前回のブログで、職場での女性へのパンプス強制に反対する #Kutoo キャンペーンについてお伝えしました。
その後、この話題について Twitter で連続投稿したところ、リツイートが1,000以上、「いいね」が2,000以上とかなり話題になっているので、こちらでもまとめたものを貼り付けておきましょう。
下の画像で、「◯◯人がこの話題について話しています」という青い文字列をクリックすると、Twitter 上でひとまとまりの投稿を見ることができます。
差別って、抗議する人がいて可視化されるまで、その社会ではごく当たり前のこととして受け入れられていたことです。だからどんなに不合理で人に苦痛を強いるものであっても、巨大な同調圧力が働いて抗議することすらできません。
— メンタルサポートろうむ (@mental_sp_roumu) 2019年6月8日
テキストバージョンもどうぞ。
差別って、抗議する人がいて可視化されるまで、その社会ではごく当たり前のこととして受け入れられていたことです。だからどんなに不合理で人に苦痛を強いるものであっても、巨大な同調圧力が働いて抗議することすらできません。
苦痛を感じている人は社会的に弱い立場なので、抗議するという行動自体が「生意気」「甘え」「社会秩序を乱すもの」として攻撃されます。#MeToo や #KuToo の成り行きは、今説明したことそのものです。でもそうやって社会は動いていくのです。
黒人は白人と同じレストランに入れない。女性には参政権も財産権もない。貧しい家の子供は学校にも行けず労働する。これ、全部昔は当たり前で、良識のある人もなんとも思わなかったことです。もっと身近な例を言うと、わたしの若いころは職場で男性が女性のお尻を触っても別にとがめられませんでした。
女性へのパンプス強制も、間違いなく、いずれこの例のひとつになりますよ。わたしたちが毎日働いている職場は、こういう変化が起こっている歴史の現場でもあるのです。そのときあなたはどの位置に立ちますか? 今の社会秩序を最高のものとして、それを守る立場ですか?
こうやってまとめると、ちょっと勇ましいですが、そもそもハラスメント防止の歴史も、上に書いたようななりゆきそのものです。
「男性社員が女性社員のお尻を触るのが当たり前だった」時代は、とっくに歴史の彼方で、そのころのことを知らない若い人たちは、話を聞いただけでドン引きです。
セクハラ・パワハラ等を過去のものにしていくことで、わたしたちひとりひとりも歴史をつくっているのです。