先日、こんな新聞記事が目にとまりました。
同JAによると、5月に内部通報があり、調査委員会を設置。職員にアンケートなどを実施した結果、南組合長が複数の職員に大声で叱責(しっせき)したり、机をたたいたりしたと認定した。
机たたくのはパワハラ、JA氷見市の組合長が減給処分 : 読売新聞
このような新聞記事は珍しくもないので、みなさん「またか」と見過ごしているかもしれません。
しかし、ハラスメント対策の専門家である筆者は、このような記事を見ると、「これは問題だ」と感じます。
農協の組合長という要職にある人がパワハラを行って処分を受けたからでしょうか。
もちろん、身近でこのようなことが起きれば大問題ですが、報道されたのはありがちなパワハラ行為です。
問題だと感じるのはそこではなく、この記事の見出しに表れている、パワハラへの捉え方なのです。
「机たたくのはパワハラ」、つまり、「◯◯したらパワハラ」と、行為によってパワハラかどうかの判断がつくという考え方です。
パワハラの法的要件を理解する
職場におけるパワーハラスメントは、以下の3つの要件をすべて満たす場合に該当すると定義されています。[1]労働施策総合推進法第30条の2より表現を一部改変
- 優越的な関係を背景とした言動であること
- 業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動であること
- 労働者の就業環境が害されること
多くの人は2番目の「業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動」にのみ着目し、「どのような行為がアウト」かという点を知りたがります。
確かに「パワハラしたくない」「させたくない」と考えている場合、最初に思いつくのはそのような対策でしょう。
「このような行為はパワハラだからやってはいけない」と知る、教育すること自体は、必要なことです。
しかし、ある行為がパワハラに該当するかどうかは、暴力や暴言等だれが見てもわかるようなはっきりしたもの以外は、「どのような行為を行ったか」だけでは判断できません。
たとえ同じ行為であっても、上の定義にあるように、「優越的な関係性の有無」や、その結果として「就業環境が実際に害されているか」によって、パワハラと認定されるか否かが変わってくるのです。
増加する「形を変える圧力」
筆者はハラスメント防止研修を多数受託していますが、人事労務担当者から、「管理職に『何をしてはいけないか』『どこからがパワハラになるのか』をはっきり示してほしい」「グレーゾーンの具体例を教えてほしい」という要望をよく受けます。
なんとかパワハラを予防したいと考えているのですから、自然な要望であると言えるでしょう。
しかし、この考え方には大きな問題があります。
行為の悪質性のみに注目し、それ以外の要件を軽視することで、職場内でよいコミュニケーションを行い、自分より立場の弱い相手を尊重するという、パワハラ防止の本質を見失う危険性があります。
また、「アウトな行為の列挙」ばかりに着目すると、「これはダメと言われた中に入っていないからだいじょうぶだろう」という発想になりがちで、それが、新たな形での圧力を生み出す原因となっているのです。
筆者は、多くの企業のハラスメント相談窓口を受託しています。
パワハラを受けていると感じている従業員からの相談を直接受ける中で、近年特に気になる傾向があります。
それは「怒鳴ってはいけない」と教えられた上司が、代わりに以下のような行為で部下を追い詰めるケースの増加です。
- ため息をつく
- 舌打ちをする
- 話をするときに、相手のほうを見ない
- 独り言でだれにともなく罵り言葉を言う
- タイピングや、引き出しやドアの開閉で大きな音をたてる
これらの行為ひとつひとつは、「感情が出てしまっただけで、パワハラとまでは言えない」かもしれません。
しかし、相談窓口に寄せられる声を聞く限り、相手を精神的に追い詰める効果は、どなったり暴言を言うのと同じか、それ以上という場合も少なくありません。
「◯◯したらパワハラ」という行為にのみ着目する考え方が、このような陰湿な圧力の背景にあると考えられます。
本質的なパワハラ対策とその実践
パワハラ防止において最も重要なのは、「してはいけない行為」のリストを覚えることではありません。
では、本質的なパワハラ防止の対策とはどのようなことなのでしょうか。
さらに、パワハラ対策の基本である、社内研修ではどのように扱ったらよいのでしょうか。
1.相手の人格や感情を尊重する
まず、相手を一人の人間として尊重する姿勢が求められます。
部下や同僚は業務遂行の道具ではなく、ひとりひとり異なった個性と人格を持つ存在です。
相手の考えが自分と違う場合でも、常にどちらかが正しいわけではなく、それぞれの考えを尊重する必要があります。
仕事の面では先輩や上司である自分のほうが当然正しいと考えがちですが、そのような硬直した考え方では、相手の感情や考え方に配慮することはできません。
大切な職場の仲間として、多様性を理解し、相手の尊厳と権利を尊重する姿勢が求められます。
この基本的な認識がなければ、形式的なルール順守だけでは真の問題解決には至りません。
そのため、研修では職場における人権尊重の重要性を理解し、多様性を受け入れつつ、活かす組織づくりについて考える機会を設けることが必要です。
2.コミュニケーションスキルを習得する
さらに、効果的なコミュニケーションスキルの習得も重要です。
感情的になる前に一呼吸置き、相手の立場や状況を理解しようと努め、建設的なフィードバックを冷静に伝える能力が求められます。
また、一方的な指示や叱責ではなく、対話を通じて解決策を見出していく姿勢や、相手の話に真摯に耳を傾ける傾聴の技術も欠かせません。
研修ではこれらのスキルを実践的に学ぶため、アンガーマネジメントの基礎、建設的なフィードバックの方法、傾聴の技術について、ロールプレイなどを通じて体験的に学ぶ機会を設けるべきです。
3.心身双方の健康をめざす
管理職も人間です。
イライラして部下につい強くあたってしまうこともあるでしょう。
しかし、そのイライラ、実は「相手が悪いからイライラする」ではなく、「自分のコンディションが悪いからイライラしてしまう」ことも多いことをご存知でしょうか。
「体」と「心」というふうに二元的にとらえてしまいがちですが、実際には分けられるものではなく、体に悪いことはメンタルにも悪いし、体によいことはメンタルにもよい影響を与えるのです。
具体的には、睡眠をしっかりとり、適切な栄養管理と運動習慣をつけることで、驚くほど精神も安定します。
部下がちょっと思い通りにならないからといって、大声で叱りつけたり嫌味を言ったりするのではなく、落ち着いて原因を探り、うまくいくようにあれこれやってみる、という、上司としてよい行動ができるようになるのは、心身の健康あればこそです。
4.組織全体の課題として考える
そして、上記の取り組みは個人レベルにとどめず、組織全体の課題として捉える必要があります。
ストレスの多い職場環境や不明確な業務指示、過度なノルマの設定など、構造的な問題にも目を向ける必要があります。
そのため、研修では管理職のセルフケアや、職場環境の改善策についても取り上げ、組織全体での予防と対応の仕組みづくりについて考える時間を設けることが重要です。
これらの要素を総合的に学び、実践することで、単なる「してはいけないこと」のリストを超えた、真に効果的なパワハラ防止が可能となるのです。
パワハラ防止研修は、こうした本質的な理解と実践力を養う場として機能する必要があります。
本質的なパワハラ防止に向けて
冒頭で触れたJA氷見市の事例のような報道において、マスコミは往々にして「机をたたいたらパワハラ」「声を荒げたらパワハラ」といった単純化した見出しをつけがちです。
しかし、このような見出しに踊らされ、表面的な行為だけに目を向けていては、かえって陰湿な職場環境を生む危険性があります。
真のパワハラ防止には、行為そのものだけでなく、職場における優越的な関係性の有無や、就業環境への影響を総合的に判断する視点が必要です。
そして何より、相手を一人の人間として尊重し、建設的なコミュニケーションを図ろうとする姿勢が不可欠なのです。
パワハラ防止研修は、こうした本質的な理解と実践力を養う場として機能する必要があります。
Footnotes
↑1 | 労働施策総合推進法第30条の2より表現を一部改変 |
---|