業員のケア責任と仕事の両立を支援する体制づくりを企業に求めています。

予防的アプローチの重要性

この措置義務が示すように、ケアハラスメント対策では事後対応だけでなく、ハラスメントが発生する前の予防的な取り組みが特に重要となります。
職場環境の整備や業務体制の見直しなど、構造的な問題に対処することで、育児・介護いずれの場合でも、必要な制度を安心して利用できる環境を整えることができます。

「しわ寄せ」解消のための具体的な取り組み

業務の可視化と再設計

まず取り組むべきは業務の棚卸しです。各従業員がどのような業務を担当し、どの程度の時間を要しているのかを可視化します。
これにより、育児・介護による休業取得者や時短勤務者の業務内容を適切に見直し、チーム全体での最適な業務分担が可能になります。
特に、突発的な介護休暇の取得や、男性の長期育休を視野に入れた場合、マネジメント職や専門職の業務についても、手順書やマニュアルを作成し、誰でも対応できる体制を整えることが重要です。

人員体制の計画的整備

代替要員の確保は計画的に進める必要があります。
育児については比較的予測が立ちやすいものの、介護は突発的な対応が必要となることも多いため、より柔軟な人員体制が求められます。
社内での多能工化を推進し、従業員が互いの業務をカバーできる体制を構築することで、予期せぬ事態にも対応できるようになります。
また、中長期的には、団塊ジュニア世代の介護ニーズの増加も見据えた人員計画が必要です。

業務効率化による負担軽減

業務効率化も重要な取り組みです。
既存の業務プロセスを見直し、不要な作業や重複した手順を特定します。
デジタルツールの導入や自動化の推進により、作業時間を短縮することで、休業取得者や時短勤務者の業務を周囲がカバーしやすい環境を作ります。
コア業務以外は外注するという選択肢もあります。
また、在宅勤務やフレックスタイム制度の活用も、育児・介護と仕事の両立に有効です。

マネジメント層に求められる意識改革

長期的視点での人材投資

マネジメント層には、育児・介護を一時的なライフイベントとして捉え、従業員の長期的なキャリア形成を支援する視点が求められます。
特に介護については、今後多くの従業員が直面する可能性が高い課題であることを認識し、組織として備えを進める必要があります。
管理職自身が介護の必要にかられる場合も多く、「自分ごと」として考えやすいでしょう。

男性の育休についても、形式的な短期取得ではなく、実質的な育児参加につながる長期取得を推奨する姿勢が重要です。

自分自身のお子さんが小さいときに、育児に参加しなかったマネジメント層は、育児の負担を軽く考え、「母親が育休を取っているのに、父親まで取る必要があるのか」等と言ってしまいがちです。
父親・母親どちらにとっても、子供が小さいときに育てる苦労と喜びは、他では得難いものですし、若い層はそれを知っています。
「育児参加しなかった」自身の体験は現在では通用しないことを、肝に命じるべきでしょう。

新しい公平性の考え方

一時的な業務負担の偏りを「不公平」と捉えるのではなく、「お互い様」の精神で支え合う文化を醸成することが必要です。
性別や年齢に関係なく、誰もが育児や介護に携わる可能性があるという認識を共有し、相互理解に基づく支援体制の構築が求められます。
特に、団塊ジュニア世代の介護負担の増加を見据え、世代を超えた助け合いの重要性を理解することが大切です。

組織全体で取り組むべき環境整備

コミュニケーション基盤の強化

環境整備の基本となるのは、強固なコミュニケーション基盤です。
定期的な面談を通じて各従業員の状況や将来的なケアニーズを把握し、チーム内での情報共有を促進します。
育児については計画的な対応が可能ですが、介護については予測が難しいため、日頃から従業員の家族状況などにも配慮した声掛けや相談体制の整備が重要です。

成果評価の仕組み改革

評価制度も、多様な働き方に対応したものへと進化させる必要があります。
育児・介護との両立に配慮した目標設定を行い、時間当たりの生産性を重視した評価を導入することで、限られた時間でも成果を上げられる働き方を促進できます。
また、休業取得者や時短勤務者を支援する従業員の貢献も適切に評価し、チーム全体での助け合いを評価制度に組み込むことが重要です。

持続可能な職場づくりのために

ケアハラスメント対策の本質は、単なるハラスメント防止にとどまらず、全ての従業員が必要な時に必要な支援を受けられる職場環境の整備にあります。

「しわ寄せ」の問題に正面から向き合い、組織全体で解決策を見出していくことが、男性の長期育休取得促進や介護離職の防止につながり、ひいては企業の持続的な成長を支えます。

確かに、人員配置や業務改善には短期的にコストがかかります。
しかし、長期的な視点に立てば、優秀な人材の定着率向上や従業員のモチベーション維持・向上、さらには組織全体の生産性向上や企業イメージの向上といった大きなメリットが期待できます。
特に、今後増加が予想される従業員の介護ニーズに対応できる体制を整えることは、企業の競争力維持において重要な意味を持ちます。

ケアハラスメント対策は、働き方改革の一環として、また真の意味での仕事と生活の調和実現の観点からも、積極的に取り組むべき経営課題として位置づけることが重要です。

Footnotes

Footnotes
1 育児との両立のため時短勤務をしたり残業を控えている女性社員が、重要な仕事を任されずキャリアの成長機会を失っていく現象