同国では雇用者に対し、勤務時間外に電話やメッセージ、電子メールで従業員に連絡することを禁じる法律が導入された。

同法は休憩時間や家族と過ごす時間などを念頭に「雇用者は労働者のプライバシーを尊重しなければならない」と定める。違反行為は「重大」とみなされ、罰金が科される可能性がある。

同様の規制はフランスでも2017年に導入され、労働者に勤務時間外の仕事関連の電子メールを無視する権利が認められた。

CNN.co.jp : 勤務時間外に従業員に連絡する雇用者は違法、ポルトガルで新法

ヨーロッパはずいぶん厳しいなぁ。でも、これは日本の話じゃないでしょ? 日本ではとくに問題ないよね、と思ったあなたはご用心。

日本では、上にリンクした記事のように「時間外に部下に業務連絡すると違法」という、明文の法律はありません。ですから、一律禁止ではないのはもちろんです。

しかし、状況や回数、時間帯等によっては、会社にパワハラとして認定され、懲戒処分を受ける可能性があります

最近の判例でそのような内容のものがありましたので、ご紹介しましょう。(アクサ生命保険事件 東京地判 令和2年6月10日)

原告は、生命保険会社である営業所の育成部長として、営業活動に従事していました。ところが、ある部下に対する原告の行動がパワハラだとして、会社から戒告処分を受けてしまいます。その処分が不当だとして、会社を訴えた裁判です。

この裁判ではほかにも争点があったのですが、この記事では、パワハラに対する懲戒処分という点のみご紹介します。

さて、パワハラだとされた原告の行動は「部下の帰宅後、遅い時間に何度も活動報告を求める電話を行ったこと」です。この部下は、育児短時間勤務を利用し、16時が退社時間でした。

判決文ではP10と表記されている部下は、会社の調査に対して次のように話しています。

〔1〕平成27年12月頃,P10が担当していた顧客の事務所に予定時刻よりも15分遅い時間に来るよう原告から指示されたため,予定時刻より15分遅く訪問できるように待機していたところ,原告から,すぐに当該顧客の事務所に来るよう連絡が入ったため,同所に向かったが,当該顧客の社長から叱責され,原告からも叱責を受けたこと,

〔2〕帰宅後,遅い時間に,原告より携帯電話で連絡があり,活動報告を長時間求められ,家族にも迷惑を掛け辛い思いをしたこと,

〔3〕顧客先に同行していた原告から,JR線の車両内で周囲に人がいるにも拘わらず,腕を掴まれ,大きな声で叱責されることがあり,周囲の人の注視もあったため,「やめてほしい」と伝えるも,叱責は止まず,非常に辛い思いをしたことがあった

(判決文より)

会社は、このうち〔2〕のみを理由に懲戒しています。〔1〕〔3〕については、おそらくそのような事実があったかどうか、確認できなかったのでしょう。

これに対して原告の主張は、次のようなものです。

ア 原告が,P10に対して帰宅後,遅い時間に何度も活動報告を求める電話を行った事実は認めるが,原告のP10に対する指導は,日々,P9支社長及びP8営業所長から執拗に報告を求められるという,いわば監視下に置かれた中,数字を上げるよう責め立てられ追い詰められた状況で,両者の指示に従ってやむを得ずしたものであるから,原告のP10に対する指導だけを取上げてパワーハラスメントに当たると認定した上で原告を懲戒処分に処したことは,パワーハラスメントの根本的な原因となっていたP9支社長やP8営業所長の指導を棚に上げ,原告だけに全ての責任を押し付けたもので,不当である。

(判決文より)

自分の上司からのプレッシャーが厳しいので、数字を求めるあまり、部下に対して不適切な指導をしてしまったという主張ですね。身につまされる方も多いのではないでしょうか。

裁判所の判断は、原告の行為はパワハラであり、会社の懲戒処分は問題なかったというものでした。

P10は,育児を理由として,被告において午後4時までの短時間勤務を認められていた者であったが,その在職中,帰宅後の午後7時や午後8時を過ぎてから,遅いときには午後11時頃になってから,原告から電話等により業務報告を求められることが頻繁にあったというのである。その態様や頻度に照らしても,このような行為は,業務の適正な範囲を超えたものであると言わざるを得ず,また,育成部長の立場にあった原告が,育成社員であったP10に対し,その職務上の地位の優位性を背景に精神的・身体的苦痛を与える,又は職場環境を悪化させる言動を行ったと評価できる

(判決文より。太字は引用者)

この判決では、時間外に部下に業務報告を求める場合、それが「業務の適正な範囲内かどうか」の判断基準として、時間帯と頻度がポイントになっていることがわかります。

実はこの原告は、自分自身も育児短時間勤務を利用できる立場であるにも関わらず、会社から認めてもらえず、長時間労働を余儀なくされたと訴えています。

幼い子どもがいるが、会社では責任ある立場として売上等の数字を求められ、上司からはプレッシャーを受けている。それでも、部下に対しての指導がいきすぎていたり、不適切だったりすると、パワハラとして懲戒処分を受けてしまう。管理職の立場、または、子育てと仕事の両立で苦労している立場の方には、かなり厳しい内容です。

しかし、上に書いたような上司の事情を認めてしまうと、「自分がつらいので、部下にあたってしまう」という悪い連鎖を断ち切ることはできません。

この裁判では、会社が原告を長時間労働させていた点については、10万円の慰謝料が認められています。かなり低額ではありますが、長時間労働とパワハラの結びつきという点で、ここも強調しておきたいところです。