奈良県職員の過労自殺事件の判決

タイムカードで記録された「打刻時間」では、規定の時間より長く勤務していることが記録されていても、県が残業時間と認定していなかったことが分かりました。

これについて当時、荒井知事は…

【奈良県・荒井知事】(2017年)
「打刻時間は遅かったけれども、勤務じゃなしに自分の仕事、自分の用務を果たしておられるということもあるわけでございます」

西田さんの規定時間以外の勤務は、上司の指示によらない自発的なもので、残業には当たらないと主張したのです。

職員の過労自殺で奈良県に賠償命令 月に150時間超の残業も 県は「上司の指示がないので残業ではない」(関西テレビ) – Yahoo!ニュース

タイムカードで労働時間を管理している場合、通常はその打刻時間を始業時間及び退勤時間とみなして、労働時間、そして時間外手当が計算されます。

しかし、帰りのタイムカードを打刻する前に、だらだら同僚としゃべっていたり、業務ではない私的な用をしていたりすることがあるので、その分は労働時間から外すべきだ、と会社側が主張することがあります。
この裁判は、まさにそのような内容です。

県は当時、職員証を読み込ませて出勤時刻と退勤時刻を記録する「出退勤システム」ではなく、自己申告のみで職員の勤務時間を管理しており、西田さんは短く申告していた。寺本裁判長は「同僚の証言などから在庁時間は私的行為にふけることなく、職務に従事していた」と指摘し、システムで記録された時間が勤務時間にあたるとした。

勤務短く申告していた職員自殺、県に6800万円賠償命令…奈良地裁「長時間労働が原因」(読売新聞オンライン) – Yahoo!ニュース

上のように認定されたということですから、会社側(この場合は奈良県)の主張には根拠がなかったということでしょう。

原告は亡くなられた方のご両親で、裁判には勝ったものの、「息子が生きていたらもっと喜ぶと思います」と涙を拭っておられたのが、胸に迫ります。

このように、タイムカードの打刻に疑義があるとする裁判例はかなりの数にのぼります。
しかし、多くはタイムカードから導き出される労働時間が実際の労働時間と推定されます。
それをひっくり返そうとすると、きちんとした反証を出さなければなりませんが、なかなかそのようなはっきりした証拠はないというのが実情です。

最近の判例から、タイムカードの打刻について、会社と労働者の主張に食い違いがある場合、どのように認定されるのか見てみましょう。

アクセスメディア事件
大阪地裁(令和2年1月31日)判決

データ入力等の業務に従事していた元従業員が、会社に対し、平成28年10月1日から平成30年8月31日までの間、法定時間外労働や深夜労働を行ったとして、時間外賃金の割増部分と付加金の支払いを求めた裁判です。また、会社が元従業員の健康に配慮することなく過重な長時間労働等に従事させたことにより、うつ病を発症したとして、休業損害、慰謝料等の損害賠償金を求めました。

結果として、会社に対して、未払いの時間外賃金と付加金は原告の請求通り約156万円、さらに損害賠償として約655万円が認められました。

原告である元従業員の勤務時間はタイムカードによって管理されていましたが、会社は従業員が「空打ち」をして、不正に勤務時間を水増ししたのでタイムカードの記録は信用できないと主張しました。

それに対して裁判所は、会社の主張には証拠がなく、タイムカードの勤務時間が急に増えたこと等に対する元従業員の説明も不合理ではないとして、会社の主張を退けています。

また、会社は就業規則で休憩時間として設定されている1時間は労働時間から控除すべきだと主張しましたが、これも次に引用するような勤務実態からすれば、休憩していたとは認められないとして退けられました。

平成28年10月から平成30年8月までの間,平均約50時間の法定時間外労働と平均約55時間の深夜労働を行っており,中には,法定時間外労働が130時間に達した月や,深夜労働が148時間に達した月もあった

判決文より引用

また、この判決では、労働基準法の付加金の支払いも認められています。
付加金とは、会社が時間外手当等を支払わず、その内容が悪質だったときに、会社への制裁として裁判所が命じることができるもので、原則は未払い賃金と同額です。
会社はタイムカードで時間外や深夜の割増が必要だとわかっていながら、割増抜きの時間給しか払っておらず、また、元従業員からの請求に対しても、誠意のある態度を見せなかったことが悪質と判断された理由でしょう。

いわきオールほか2社事件
福島地裁いわき支部(令和3年3月30日)判決

次の判例は、過労死事件です。

福島第一原発で自動車整備業務に従事していた従業員が、長時間労働を原因とする致死性不整脈で亡くなり、その相続人が提訴しています。

裁判所の認定した労働時間は次のようなものです。

P6の発症前6か月間の時間外労働時間は,発症前1か月目において月100時間を超えており,発症前2か月目~6か月目をみても,平成29年8月11日~同月16日の間が休みであった(上記認定事実(1)イ)こと等から労働時間が少なくなっている発症前3か月目を除いた4か月間(発症前2か月目,同4か月目~同6か月目)において月80時間(発症前4か月目及び同5か月目においては月100時間)を超えており,その平均も月96時間余に上る

判決文より。文中の「P6」は亡くなった従業員のこと。

亡くなった従業員はタイムカードで勤務時間を管理されていましたが、会社は次のように、タイムカードの記録は信用できないと主張しました。

被告いわきオールは従業員に対し,残業を行う場合にはタイムカードに記入して申告するよう指示していたところ,タイムカードにその旨記載のない日についてP6が残業していた事実はなく,終業後直ちにタイムカードを打刻せずに自由に過ごしていたにすぎないし,記載がある日も10分程度残業していたにとどまる。

P6は,タイムカード打刻後,午前8時までの間は,自由に過ごしていたから,午前8時以前の時間は被告いわきオールの指揮命令下にあったとはいえない。午後5時以降についても,(ア)同様,タイムカードに残業した旨記載のない日についてP6が残業していた事実はなく,終業後直ちにタイムカードを打刻せずに自由に過ごしていたにすぎないし,記載がある日も10分程度残業していたにとどまる。

判決文より。文中の「P6」は亡くなった従業員のこと。

今回の奈良の事件と似た主張ですね。

これに対して裁判所は、タイムカードや作業報告書を照らし合わせて検証した結果、タイムカード以外の方法で会社が労働時間を管理していた証拠はないと、会社の主張を退けました。

また、健康チェックをしていた場所から作業場に移動するまでの時間、ミーティングや準備作業の時間も、会社は労働時間ではないと主張していましたが、裁判所は労働時間と認めています。

結論としては、合わせて2,480万円にのぼる損害賠償が命じられました。

労働時間管理は健康や命に関わる

タイムカードの打刻があるが、作業日報や、残業申請書の記載で残業時間を計算している会社は、タイムカードとそのような他の証拠が食い違う場合は、その食い違いについて説明できるようにしておかないと、裁判になった場合に証拠として認められません。

では、タイムカードをやめてしまえばいいではないか、と考えるかもしれませんが、労働時間の把握については、次のような指針が出ています。

(1) 原則的な方法
・ 使用者が、自ら現認することにより確認すること
・ タイムカード、ICカード、パソコンの使用時間の記録等の客観的な記録を基礎として  確認し、適正に記録すること

労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン(リーフレット)

すべて現認(実際に確認すること)するのは現実的ではないので、実際はタイムカード等なんらかの客観的な記録を用いるわけですね。

そのような証拠がある以上、会社が従業員の長時間労働を知らなかったという言い訳は認められず、従業員が病気になったり亡くなったりした場合、安全配慮義務を尽くしていなかったとして、責任が追求されます。

裁判で負けるリスクがあるから、という話ではなく、長時間労働で従業員が健康を損ねたり亡くなったりすることがないよう、会社は労働時間を管理し、長すぎる場合はなんらかの措置をとらなくてはなりません。

なくしてしまった健康や人命は元に戻りません。
労働時間管理は命に関わることだ、という責任感が、会社には求められています。