自動思考と認知の歪み

仕事でミスをしたとき、頭の中に「私はダメな人間だ」「もう取り返しがつかない」といった考えが、反射的に浮かんでくることはありませんか?
このように自然と湧き上がってくる考えを、心理学では「自動思考」と呼びます。

自動思考自体は良いも悪いもありません。
しかし、どのような自動思考が多く出てくるかは人によってクセがあり、否定的な自動思考がクセになってしまっていると、行動や感情に大きな影響が出てきます。

自動思考の中で、とくに否定的で非合理な考え方のクセを「認知の歪み」と言います。

この考え方は、精神科医アーロン・ベックによって提唱され、その弟子であるデヴィッド・D.バーンズが10のパターンに分類して有名になりました。
まず、この10のパターンをご紹介しましょう。

バーンズの認知の歪みの10のパターン

  • 全か無か思考 「完璧にできないなら、やらない方がマシだ」
  • 過度の一般化 「どうせ私は何をやってもうまくいかない人間なんだ」
  • 心のフィルター 「あの人の一言の批判が忘れられない」
  • マイナス化思考 「合格できたのは、たまたま運が良かっただけさ」
  • 結論への飛躍 「彼が返信をくれないのは、私のことを嫌いになったからに違いない」
  • 感情的理由付け 「不安だと感じるということは、きっと危険なはずだ」
  • べき思考 「立派な社会人なら、こんな失敗は絶対にしてはいけない」
  • レッテル貼り 「一度でも人を裏切るような人間は、永遠に信用できない」
  • 個人化 「部下が退職したのは、私のマネジメントが悪かったからだ」
  • 拡大(過小)解釈 「この失敗で、私の人生は完全に終わってしまった」

認知の歪みの影響力とは

上の10項目を見ると、だれもが「こんなふうに思ってしまうことあるよね」と感じるのではないでしょうか。
このように、認知の歪みは多かれ少なかれだれでも持っているものです。

認知の歪みが大きな影響力を持ってしまうのは、こんなときです。

例えば、プレゼンの最中に言い間違えたり言葉に詰まってしまうと「もうだめだ(破局的思考)」「全部台無しだ(全か無か思考))」という自動思考が沸き起こってきて、それが気になるあまりに、その後は集中できなくなってしまい、ますます不満足なパフォーマンスになってしまうことがあります。
ネガティブな自動思考にとらわれると、ちょっとした失敗が拡大してしまうのです。

また、だれか1人との関係が上手くいかなかっただけなのに「私は人付き合いが全然ダメ(過度の一般化)」と結論付けてしまい、人付き合いに消極的になり、ますます「人付き合いが苦手(心のフィルター)」という自分への評価が定着してしまったりします。

筆者はパワハラ事案を引き起こした行為者(加害者)の方と面談することが多いのですが、実は、パワハラ行為者には強い認知の歪みがあると感じることがよくあります。

まず、「べき思考」が強い方が多いのです。
「入社◯年目ならこのくらいできるべきだ」
「いちいち細かく教えなくても自分から尋ねたり調べたりすべきだ」
「部下は上司に素直に従うべきだ」…

そして、気に入らない行動をする部下がいると、このように感じます。
「彼/彼女はいつも自分に対して反抗的だ」(過度の一般化)
「ダメな部下はなにをやらせてもダメだ」(レッテル貼り)
「うちの部署がうまくいかないのは、この人がいるからだ」(個人化)

そして、イライラが抑えきれなくなり、どなる、暴言という行動に結びつき、パワハラ事案として問題になってしまいます。

認知の歪みを放置しておくと、自分自身に適用すると自分を苦しめることになりますし、自分より立場の弱い人に適用するとパワハラ行為者になってしまいます。

認知の歪みを改善する5つのステップ

では、認知の歪みがそのような大きな影響力を持つ前に気づき、現実的な思考方法になるように改善するにはどうしたらよいのでしょうか。
実践的な5つのステップをご紹介しましょう。

1.キーワードに気づく

認知の歪みと言えるような極端な自動思考には、よく出てくるキーワードがあります。
まず、このキーワードを捉えることが、自分の認知の歪みに気づく第一歩です。

「今日は何もうまくいかない」
「私はいつも失敗ばかりする」
「みんな私のことを嫌っている」

これらの言葉に共通するのは、「全部」「いつも」「みんな」といった極端な表現です。
このような言葉は、現実を歪めて捉えてしまう原因となります。

まず初めに、自分の思考の中に「全部」「いつも」「絶対」「みんな」「何もかも」といった言葉が含まれていないかチェックしてみましょう。

例えば、「今日のプレゼン、全部ダメだった…」という思考が浮かんだ時、その「全部」という言葉に注目してみるのです。
実際には、スライドの構成は評価されたものの、話すスピードが速かったという具体的な状況が見えてくるはずです。
また、最後に質問されたときにうまく答えられなかったために、プレゼンでの自分のパフォーマンス全体を否定的にとらえてしまっているかもしれません。

2.具体的なできごとを書き出してみる

次に、「全部うまくいかなかった」と感じる時は、実際に何が起きたのか、具体的な出来事を書き出してみましょう。

「今日は最悪な1日だった」と感じた時、その日の出来事を振り返ってみると、確かに、朝の電車が遅れて遅刻しそうになったり、会議資料の誤りを皆の前で指摘されたりといった不愉快な出来事がありました。
一方で、ランチのときに仲のよい同僚と楽しくおしゃべりしたり、任されていた仕事が問題なく終了してほっとしたという、よいできごともあったことに気づくはずです。

3.過去の成功体験を思い出す

さらに、「いつも失敗する」と思った時は、過去の成功体験を思い出してみましょう。

「私は人前で話すのが全然ダメ」と感じていても、実際には先月の部署会議では質問に適切に答えられたし、オープンセミナーに参加したときに自己紹介したら、好意的に受け止められたこともありました。
趣味のサークルでは楽しく会話できているという事実もあるはずです。
このように具体的な反例を探していくことで、思考の偏りに気づくことができます。

4.否定的で極端な表現を現実的な表現に変換する

もうひとつ、否定的な極端な表現を、より現実的な表現に置き換えるというやり方があります。

例えば「全部ダメだ」は「この部分は改善の余地がある」に、「いつも失敗する」は「今回はうまくいかなかった」に、「みんな私を嫌っている」は「一部の人とは関係が良好ではない」というように変換してみましょう。

5.友人の立場で自分にアドバイスしてみる

友人から悩みについて相談を受けると、当事者とは違って問題から距離があるので、冷静に現実的なアドバイスができるものです。

それを利用して、あなたの状況を友人(架空でも実在でも)のものとして思い浮かべ、その人に相談されたら自分はどう答えるか、考えてみましょう。

頭の中の友人(実はあなた自身)「仕事で大失敗してしまった。もうだめだ」
あなた「失敗ってなにをやっちゃったの?」
頭の中の友人「お客様に提出するだいじな書類に間違ったことを書いちゃった」
あなた「そっかー。たいへんだったね。それでどうなったの?」
頭の中の友人「上司には注意されたけど、メールで訂正した文書を送って、電話でおわびしたら、お客様にはそんなにとがめられなかった」
あなた「へー。失敗は失敗だけど、大失敗ってほどじゃないんじゃない?」
頭の中の友人「そうかな? そうかも…」
あなた「もうだめだなんて、おおげさだよー」
頭の中の友人「そうだよね。もうだめなんてことはなくて、まだまだ挽回できるよね」
あなた「そうだよ! 元気出して!」

こんな対話を頭の中で展開するのです。
自分自身のことだと認知の歪みに邪魔されてうまく考えられなくても、友人の悩みだと現実的に考えられる上に、相手を暖かく励ますことができます。
ぜひやってみてください。

早め早めに対処しよう

ここでご紹介した5つのステップは、早い段階で実践することが重要です。
深刻な状態になる前に、思考パターンを修正できれば、メンタルヘルスの維持に大きく貢献します。

認知の歪みが他人に向けられているときは

さらに、極端な思考が部下に向けられていることに気づいたら、次のように考えてみましょう。
「相手にもなにか言い分があるのではないだろうか」
「相手はどのように感じているだろうか」

自動思考は自分のことでいっぱいです。
フォーカスを相手に当てるだけで、極端な偏りに気づくことができます。

また、職場で眼の前にいる相手なのですから、実際に相手にどうなのか聞いてみる、という行動に出ればなおよいですね。

専門家にたよることもよい方法

もし独りでは思考や気分の整理が難しいと感じたり、落ち込みやイライラが続いたりする場合は、家族や友人など信頼できる人に相談してみましょう。
誰かに相談することで、新しい視点や気づきが得られ、思考の柔軟性を取り戻すきっかけになるかもしれません。

また、困った状況が続いて自分ひとりや家族・友人の助けだけではうまく解決できない場合、専門家のカウンセリングを受けることも検討してみてください。
認知行動療法や、マインドフルネス等、考え方の歪みを解決するプログラムはいろいろあり、どれも一定の効果があることがわかっています。

最後に:自己成長のチャンスとして

ネガティブな思考パターンに気づくことは、実は大きなチャンスです。
それは、より健康的で建設的な思考パターンを身につけるための第一歩となるからです。

完璧な人生などありません。
誰しも失敗や挫折を経験します。
大切なのは、そこから学び、成長していくこと。
「全部」「いつも」といった極端な言葉に縛られることなく、一歩一歩前に進んでいきましょう。