医療機関でのできごと

筆者は日本生まれ日本育ちの外国人ですので、日本語には不自由がありません。
しかし、保険証に「LEE YOUNG HYANG」と記載されているため、初めて行く医療機関では日本語が不自由な外国人と思われることがたびたびあります。

そうすると、どうなるかというと、看護師さんや検査技師さんがタメ口で話しかけてくるんですね。
「~できる?」「こっちこっち」「そうそう」等と言われると、急に子供扱いされているようで困惑します。

わたし自身は「日本語できますよ」と言えばすむ話なのですが、ほんとうに日本に来て日が浅く、日本語が堪能でない外国人に対してもこういうふうに対応しているかと思うと、なおさらもやもやします。

医療機関のスタッフは親切心でそうしてると思うのですが、外国人が最初に日本語を習うときは「です、ます」調だと聞いています。
ですから、わかりやすい日本語で話しかけようと思ったら「です、ます」調のほうがいいのではないでしょうか。

相手が日本語が流暢でないと思っていながら、ずいぶん早口だし、わかっているかどうかこちらの反応を確かめない、というのも気になります。

「外国人にわかりやすく」というご依頼

また、仕事で「外国人従業員にもわかりやすいように、研修してほしい」というご依頼を受けることもあります。
そういう場合は、資料にすべてふりがなをつけ、表現方法も工夫します。

その工夫の基準となるのが「やさしい日本語」です。
Webサイトや書籍等で勉強し、対応しました。

上に出した画像は、今年6月に、公益財団法人栃木県国際交流協会様からのご依頼で、「身近な社会保険と税金」というタイトルで、外国人のために行ったセミナーの資料です。
オンライン研修だったので、小さい画面で見る人もいるという前提で、ルビではなく、括弧書きでふりがなをつけました。
漢字圏出身でない外国人にとって、漢字の熟語や専門用語は難しいということで、内容も正確さよりもわかりやすさを優先してかみくだいて表現しています。

やさしい日本語のセミナーでの体験

先日、その栃木県国際交流協会様でやさしい日本語のセミナーがあり、参加してきました。

この記事のトップ画像は、そのとき配布された資料と、缶バッジです。
小冊子やパンフレットは、PDFで提供されていますので、ご興味のある方はリンク先からダウンロードして下さい。

講師は、早稲田大学大学院教授の柳田直美先生で、わかりやすく親しみやすいセミナーでした。
やさしい日本語を離れても、講師としても参考になる点が多々ありました。

セミナーの内容については、いままで勉強してきたので、知識としては知っていることもあったのですが、実際にボランティアの外国人の方とやさしい日本語で会話することで、新たな発見もたくさんありました。

言い換えは発想の転換が必要

セミナーの中で、ワークに協力するために参加してくださった外国人の方に、配られたチラシの内容を説明するというグループワークが行われました。

できるだけわかりやすく、とがんばってみましたが、ふだん使っている言葉を言い換えるのは、たんにやさしい言葉を探すというよりも、文章の構造自体を変えるような、発想の転換が必要だと痛感しました。

「安静にする」はどう伝える?

私が選んだのは「熱中症についての注意喚起」のチラシです。

「熱中症になってしまったらどうしたらいいですか?」という質問に対して、「水分をとる→水を飲む」「塩分をとる→塩をなめる、塩の入った飲み物を飲む」まではよかったのですが、「安静にする」でつまづきました。
「寝る→『眠る』と捉えられてしまう」「休む→『仕事を休む』と区別がつかない」のように、うまく通じなかったのです。

同じグループの人がフィードバックのときに「動かない」「ベッドでじっとしている」等の案を出してくれ、なるほど~となりました。

わたしたち日本語話者が「やさしい」と感じる言葉は、意味がいくつかあることが多く、ふだんその人の生活の中で出てこない意味は理解しにくいのだとわかりました。

オノマトペや副詞

私は長年韓国語を学習していますが、オノマトペ(擬音語、擬態語)はなかなか難しいと感じます。
たとえば、「雨がザーザー降る」というとき、「ザーザー」に当たる韓国語は「チュルッチュルッ」です。
言葉としては知っていても、感覚的にピンと来ません。
日本語も比較的オノマトペが豊富な言語だということで、外国人にとってはやはり難しいようです。

「水をごくごく飲む」を「ごくごく」を使わずに表現して下さい、と言われたら、なんと言いますか?
「たくさん」?「勢いよく」?、うまく通じなければ、もちろんジェスチャーも有効です。

あと、職場で多出する「しっかり」「きちんと」も伝わりづらいようです。

実はこのような副詞は、日本語話者同士でも、意味する内容がずれていたりするものですが…

どの言葉がわかるかわからないかは、個人によって違う

ワークの中で「『寝不足』ってわかりますか?」とお尋ねすると、こちらはすんなり通じました。

とても当たり前のことなのですが、どの言葉がわかり、どの言葉がわからないかは、人によって違います。

職場の場合は、仕事で必要な言葉は、ちょっと難しい言葉でもよく理解していても、そこから少し離れると伝わりづらい、ということがあるかもしれません。

一般論として「外国人にはこういう言葉や言い方がわかりやすい」ということはあるのですが、会話している場合は、目の前にいる相手に伝わるかどうかが問題です。
相手の表情を見つつ、理解できているかどうか確認し、場合によっては、「◯◯はわかりますか?」と言葉自体を確認することが必要になってきます。

テクニックより相手に伝えようとする気持ちが大切

外国人にわかりやすく話す時、大切なことは次の5つです。

このうち、とくに重要なのは何番と何番でしょうか。

1.積極的な態度熱心、協力的、積極的、丁寧、礼儀正しい
2.落ち着いた態度自信がある、リラックスしている、慣れている
3.相手に合わせた説明相手の話をよく聞く
相手が理解しているか確認する
相手が理解しているか注意する
相手がわからないときは助ける
4.わかりやすい説明短い文、例を出す
一つ一つ分けて説明する
5.外国人向けの説明言い換える、ゆっくり話す、
ジェスチャーを使う、簡単な言葉を使う
セミナーレジュメより ©柳田直美

4と5は、いわゆる「やさしい日本語」としてのテクニックです。
やはり、やさしい日本語を使うことが大切なのでしょうか。

実は、調査をすると、重要なのは「1.積極的な態度」と「3.相手に合わせた説明」だということです。
つまり、「やさしい日本語で話すにはどのようにしたらよいか」は知らなくても、相手に伝えたい、理解してほしいという気持ちで聞いたり話たりすることが大切なのです。

1と3は、相手が外国人であろうと日本語話者であろうと変わりない、コミュニケーションの基本です。
特別な知識はなくても、これならだれでもできるのではないでしょうか。

セミナーではこの点がわかったのが大きな収穫でした。
今後、外国人向けの「やさしい日本語」を伝えていくときにも、上記を忘れないようにしたいと強く感じました。