2024年10月から社会保険の適用がさらに拡大し、従業員51人以上の事業所では一定の条件を満たすパート・アルバイトも社会保険への加入が義務化されました。50人以下の事業所は現在猶予期間中ですが、10年後の2035年をめどに、パートの社会保険加入の企業規模要件が撤廃されることが予定されています。この流れの中で、特に主婦層のパート従業員が「夫の扶養から外れたくない」として勤務時間を減らしたり、離職したりする「働き控え」への懸念が高まっています。

本記事では、社会保険適用拡大の概要と主婦層が扶養から抜けたがらない背景に触れつつ、猶予期間中に事業所が取るべき具体的な対策を提案します。

社会保険適用拡大の概要と今後のスケジュール

パート・アルバイトの社会保険(健康保険・厚生年金保険)加入は、従来フルタイムまたは週所定労働時間が正社員の4分の3以上の労働者が対象でした。しかし、少子高齢化や非正規雇用の増加を背景に、パート・アルバイトなど短時間労働者にも段階的に適用が拡大されています。

適用要件は以下の通りです。

  • 週の所定労働時間が20時間以上
  • 月額賃金8.8万円以上(年収換算約106万円以上)
  • 2ヶ月を超えて雇用される見込み
  • 学生でないこと

2024年10月には51人以上の事業所が対象になり、今後、50人以下の事業所についても、国会に提出された年金制度改正法案に基づき、さらなる適用拡大が予定されています。具体的な施行時期や詳細は今後の法案成立後に決定しますが、現時点では、企業規模要件は次のようなスケジュールで撤廃されることが発表されています。

施行時期適用対象となる企業規模
2024年10月~従業員数51人以上
2027年10月~従業員数36人以上
2029年10月~従業員数21人以上
2032年10月~従業員数11人以上
2035年10月~従業員数1人以上(事実上の撤廃)

主婦層が「扶養から抜けたくない」理由

現在でもパート主婦の「働き控え」は事業主の悩みのタネとなっていますが、今後はますますその傾向が加速することが予想されます。働き控えが起こる理由について見ていきましょう。

「130万円の壁」と「106万円の壁」

パート主婦にとって、夫の扶養内で働くことは長年大きな就労調整の指標となってきました。主な壁は以下の2つです。

  • 130万円の壁:年収130万円未満であれば、夫の社会保険の扶養(被扶養者)となり、健康保険料や年金保険料を自分で負担せずに済みます。
  • 106万円の壁:51人以上の企業等で働く場合、年収106万円を超えると社会保険の加入義務が生じます。ただし、この収入要件については、3年以内に廃止されることになっています。

これらの壁を超えると、手取り収入が大きく減少することから、就業調整を行う主婦が多いのが現状です。

心理的・経済的ハードル

主婦パートが130万円の壁や106万円の壁を超えるには、以下の心理的・経済的ハードルが存在します。

  • 社会保険料を自分で負担することによる手取り減少
  • 配偶者控除や配偶者特別控除など税制上のメリットの喪失
  • 家事や育児との両立を優先したい意識

夫の扶養からはずれることへの抵抗感

いままで、働き控えをしようとする主婦パートについて、事業主からの相談を多く受けてきましたが、その中でよく聞かれるのが、夫が、扶養から外れることに否定的で、家計や家族の在り方そのものに影響が及ぶと感じるケースです。
「家族じゃなくなるみたい」「生活費は減らしてもいいよね」といった夫の発言や、「扶養から入ったり出たりは迷惑だからやめてほしい」と強く反対されるなど、夫婦間の力関係や価値観の違いが主婦の心理的抵抗感を強めています。

夫の会社の配偶者手当がなくなることによる家計への影響

多くの企業では、従業員の配偶者が被扶養者である場合に配偶者手当(被扶養者手当・家族手当)を支給していますが、扶養から外れるとこの手当が支給されなくなり、家計に直接的な打撃となります。

この配偶者手当喪失については、政府も課題と認識しており、配偶者の働き方に影響が及ばないような給与制度にすることを企業に呼びかけています。

猶予期間中に取るべき具体的な対策

50人以下の企業では、パート・アルバイトの社会保険適用拡大の対象になる前に、次のような対策をすることが必要になります。

1. 制度についての情報提供とキャリアプランの説明

社会保険に加入することで将来の年金額が増える、傷病手当金や出産手当金が受け取れるなどのメリットがあることを具体的に説明することが重要です。

また、保険料は事業主と折半であり、自分で社会保険料を支払うのであれば国民年金・国民健康保険よりも有利なしくみです。

さらに、「壁」を気にして働き控えをしている人には、責任のある仕事はまかせられません。長期間勤めても、ずっと同じ仕事、昇給もわずかということになります。仕事する時間が増えれば、当然収入も増え、プラスアルファで昇進や昇給のチャンスも増えます。

短期的には社会保険料の支出で手取りは逆転するかもしれませんが、10年、20年という自身のこれからのキャリアを考えるとき、社会保険に加入して働く時間の上限をつくらないほうが、収入増・キャリアアップのチャンスが広がることを強調し、従業員の理解を促進しましょう。

2. 個別相談の場を設け、不安や疑問に寄り添う

扶養から外れた場合の手取り試算や、家計への影響を一緒にシミュレーションすることで、従業員の不安を具体的に解消できます。家庭の事情やライフプランを踏まえた働き方の提案を行い、一人ひとりの状況に応じたアドバイスを提供しましょう。

キャリアコンサルタントやファイナンシャルプランナーに個別相談を依頼することも効果的な方法です。

夫婦間のコミュニケーションが課題となる場合は、会社の担当者や上記のようなキャリコンやFPをを交えた話し合いの機会を設けることも検討し、家庭内の理解を深める支援を行いましょう。

3. 柔軟な働き方・短時間正社員制度の導入

ずっとパートタイム、ずっと正社員ではなく、そのときの本人や家庭の事情に応じた、柔軟な働き方ができる制度の導入を検討しましょう。

その中のひとつの選択肢として、短時間正社員の制度の導入が効果的です。

短時間正社員とは、期間の定めのない労働契約を結びながら、フルタイム正社員よりも短い所定労働時間で働く正社員のことです。労働時間の基準は法律で定められていないため、企業ごとに柔軟に設定できます。短時間正社員は、パートやアルバイトと異なり、雇用期間の定めがなく、正社員と同様の福利厚生や昇給・賞与の対象となります。

これにより、家庭や育児と両立しながら安定した雇用とキャリア形成が可能となり、主婦層にとっては扶養の壁を気にせず、安心して働き続けられる選択肢となります。

4. 社内研修や説明会の実施

社会保険の仕組みや、今後の法改正の見通しについて、研修や説明会を開催することで、従業員の理解を深めることができます。顧問社労士がいる場合、そのような説明会を依頼すると、会社のことをよく知っている上、専門家としての知識があるため、わかりやすく説明してくれるでしょう。

対象となるのは主婦層だけでなく、管理職や現場リーダーにも「働き控え」問題の背景と対応策を周知し、組織全体で適切な対応ができる体制を整えましょう。

5. 採用・定着戦略の見直し

いま現在人手が足りないから、パート従業員が就業調整のために休みがちになったり、年末にまとめて休みをとられると困る。これは、現場の本音ではありますが、いつまでもそこにとどまっていては、問題は解決しません。

社会保険加入を前提とした求人条件の明確化を行い、パート従業員の入社時点から制度について理解してもらう努力をしましょう。また、福利厚生やキャリア支援の充実により「ここで長く働きたい」と思える職場づくりを進め、従業員の定着率向上を図ることも重要です。

パート従業員は。低賃金で会社が必要なときに必要なだけ働いてくれる便利な存在。こう思っていては、パートで働く人達の個人的な事情や今後の仕事への希望に目が向くことはありません。労働時間の長短に関わらず、会社の業務を担ってくれる大切な存在であり、家庭や個人の事情と、働くことの両輪をうまく回している先達であると認識することが大切です。

まとめ

社会保険の適用拡大は、パート・アルバイトを含む多様な働き方の保障を強化し、将来の安心につなげる制度改革です。一方で、主婦層を中心に「扶養から外れたくない」という意識や、夫からの反対、被扶養者手当の喪失など家庭内外の心理的・経済的な壁が根強く、働き控えや離職のリスクも現実に存在します。政府もこうした課題に対し、制度の中立化や所得再配分の強化など対策を進める方針です。

50人以下の企業では、猶予期間中に制度の正しい理解と個々の不安への寄り添いを徹底し、短時間正社員制度など柔軟な働き方の導入、社内研修の実施など多角的な対策を講じることが不可欠です。パート従業員が年収の壁を気にせず、安心して働き続けられる職場環境づくりを目指しましょう。