なぜ専門家であってもハラスメントかどうか断言できないのか

「わたしが受けているこのしうちは、ハラスメントなんじゃないだろうか?」
このように思ったことがある人は多いでしょう。

また、「パワハラ受けてるんだけど」と、だれかに相談して「そんなことではパワハラにならないよ」と言われたことがある人もいるかもしれませんね。

どういう行動がハラスメントになるのか。
ハラスメント防止研修でも当然触れる内容ですが、講師は「ハラスメントになる可能性が高い」という言い方をしているのではないでしょうか。

なぜ「ハラスメントになる」と言い切らないのか。
理由は2つあります。

ひとつは、ハラスメントかどうかというのは、単純に行為者の行動だけでは判断できないからです。

行為者と被害者の人間関係や職場内での立場の違い、行為の頻度や回数、被害者の性格やキャリア、職場風土等、さまざまな背景を考えないと判断できません。

もうひとつ、講師が「これはハラスメントです」と言ったところで、判断をする主体は会社ですので、会社の判断は講師にはわからない、ということです。

そう、ハラスメントかどうかの判断をするのは、まずは会社です。
相談が持ち込まれた先が、労働局であっせんになればあっせん委員が判断しますし、民事訴訟であれば裁判官が判断します。
しかし、たいていは、最初に会社に被害者からの相談があり、会社が調査してハラスメントかどうか判断することになります。

なぜかこの点が頭に入っていない人が多く、たとえば、弁護士であればどのような行動がどのような法律に触れるのか判断できるように、知識のある人に聞けばわかるのだ、と考えているようです。

複数の弁護士が回答者になって法律相談をするTV番組を見ていると、弁護士同士で回答内容が食い違うことがよくあります。
もちろんだれもがそれなりの根拠をもって答えていますが、あくまでも「この弁護士の解釈ではこうなる可能性が高い」ということであって、法廷で裁判官が判断しない限りは最終的な答えはわかりません。

ハラスメントの専門家であっても、「これはハラスメントになりますか?」と尋ねられて「可能性」としてしか答えられないのは、このような理由だからです。

だれがどのように判断するのか

では、判断する主体の会社というのは、具体的にはだれのことでしょうか。

一般的には、ハラスメントの被害を受けているという相談が会社に持ち込まれると、社長・役員・人事部長等をメンバーにした臨時の委員会が招集され、そこで議論するということになります。
この委員会は、会社によって「懲戒委員会」「ハラスメント対策委員会」等名称もさまざまですし、だれがメンバーになるかということも、会社によっていろいろです。
また、そのような臨時の委員会を設けずに、役員で決定するところもあり、社長ひとりで決めるところもあります。

こう書くと「うちの社長や役員が判断するの? 従業員の立場なんてなにも考えず、会社を守ることしか頭にないのに、まともな判断ができるのか?」と愕然とするかもしれませんね。

会社が判断するといっても、好き放題に判断できるわけではありません。
法律や、厚生労働省が出している資料を参照して判断するのがふつうです。
自分たちでは判断に自信がないので、弁護士や社会保険労務士等、専門家に相談するということもよくあります。
なにより、その判断如何によっては、ことが法廷に持ち込まれることになる、というのは当然頭にありますので、訴えられてだいじょうぶか? と視点で考えることになるでしょう。

もちろん、これは一般的な話であって、会社が独断と偏見で判断してしまうということもあります。
残念ながら、そうなると、あっせんや労働審判、訴訟に移行せざるを得ないでしょう。
当事者でない場合は、そのような会社に嫌気がさして転職、ということになるかもしれません。

そして、もうひとつだいじなことは、会社は被害者の相談だけでは判断できない、というより、判断してはいけないということです。

最低限、行為者には事情を聞かないと、被害者の一方的な話だけではなにもできません。

「こんなにひどい目にあっても会社はなにもしてくれない」という憤りはわかりますが、会社として行為者になんらかの注意や処分をしようとすると、行為者の弁明も聞かなくてはなりません。
そのためには、被害者がだれなのか明かさないといけない場合がほとんどで、「課長にパワハラされている。でも課長には、わたしが会社に相談したことは隠しておきたい」というのは、ムリな話だということです。

会社独自の判断は危険

専門家として、会社から「ハラスメント事案が起こってしまったのですが、どうしたらいいでしょう」というご相談を受けることはよくあります。

そのときに、ハラスメントかどうかの判断や、懲戒等の処分はどうするか、社長や役員の腹案をお伺いすると、はっきりした根拠がなく「何となくこの程度かな」という言葉が返ってきたり、「被害者が辞めても会社は困らないが、行為者が辞めると困る」という本音が出てくることもあります。

一般的な経営者がそれほどハラスメントに精通しているわけもなく、判断するための知識が不足しているほうがふつうです。

多くの経営層は、被害者と行為者しか目に入っていませんが、それ以外の従業員がどう感じるか、ということも大きな問題です。
また、話が外に漏れたとき、取引先や一般の消費者がどう感じるか、さらに、被害者から訴えられる可能性、行為者から訴えられる可能性、両方を考える必要があります。

専門家に相談したからといって、訴えられる可能性をゼロにすることはできませんし、炎上してしまうこともありえます。
しかし、そのときに、会社としての立場をしっかり主張し、ぶれない対応をすれば、傷が浅くすむことは間違いないでしょう。
そのためには専門家の助言が必要です。

外部の資源をいかに使うか、というのも、経営者としての手腕のひとつです。
被害を受けた労働者のためにも、会社を守るためにも、外部の専門家を賢く使う経営者が増えてほしいものです。