「労災」というのは、よく使う言葉ですが、「労災事故」と「労災保険」という二つの意味があります。
「労災事故」が起こったときに、労働基準監督署に報告しないと、安全衛生法違反となります。
よくこれを「労災隠し」と言いますね。
もうひとつ、労災保険を請求しないという意味で、「労災隠し」という場合もあります。
労災保険を使わなくても、会社が被災した労働者にしかるべき補償をすれば、とくに問題はありません。
しかし、会社が労災保険を使わせない場合、まともに補償することはあまりなく、労働者がかぶるということになってしまいます。
労災でケガをした場合、健康保険は使えません。
治療費だけでも、全額ですとすぐに何百万という単位になってしまいます。
ケガの治療が長期化した場合、休業補償も必要ですし、障害状態になることもありえます。
こうなると全体の補償額は何千万という単位になっても不思議ではありません。
労災を隠すような会社が全額払うわけもなく、まともに補償がなされないことが多いのですが、これは、安全衛生法ではなく、労働基準法違反になります。
労災事故も、労災保険も、部署は違いますが申請先は労働基準監督署です。
被災した労働者が監督署に駆け込むと、どっちの違反もばれてしまうということになります。
労災保険はせっかく会社が全額保険料を負担してかけているのに、なんで使わないんだ、と思われるでしょうが、やはり隠したがるには理由があります。
まず多いのが、建設業で、下請けの場合です。
建設現場での事故は、基本的に元請けの労災に請求することになっています。
ここで問題になるのがメリット制です。
メリット制とは、労災事故が起きると、翌年の保険料が高くなるというシステムです。
これを嫌う元請けが、労災申請をいやがり、下請けに無言の圧力をかけ、下請けの側は次の仕事がなくなるのが怖いので労災隠しに走るという構図です。
このメリット制は、すべての会社に適用されるわけではありません。
建設業以外の事業で、しかも中小企業はまず適用されないので、労災事故を隠す動機はないはずです。
しかし、「労災事故を起こすと、翌年保険料が上がる」というのを、すべての会社に適用されると思っている人が少なからずいて、経営者や労務担当者がそのような認識だと、労災申請をいやがる、ということになってしまいます。
さらに、建設業の場合、労災事故で死亡者や負傷者が出ると、公共工事の入札に必要な、経営事項審査の「工事の安全成績」という項目の点数が下がってしまいます。
入札に不利になるわけですね。
しかしこれも、建設業以外の業種や、建設業でも公共工事に参加しない会社は関係ないのですが、「労災を起こすとなんだか知らないけど、会社に不利になる」というぼんやりした理由で、ちょっとした事故であれば「このくらいは健康保険を使って自分で治療して」という会社がいまだに見受けられます。
もうひとつ、労災の手続きのやり方がわからない、手続きがめんどうだ、という理由で会社が労災申請をしぶることもあります。
労災が起こった時点で手続きのやり方がわからないければ、社労士に依頼するというのがまともな会社ですし、実際、当事務所ではそのような経緯で顧問契約に結びついたこともあります。
社労士を頼む余裕がなければ、労働基準監督署の窓口に出向いて「労災が起こってしまったが、書類の書き方がわからない」といえば、書き方も全部教えてくれます。
製造業の場合、無事故記録にこだわって、労働者が労災を言い出しにくくなるということもあります。
まさに本末転倒ですね。
労災発生のときに監督署に提出する書類を労働者死傷病報告書といい、この提出を怠るか、または虚偽の内容を報告すると、50万円以下の罰金に処せられます (労働安全衛生法第120条、 第122条)。
つまり、労災隠しは犯罪です。
本来労災保険から給付を受けるべき労働者の側からすると、治療費の負担や働けなくなることにより、経済的に困窮してしまいます。
仮にバレなかったとしても、労災も申請してくれないような会社には、労働者が定着することはなく、元請け(取引先)の機嫌を損ねることはなくとも、人手不足で早晩事業はいきづまってしまうでしょう。