前回の記事で、このように書きました。
傷病手当金とは、病気やケガで4日以上仕事を休む場合、4日めから、標準報酬月額(≒給与額)の2/3が支給される、健康保険の制度です。
これはこれで間違いではないのですが、実は、あえて重大な情報を抜かしていました。
それは、会社で入っている健康保険からの給付は、基本的に業務外でしか使えないということです。
業務上の病気やケガは、労災から給付されます。
棲み分けがあるということです。
連載1回目にはこのようにも書いています。
そんな気持ちで「家庭の事情」等、当たり障りのない理由を言ってやめても、実態は、長時間労働やセクハラ・パワハラ、人間関係で精神的に追い詰められてもうムリだった、ということがままあります。
長時間労働やセクハラ・パワハラが原因で精神疾患になり、医療機関に行き、仕事を休むのであれば、本来は労災の対象です。
しかし、労災になるかどうか、というのは、本人や会社が決めるわけではなく、労災の申請を受けた国が決めることです。
仕事中にケガをした等、「これは間違いなく労災適用」ということはありますが、精神疾患については、適用できるかどうかは、申請してその結果が出るまでわかりません。
ですから、実務上は健康保険の傷病手当金を申請したときに、健保のほうで「これは労災だから対象になりません」という却下のしかたはせず、傷病手当金の条件に合っていれば支給されるという扱いになっています。
健康保険側が労災かどうかを判断できない以上、当然ですね。
精神疾患による労災申請は、下のグラフのように、申請しても1/3程度しか認定されない狭き門です。
また、支給決定まで早くて3ヶ月、長いと半年以上かかると言われています。
もちろん、証拠も自分で用意しなければなりません。
そのため、自分では仕事が原因で精神疾患になったと思っていても、最初から労災は申請せず、健康保険の給付に頼っている人が多いのではないかと推測されます。
労災は退職した後も申請できる
労災申請は、退職後もできますし、初診日が在職中にあること、という縛りもありません。
在職中にハラスメントを受け、それが原因で退職後に症状が出てきたような場合でも、対象になります。
しかし、それには、「在職中のハラスメントがその精神疾患の原因である」ということを証明する必要があります。
もちろん、そこが問題なのですが、これについては、最後の段落でご説明します。
もうひとつ、労災給付には時効があり、あまり前のものは申請自体できません。
医療費や休んだときの補償については、時効の期間は2年です。
できるだけ早く申請するようにしましょう。
ただし、時効で消滅する権利は「日ごと」ですので、一部分は時効にかからず権利が残っているときがあります。
時効で申請できないかどうかは、労働基準監督署か社会保険労務士に相談して、確認することをおすすめします。
労災は会社の証明がなくても申請できる
ありがちな労災で、仕事中にケガをしたということであれば、会社側が手続きをしてくれるのがふつうです。
しかし、精神疾患ということになると、会社が労災手続きに協力してくれない場合があります。
労災の申請をするのは、本来はケガや病気をした労働者自身です。
会社の証明は絶対条件ではありません。
ですから、会社の証明がなくても、労災申請はできます。
「会社が申請してくれない」とあきらめる前に、労働基準監督署に相談してみて下さい。
いったん健康保険で医者にかかり、傷病手当金をもらっていても、労災申請は可能
上で書いたように、自分では仕事が原因でメンタル不調になった、これは労災だ、と思っていても、健康保険を使って受診し、休んだ分に関しては傷病手当金を請求している人が多いのではないかと思われます。
そのような場合、あとになって「やはり労災を申請したい」と思っても、もうムリなのでしょうか。
結論からいうと、そんなことはありません。
傷病手当金を受給中に、同じ病気について労災を申請して、もし却下されても、傷病手当金は、条件に合致する限り支給されます。
労災の申請が通り、支給が決まったら、いままで給付を受けた治療費(自己負担を除いた7割分)と、傷病手当金は返還する必要があります。
そうなると、一時的にはまとまった金額を用意する必要がありますが、健康保険への返還が終わらないと労災の支給が始まらないということはないので、これはタイミング次第ということです。
また、協会けんぽについては上のような扱いが可能ですが、健康保険組合によっては、上のような扱いを認めないところもあるということです。
労災申請を考えた場合は、ご自分の会社が加入している健康保険組合に一度確認してみましょう。
在職中に証拠を集めておく
さて、ここでやっと、「退職する前に必ずしておくこと」という話になります。
長時間労働が原因であれば、タイムカードがなくても、実際に働いていたことがわかれば、認定されます。
出社・退社の時間は記録しておくようにしましょう。
最近は GPS アプリで残業の証拠を作るなどの方法もありますので、一度検索してみて下さい。
セクハラ・パワハラが原因という場合は、録音しておくことが考えられますね。
録音以外にも、自分で作成したメモも証拠になります。
その場合、次のような内容になるようにして下さい。
- いつ・どこで・誰が・誰から・何を・どのようにされたのかというできごと
- 上記できごとと、心身の症状の変化の関連
- 上司・同僚・家族・友人に相談した内容
そのときに記録しなくても、あとから書いたものでも構いませんが、詳細な記録は、時間がたつと難しくなりますので、なるべく心身の不調の原因となるできごとが起こった直後に記録するようにして下さい。
また、紙に書くだけでなく、メールや SNS にその内容を残すと、タイムスタンプがつき、あとから改ざんしにくいということで、証拠になります。
早めに受診する、社内外のハラスメント相談窓口に相談しておくことも、治療・相談自体の効果だけでなく、証拠をつくるという効果があります。
連載1回目と2回目はこちらです。
メンタル不調で退職する前に必ずしておくべきこと(1)ー障害厚生年金編 | 実務 | メンタルサポートろうむ
メンタル不調で退職する前に必ずしておくこと(2)ー傷病手当金編 | 実務 | メンタルサポートろうむ