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先日試写で見た、映画『家族を想うとき』[1]ジェンダの観点からの感想はこちら。妻・母・マネージャーが、13日に公開されました。

この映画のメインテーマは、次のようなものです。

個人事業主とは名ばかりで、理不尽なシステムによる過酷な労働条件に振り回されながら、家族のために働き続ける父。
映画『家族を想うとき』公式サイト

これはイギリスの話ですが、日本でもこのような「雇用類似の働き方」は、厚生労働省の検討会でも取り上げられ、ここ数年問題になっています。

最近では、タニタが自社の社員と個人事業主として業務委託契約を結び、従前の業務を行わせるという話題がありました。

タニタの「個人事業主」制度の概要
対象はタニタ本体の社員のうち、希望する人。退職し、会社との雇用関係を終了したうえで、新たにタニタと「業務委託契約」を結ぶ。独立直前まで社員として取り組んでいた基本的な仕事を「基本業務」としてタニタが委託し、社員時代の給与・賞与をベースに「基本報酬」を決める。基本報酬には、社員時代に会社が負担していた社会保険料や通勤交通費、福利厚生費も含む。社員ではないので就業時間に縛られることはなく、出退勤の時間も自由に決められる。

基本業務に収まらない仕事は「追加業務」として受注し、成果に応じて別途「成果報酬」を受け取る。タニタ以外の仕事を請け負うのは自由。確定申告などを自分で行う必要があるため、税理士法人の支援を用意している。契約期間は3年で、毎年契約を結びなおす。

2017年1月から始めた8人の場合、平均の収入は28.6%上がった。この中には、従来会社が支払っていた社会保険料が含まれ、独立した社員は任意で民間の保険などに加入する。一方、会社側の負担総額は1.4%の増加にとどまった。3年目に入った現在、26人の社員が独立した。
タニタ社長「社員の個人事業主化が本当の働き方改革だ」:日経ビジネス電子版

少し長い引用になりましたが、上の制度概要を読んで、あなたは魅力的だと思いましたか?

もし、会社から、「いままでの雇用関係は終了して、個人事業主として請負契約をし、いままでと同じ仕事をしないか?」とオファーされたら、あなたならどうするでしょうか。

いままでと同じく、時間に縛られた労働者として会社に留まるか。
自由な個人事業主として慣れた仕事をするか。
そんな選択に思えるかもしれません。

労働者としての権利がなくなる個人事業主

個人事業主は確かに自由ですが、いままで当たり前のように受け取っていた労働者としての権利はすべてなくなります。

映画の中のエピソードについて、もし日本で同じようなことが行われたら、ということで、労働者としてふつうに働いている場合を考えてみましょう。
この映画はイギリスの話ですが、日本の労働法について解説します。

報酬体系は完全出来高制。14時間働いても時間外割増はない

8時間以上働いた場合、時間外割増がつきます。
その他、休日・深夜割増もあり。
年次有給休暇もある。
また、出来高制の歩合給であっても、最低保証賃金を決める必要があり、完全出来高制は違法。

仕事が忙しいあまりに休憩時間はとれず、お手洗いにもいけない

8時間以上仕事をするときは、仕事の最中に1時間の休憩をとるよう定められている。

トラックは持ち込み。経費はすべて自分持ち

会社の道具を使い、必要な経費は会社から出る。

会社から持たされた端末で、1分単位まで管理されている

通常、このような支配関係は、個人事業主ではありえない。
契約は請負でも、実質的に労働者であるという、ひとつの証拠になる。

毎日長時間勤務で、この会社以外の仕事をする余裕はない

これも請負ではなく、実態は雇用だというひとつの証明になります。

仕事中にケガをしても、なんの補償もない

労災補償保険の対象になり、医療費は全額労災から出るし、休んだ分も8割補償される。
トラック運転手の個人事業主であれば、一人親方として労災に加入する方法はある。

急な休みの場合や、端末を壊した場合に、高額のペナルティが定められている

労働者が会社に被害を及ぼしたとしても、賠償額を予め決めることは禁じられている。

社会保険・雇用保険等がなく、保険は個人負担

社会保険は会社が半額負担、雇用保険は会社が多く負担、労災保険はすべて会社持ちで個人負担はない。

思いつくままに書いてみましたが、労働者としての手厚い保護がなくなると、休みたいとき、ケガや病気のとき、困ることがおわかりになると思います。
長時間労働でしかも運転の仕事であれば、事故のリスクも増します。

請負契約でも実質的に労働者とされる判断基準

労働者とあまり変わらない働き方をしている個人事業主が、ほんとうは労働者だとして、労災の補償を求めたりした裁判は、過去にいくつもあります。
その場合、請負契約でも、実質的には労働者といえるのか、という判断基準は次のようなものです。

主な基準

  • 仕事の依頼・業務従事の指示等に対する諾否の自由の有無
  • 業務遂行上の指揮監督の有無
  • 勤務場所・勤務時間の拘束性の有無
  • 労務提供の代替性の有無
  • 報酬の労務対償性の有無

主な基準を補強するもの

  • 機械・器具の負担関係
  • 報酬の額
  • 専属性の有無
  • 就業規則・服務規律の適用の有無
  • 給与所得として源泉徴収しているか
  • 労働保険・社会保険が適用されているか
  • 退職金制度,福利厚生制度に組み込まれているか

これらをひとつひとつ検討し、総合的に判断することになります。

多すぎてなにがなんだかわからない?
はい、それでは、この中でなにが本質なのか、あなたがもしこのようなオファーをされたら、なにを真っ先に考えたらよいか、お教えしましょう。

個人事業主として請負契約するかどうか考える基準

労働者かどうかの判断基準の最も根本的な部分は、その会社に支配従属しているかどうか、です。

これを考えれば答は明らかです。

その会社からの仕事がもしなくなったら、生きていけないような条件では、個人事業主になってはいけません。

個人事業主の報酬は、基本的に相手と相談して決めます。
このとき、仕事をもらう相手の会社以外との取引がなければ、力関係は明らかです。
報酬だけではなく、その他の条件も、相手の言うなりで、対抗できません。
まさにここが「支配従属」かどうかのポイントです。

また、出発点は、元いた会社の仕事だけであっても、その後営業して別の会社からの仕事も請け負うためには、そのための時間も費用もかかります。
営業する時間を作れないような条件では、応じてはいけないということです。

わたしも個人事業主のひとりですが、サイトを構築し、ブログを書き、SNSに書込みをする、という営業努力をしています。
また、打合せをしたり、直接仕事に結びつくかどうかわからなくても、人と会う、というのも営業活動です。
広告宣伝のために、チラシやDMを作成するにしても、業者に丸投げというわけにはいかないでしょう。

費用は、もうおわかりですね。
DMにしろ、サイト構築にしろ、すべてのことに費用がかかります。

また、労働者として働いていたときと違って、個人事業主は多くの時間や費用が必要です。
上で述べた営業するための時間もそのひとつです。

その他、勉強する時間、商品開発する時間、経理等の事務作業をする時間も必要です。
わたくしも、仕事の一環として大量の本を読み、セミナーに参加し、インターネットで情報収集しています。
言うまでもなく、すべて経費がかかることです。

個人事業主の報酬は、上に書いたような時間と費用をペイするものでなくてはなりません。
さらに、保険関係はすべて自分持ちで、なんの補償もないのですから、リスクがある分、報酬というリターンも高く設定する必要があります。
当然、いままでの労働者としての給料とは、かけ離れた金額になります。

最初に引用した、タニタが出している条件では、話にならないことはもうおわかりでしょう。
会社が得するだけです。

会社が不利益な条件を持ち出してきたら、どのように対抗するのですか?
3年の契約期間が終わって、その後更新がなければ、どうやって生活するのですか?
失業給付はもうありません。

もうひとつ、労働者としての権利がなくなることについて、会社から説明がない、またはごくかんたんな説明ですまされるようでは、そのオファーは断ったほうがよいでしょう。

わたし自身は、個人事業主として、20年以上、満足して仕事をしています。
社労士なので、顧問料という基本収入があり、明日をもしれないというほど不安定ではありませんが、勤めている人に比べれば不安定です。
わたしが病気やケガをしたら、もうそこで終わりです。
仕事内容が依頼主から気に入られなければ、次はありません。

でも、だれにも支配されない、決定権はすべて自分にある、というのは不安定さに代えがたいメリットであるのは確かです。

しかし、お客様が1社だけで、その会社の仕事以外は実際できないようであれば、自由など絵に描いた餅です。

それがどんな状態なのか、具体的に知りたい方は、ここでご紹介した映画を見ることをおすすめします。

 

 

Footnotes

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1 ジェンダの観点からの感想はこちら。妻・母・マネージャー