自爆営業や自社商品購入の強要が、ついにパワハラ指針の中で明確に位置づけられようとしています。
2024年の規制改革実施計画で方向性が示され、その後、厚生労働省が改正したパワーハラスメント防止指針(2026年10月施行)に「労働者の自由意思に反して自社商品を購入させる行為」がパワハラの具体例として明記されることになりました。
実務の現場では以前から問題視されてきたテーマですが、「パワハラとして明文化される」ことで、企業側の責任も、従業員側の受け止め方も、大きく変わっていきます。

とはいえ、「うちは小売業でもないし、ノルマも厳しくないから関係ない」と感じている企業も少なくありません。
しかし、自社サービスのチケット購入、セミナーやイベントへの半ば強制的な参加、記念品や社内販売商品の「空気による買わされ感」など、実は業種や規模を問わず起こり得るテーマです。
今回は、改正される指針を踏まえつつ、「自社商品購入強要」とパワハラの関係を整理し、今から企業が考えておきたいポイントをまとめます。

自爆営業・自社商品購入強要とは何か

「自爆営業」という言葉が広く知られるようになったのは、主に小売・外食・交通・通信などの業界で、販売ノルマを達成するために従業員が自腹で商品を買わされる実態が報じられたことがきっかけでした。

たとえば、コンビニのアルバイトが、クリスマスケーキや恵方巻き、土用の丑の日のうなぎなど、季節商品が売れ残りそうになると「自分で買っておいて」と店長から事実上命じられるケースが挙げられます。
表向きには「お願い」「協力」と言いながら、実際にはシフトの優先や評価に影響することがわかっていて、「買わない」という選択肢が取れない状況になっていることもあります。
中には、家族や友人にまで声をかけて複数個を購入し、「これでノルマ達成」という形にするよう求められるケースもあります。

同じようなことは、アパレルや化粧品、雑貨などの販売現場でも起きがちです。
シーズンものの服やコスメ、ノベルティ付きのセット商品などが売れ残りそうになると、「社員なんだから率先して買って」「うちのブランドを着ていないとおかしいよね」といった空気の中で、自腹購入が半ば当たり前になっている店舗もあります。

さらに、ボーナス支給前の時期に「今回はこの新製品を社内で盛り上げたいから、一人◯個は買っておいて」といった指示が出される会社もあります。
名指しで圧力をかけられたり、購入リストに名前を書かされたりすると、「断ったらボーナス査定に響くのでは」という不安から、従業員は本心とは違うのに購入せざるを得ない、という状況に追い込まれます。

このように、「売れ残ったら自分が買わされる」「目標未達の穴埋めを自腹でさせられる」という構造が常態化すると、経済的な負担だけでなく、「断れない」「いつまた買わされるかわからない」という心理的な圧迫が積み重なり、就業環境の悪化につながっていきます。

なぜパワハラの問題になるのか

パワハラの定義は、「優越的な関係」を背景にした言動で、「業務上必要かつ相当な範囲」を超え、「労働者の就業環境を害するもの」という三つの要素で整理されます。
自社商品購入の強要をこの三要素に当てはめると、次のような形になります。

  • 優越的な関係:上司や会社は、従業員に対して明らかに優越的な立場にある
  • 業務上必要かつ相当な範囲を超える:商品購入は、本来の労働契約の範囲を超えた負担であり、「業務上必要」とはいえない場合が多い
  • 労働者の就業環境を害する:経済的な負担や精神的な圧迫により、就業環境が悪化し、職場に居づらさや不安を感じさせる

つまり、単なる「営業努力」や「協力依頼」のレベルを超えたとき、それはパワハラの三要素を満たし得る行為になります。
従業員が断ったことで人事評価を下げる、昇進・賞与に不利益を与える、あるいは露骨に冷遇するといった対応が重なれば、パワハラとしての違法性はより強くなります。

「自由意思」と「事実上の強制」のグレーゾーン

企業側の感覚と、従業員側の感覚が大きくズレやすいのが、「自由意思」と「事実上の強制」の境目です。
会社側は「強制していない」「あくまでお願い」と言い、従業員は「断れる雰囲気ではない」「断ったら損をする」と感じている、という構図はハラスメント相談で非常によく見られます。

たとえば、次のような場面です。

  • 「今回は記念の企画だから、社員は一人最低3個は買ってね」と会議で言う
  • 目標未達の社員にだけ、「せめて自分でこれくらいは買ったら?」と個別に繰り返し促す
  • 購入しなかった社員の名前を列挙し、「協力しない人」といったレッテルを貼る

法的には「自由意思」が重要ですが、日本の職場文化では「空気」「同調圧力」の影響が非常に大きいため、従業員は実質的には選択の余地がないと感じがちです。
だからこそ、指針の中で「自由な意思に反して自社の商品等を購入させる行為」がパワハラの具体例として明確化されることに意味があります。

企業が今から見直しておきたいポイント

では、企業は何を見直せばいいのでしょうか。

次の三つを意識して整理しておきましょう。

1. 販売目標・ノルマの設計

まずは、目標設定やノルマの運用です。
「目標数字が高すぎるために、自腹購入に頼らざるを得ない」ような状況が生まれていないかどうか、現場感覚も踏まえて検証する必要があります。

評価制度が「数字だけ」を偏重している場合、上司も「何としてでも数字を作れ」と部下に圧力をかけやすくなります。
数字を追うこと自体は否定されるべきではありませんが、その過程で違法・不適切な手段に依存せざるを得なくなるような構造は見直さなければなりません。

2. 購入依頼の仕方と記録

社内イベントや社内販売など、どうしても「買ってほしい場面」がある会社も多いでしょう。
その場合でも、「断っても不利益はない」「本当に自由な選択である」ことを、言葉と運用の両方で担保する工夫が必要です。

具体的には、購入依頼の文面や説明時の言い回し、購入の有無が人事評価に影響しないことを明記する、複数の従業員からの否定的な声が上がっていないか定期的に確認する、といった対応が考えられます。
また、相談があった際に「そのような強要はしない」という会社のスタンスを明確に示せるよう、記録やルールを整えておくことも大切です。

3. 相談ルートと周知

自社商品購入の強要は、従業員の「お財布」の問題であると同時に、心理的安全性に直結する問題でもあります。
断ろうとするときに「誰にも相談できない」「どう伝えていいかわからない」状態であれば、結果的に泣き寝入りや退職につながってしまいます。

ハラスメント相談窓口が整備されている会社でも、「売上や営業の話は相談しにくい」と感じる人は少なくありません。
「販売ノルマや自社商品の購入に関する不安・違和感も相談してよい」というメッセージを、就業規則や研修、社内ポータルなどで繰り返し伝えておくことが重要です。

指針改正を待たずに対策を

自爆営業や自社商品購入の強要をめぐる議論は、今後、改正指針の施行が近づくにつれて、一気に注目が集まります。
その前の段階で、背景や法的な位置づけを整理し、現場で起こりやすいケースまで具体的に押さえておくことは、企業のリスク管理にとって非常に実務的な意味を持ちます。

パワハラ指針に明記される前であっても、自社商品購入の強要が労働基準法・最低賃金法・労働契約法等に抵触し得る行為であることに変わりはありません。
むしろ、指針改正の議論が進んでいる今だからこそ、「どのような行為が法令違反・ハラスメントに当たるのか」「どこで線を引くべきか」を社内で共有し、制度や運用を整えておくことが求められます。

パワハラ指針が改正されてから対応に追われるのではなく、今の段階から自社の実態を点検し、従業員の経済的・心理的負担をどう防ぐかを考えておくことが、結果的にトラブル予防と組織の信頼性向上につながります。