定額残業制度とは、残業をしようとしまいと、一定の金額をあらかじめ決めて支払うというものです。
みなし残業や固定残業という言葉が使われることもあります。

仮に月20時間分の定額残業代を定めた会社があったとしたら、その会社は、従業員が残業をまったくしなくても、残業時間が5時間でも20時間でも、同じ金額の残業手当を支払うことになります。

こう考えると、残業が少なければ少ないほど、会社にとっては損のような気がしますね。

でも、会社が定めたことなのだから、会社にとってメリットがあるに決まっています。
しかし、そのメリットについては誤解だらけで、違法行為が前提になっており、実際にそのような違法行為をする会社が後を絶たないことから、「定額残業=不法行為もいとわず、従業員からできるだけ搾取しようとする企業(いわゆる「ブラック企業」)」という残念な印象がまとわりついています。

ここでは、定額残業制度にまつわる誤解と、ほんとうのメリットについてお伝えしましょう。

定額残業代制度にまつわる誤解

誤解1 定額残業制度を採用すれば、残業時間が何時間だろうと、定額を支払えばすむ

さすがにこれはもう間違いだとわかっている人が大半でしょう。

正しくは、会社が定めた定額分よりも、通常通り法定の割増率で計算した残業代のほうが多ければ、その差額を支払わなければなりません。

しかし、残念ながらこの誤解に基づいて、労働時間の管理もせず、定額を支払って事足れりとしている会社がまだ存在することも事実です。
実際の残業時間が、定額分として定められている時間よりも多ければ、給与未払いで労働基準法違反ですね。

誤解2 定額残業制度を採用すれば、勤怠管理もしなくてよいし、給与計算の手間も省ける

誤解1の派生型とも言える誤解ですね。
これを会社のメリットと考えている人も多いようです。

しかし、実際の残業代と定額残業の額を比べるために、勤怠管理(残業時間の記録)は必ずしなければなりません。
また、労働安全衛生法の規定で、従業員の労働時間を把握する必要もあります。

給与計算の手間については、確かに規定の残業時間以下であれば、細かく何円というところまで計算しなくてすみます。
とはいっても、昔のように電卓で計算しているのならともかく、ほとんどの会社がパソコンソフトや給与計算システムを使用している現在、どれほどの違いがあるでしょうか。

誤解3 基本給に定額残業代を含んでおくと、一見高給に見えるので、募集の際に有利だ

募集広告等に基本給のみを表示すると、どうも他社に見劣りする。
このような場合、「残業分を基本給に含んでおくと、ぱっと数字を見ただけでは給料が高いように見え、応募者をひきつける効果がある」と考えている会社があります。

しかし、基本給に固定残業代が含まれているのであれば、きちんと表示しなくてはなりません。
かえって応募者からは「給与が高く見えるよう誤魔化している」と感じられ、印象がよくないようです。

誤解4 定額残業代で定められた時間分は、残業するように会社から期待されている

会社からの「期待」と書きましたが、「会社から評価されるためには、定額残業代で定められた時間分くらいは残業しなければ」と従業員が感じていると、事実上の強制になってしまいます。

同じ給与を出すのならば、少しでも長時間働かせたほうが会社は得をする、という考え方に、従業員自らが縛られているとも言えます。

仕事をさっさと片付けて定時で帰っても、同じ金額がもらえるというのが定額残業制度のよいところなのに、これではだいなしです。

定額残業制度のほんとうのメリット

ほんとうの定額残業制度のメリットは、上に書いた「誤解」とは正反対の考え方から出てきています。
「誤解」の方向性で考えている会社、つまり、「同じ給与であれば、長時間働かせたほうが得だ」と考えている会社には、定額残業制度を導入するメリットはありません。

では、具体的に見ていきましょう。

メリット1 残業手当目当てのだらだら残業がなくなる

残業手当が、いまや生活に必要な給与の一部になっている人も多いでしょう。
「今月はヒマだけれど、残業をやらないと残業手当が減ってしまい、生活に差し支える」と考えて、すぐにできることにわざと時間をかけてダラダラ残業する。
一定時間までは残業しようがしまいが、同じ手当がもらえるのであれば、このような行動に意味はありません。

メリット2 従業員の収入が安定する

残業が多いか少ないかによって、毎月の給与が大きく変動するのでは、余裕をもった生活を送るのは難しいでしょう。

一定額が保証されているのですから、収入が安定し、生活の予測がしやすくなります。

メリット3 短時間で効率をあげる働き方につながる

要領よく時間内に仕事を終わらせる人よりも、未熟練だったり能力不足だったりで、仕事に時間がかかる人のほうが、残業代が多くなる。
こういう状態では、短時間で効率よく仕事をしようという考えが生まれません。

工夫して仕事を早く終わらせれば、定時で帰れるし、残業代も保証されている。
そう思えば、早く仕事を終わらせるために、あれこれ考えたり、提案したりという動きにつながります。

「働き方改革」のひとつの手段にもなります。

定額残業制度の要件を満たさないと、未払い残業代請求につながることも

定額残業制度は、法律上明文の規定はありません。

しかし、定額残業が法的に認められるかどうかは、多くの判例の積み重ねでかなりはっきりしています。

下の条件を守っていないと、従業員から「会社は定額残業と言っているが、要件を満たしていないので、その分も残業手当の基礎となる給与として計算し、未払いの差額を支払うべきだ」と要求されたり、提訴されないとも限りません。

  • 定額残業代の対象となる時間数、手当の金額をはっきり定めておく。
  • 就業規則や労働契約書・労働条件通知書等で、上の時間数・金額が従業員にはっきりわかるようにしておく。
  • 従業員にていねいに説明する。

また、これは要件ではありませんが、次のようにするとよいでしょう。

  • 実際の残業代が予定されている定額残業よりも多ければ、差額を支払う旨を就業規則等に規定しておく。
  • 月80時間等の長時間の規定は避ける。
  • 定額残業代で定めた時間数の残業を予定したり、強制はしない。

あいまいな規定のまま放置しておくことは、会社にとって大きなリスクです。

定額残業制度を採用しているから「ブラック企業」だというわけではありませんが、そのように従業員から思われるのを避けるためには、規定類の整備とともに、上記の「メリット」を説明することが役に立つでしょう。

また、規定の整備については、社会保険労務士に相談すると安心です。