この会話は、架空のカウンセリングです。架空といっても、頭の中で作ったわけではなく、実際に複数のクライアントと話した内容をアレンジしています。
Aさんは、従業員の福利厚生の一環として、カウンセリングを提供している会社の社員です。入社5年めの社員は全員カウンセリングを受けることになっており、Aさんも対象者なので、カウンセリングの場にやってきました。
Aさんがどんな仕事をしているのか、困ったことはないのか、カウンセラーが状況を尋ねたあとの会話です。
カウンセラー 李(以下 李):お仕事がとても忙しいと伺いましたが、お休みはとれていますか?
クライアント Aさん(以下 A):とんでもない。もう3ヶ月以上休んでいません。休日に出ないととても回らないです。きょうも、仕事の途中で、ムリ言って抜けてきました。
李:3ヶ月以上休んでないんですね。顔色がよくないように見えますね・・・
A:わたしが休んでしまうと、代わりができる人がいないので、しかたないんです。わたしさえがまんして働けば、うまくいくんですよ。
李:Aさんさえがまんして働けば、うまくいくとお考えなんですね。
A:そうですね。ほかの人はまあまあ休みがとれているみたいですし。
李:Aさんだけに仕事が偏っている状況ですね。この状況はこれからも続きそうですか?
A:別の人を教える時間もないので、たぶんこのままですね。
李:この状況が、あと半年、1年、2年と続くとどうなるでしょうか? いまのまま、働き続けられますか?
A:1年、2年ですか・・・もっと早く倒れるかも(苦笑)。
李:もし、Aさんが倒れてしまって、長期にお休みすることになったら、職場はどうなりますか?
A:そりゃあ、困るでしょうね。大騒ぎになりそう。
李:当然、困りますよね。会社は倒産するでしょうか?
A:まさかそこまでは・・・いなければ、しかたないので、他の人がなんとかがんばってくれるでしょう。
李:長期に休んでも、いなければしかたないので、他の人がなんとかしてくれるんですね。1日休んだときはどうでしょうか。
A:あー、それはそうですね。引き継ぎもなくいきなり長期に休むことに比べれば、1日休んだほうがマシかも。
李:そうですね。最初からわかっている休みなら、休む前に、ほかの人に指示することもできますしね。
A:そうか・・・1日休むほうがマシかぁ・・・
李:ところで、Aさん、ここのところ体調はいかがですか?
A:夕方になると頭痛がします。頭痛薬で抑えてますけど。
李:頭痛ですか。お医者さんで診てもらわないとわからないですけど、忙しくて休めていないことと関係あるかもしれませんね。
A:それはあるかも。
李:Aさんが頭痛をがまんしながら働いているということ自体、「うまくいってない」ことではないですか?
A:え? まあそれはそうですね。
李:Aさんは職場の重要メンバーですよね。その人が体調が悪かったり、そのうち倒れてしまう可能性があったり、それはうまくいってると言えるでしょうか。
A:ああ・・・自分のことは勘定に入れてなかったかも。そうだそうだ。わたしも職場の一部ですよね。自分が倒れたら、職場はどうなるかと思うと、ぞっとします。倒れる前に、なんとかしないと。
李:なんとかするために、できることは、なんでしょうか。
A:なんだろう・・・上司に言って仕事の分担を見直してもらうとか? 納期にムリがあるから、営業からお客さんに交渉してもらうとか? あとは、代わりができるようにだれかに教えるとか・・・増員してもらえればいちばんいいですけど。まあ、たいへんだし、めんどうですよね。でも、いきなり倒れたときの大騒ぎを考えれば、なんとかできるかも。
Aさんと話してみると、話の内容が明晰で優秀な人という印象です。そういう人が「自分が倒れると職場のみんなが困るから、倒れないようほどほどの働き方をしよう」という、かなり当然のことが見えなくなっています。
そもそも、3ヶ月も休んでいないという時点で、36協定で決められた休日出勤の限度を超えている可能性が高いですが。
Aさんは「自分さえがまんすればうまくいく」「自分が困っていること、つらいことは、職場の困りごとではない」という考え方のクセを持っています。
メンタル不調に陥る人は、自分を苦しめるような考え方のクセを持っていることが多いのですが、その中でもこれは、とても多く見られる内容です。
カウンセラーと話しても、自分の苦痛をとりのぞくためではなく、職場の人が困るから休みをとらないといけない、という方向で納得していますね。もちろん、第一段階としてはそれで十分です。
きちんと休みをとって、頭がすっきりした状態で考えてみると、自分をもう少し大切にすることで、職場だけではなく、自分の生活やキャリアに大きなプラスになるということに気づいてくれるかもしれません。
つらい状況で「自分さえがまんすればうまくいく」と自分を納得させているあなた、もう少し長い目で考えてみたとき、ほんとうにそのまま「うまくいく」でしょうか?