「自分で考えなさい」。部下にそう伝えたことのある管理職は、少なくないはずです。主体性を育てたい、もっと自分で判断してほしい――そんな思いから出てくる言葉ですが、その一方で「突き放された」「どうしたらいいのか余計にわからなくなった」と受け止められてしまうこともあります。

こんなふうに悩んでいるのは、一部の上司だけではありません。
管理職を対象にした調査では、「管理職として一番の悩み」に半数以上が「部下の育成」を挙げています(管理職意識調査(2024年 悩み・課題編) 管理職育成の鍵はマネジメントスキルへの自身の課題感)​。

一方で、部下側の調査では、上司・部下のコミュニケーションに「課題がある」と感じている人が約7割にのぼり、その具体的な内容として「上司の指示・指導がわかりにくい」が最多という結果も出ています(1800人のビジネスパーソンに聞いた『上司・部下間のコミュニケーション』実態調査)。

つまり、多くの上司は「どう育てればいいのか」に悩み、部下は「どう受け取ればいいのか」に戸惑っている。そのギャップの真ん中で口にされるのが、「自分で考えなさい」という一言です。
この言葉を、部下を突き放す言葉ではなく、成長を促すメッセージに変えるにはどうしたらよいのか。
本稿では、そのポイントを具体的な場面とあわせて考えていきます。

不適切な使い方――放任と受け取られる場面

「自分で考えなさい」が単なる放任となってしまうのは、次のような場面です。

1. 部下が「考えるための材料」を持っていない

例:新入社員が「納品書の書き方を教えてください」と質問した際に「自分で考えなさい」と返す。
これは明らかに誤用です。考えるための前提知識がない状態では、放任にしかなりません。
まずはルールや手順を具体的に教え、最低限の基礎を身につけさせることが先です。

2. 上司が“逃げ”の言葉として使ってしまう

「自分で考えなさい」は、本来は相手を信じて託す言葉です。
しかし、上司自身が忙しさや面倒さから「もう自分で考えておいて」と言葉を投げると、部下には「放っておかれた」という感覚だけが残ります。
育成どころか、人間関係の距離を広げてしまう結果になります。

3. 責任を回避したい心理が背景にある

判断が難しい案件に対して、上司が「君の判断に任せる」とだけ言うケース。
表面上は信頼しているように見えても、実際には責任の所在を曖昧にしているだけです。
「最終判断は私が責任を持つから、まず自分の考えをまとめてみて」と添えるだけで、意味はまったく変わります。

「考える力を育てる」ことが上司の仕事

上司の役割は、答えを教え続けることではなく、部下が考える力を身につけるよう支援することです。
とはいえ、単に「任せる」だけでは育成にはつながりません。
重要なのは、部下が安心して考えられる環境をどうつくるかという点です。

部下がつまずくとき、多くは「考え方がわからない」か「考える自信がない」のどちらかです。
上司は、それぞれに合った支援の仕方を取る必要があります。
そこに気づかず「自分で考えなさい」とだけ言ってしまうと、結果的に孤立させてしまうことがあります。

事例:同じ言葉でも結果が違う

営業部の課長・高橋さんの例を見てみましょう。

新人の前田さんが「この得意先への提案、どんな内容にしたらいいですか?」と尋ねました。
高橋さんは業務に追われていたため、ついこう答えました。

「そんなの、自分で考えなさい。」

その結果、前田さんはどう動いていいかわからず、過去資料をそのままコピーした提案書を作成。
会議で指摘を受け、「結局何を改善すればいいのか分からなかった」と落ち込みました。

一方、後日似たような場面で高橋さんは伝え方を変えてみました。

「まず自分で考えてみて。どんな提案があり得るか三つ考えて、それぞれのメリットを整理してみよう。そのあと一緒に見よう。」

今度は前田さんが主体的に調べ、顧客ニーズを踏まえた提案を作成。
会議では「よく考えられている」と好評を得ました。

同じ「自分で考えなさい」でも、“投げただけ”の言葉か、“伴走の約束”がある言葉かで結果は大きく変わります。

「自分で考えなさい」を有効にする3つのポイント

「自分で考えなさい」という言葉を、たんなる放任ではなく、育てる言葉にするポイントは次の3つです。ふだん部下に指示をするときに、このポイントが満たされているかどうか、確認してみましょう。

1. 目的を伝える

まず、何のために考えるのかを明確にしましょう。
人は目的が見えなければ、努力の方向も定まりません。
たとえば、「今回の提案書づくりは、相手企業の悩みに焦点を当てる練習だよ」と伝えてから考えさせれば、思考が具体的になります。

目的を示すことは、「考える地図」を渡すようなものです。
地図なしで“自分で考えろ”と言われても、誰だって迷ってしまうのです。

2. 考えるための問いを渡す

「自分で考えなさい」では抽象的すぎて、何を考えればよいのかが伝わりません。
代わりに、思考を促す“問い”を渡すと効果が出ます。

  • 「お客様の立場で見たら、どんなメリットが大きいだろう?」
  • 「今回の失敗を防ぐには、どの工程を見直せばよさそう?」
  • 「優先順位をつけるとしたら、どこから手をつける?」

こうした質問は、部下の中にある知識や経験を引き出し、考える道筋を照らします。
問いの力で、部下は「考えたい」「試してみたい」という気持ちを取り戻します。

3. 結果よりも“考えた過程”を聴く

部下が出した答えに一喜一憂するのではなく、「なぜそう考えた?」とプロセスを聴きましょう。
考え方そのものに関心を向けることが、部下の自信と学びを深めます。

たとえば報告を受けたときに、「ほう、それはいいね」で終わらせるのではなく、
「どうしてその手を選んだの?」と問い返すだけで、会話の質が変わります。
上司が“考え方に興味を持つ人”になると、部下は安心して思考を広げるようになります。

マイクロマネジメントに陥らないために

逆に、「自分で考えなさい」と言えずについ細かく指示してしまう――これも多くの管理職に共通する悩みです。
つい「確実に成果を出すため」と思って指示を重ねるうちに、気づけばマイクロマネジメントの状態に陥っていることがあります。

マイクロマネジメントとは?

上司が業務の細部まで逐一指示・確認し、部下の判断を奪ってしまう状態です。
たとえば――

  • 提案内容もメール文面も上司が逐一チェックし、修正を命じる
  • 進捗報告を1日何度も要求する
  • 「自分のやり方」を押しつけ、部下の工夫を認めない

一見、熱心な指導のように見えますが、これが続くと部下は「考えたってどうせ却下される」と感じ、指示待ち姿勢になります。

対照的な事例:成長を生む関わり

製造部の課長・森さんは、以前マイクロマネジメント気味でした。
部下の動きを逐一確認し、「その順番でやるな」「それは違う」と口を出してしまうタイプです。

しかしあるとき、若手社員から「もう自分の判断では何もできない」と言われ、はっとしました。
そこで森さんは意識的に言葉を変えました。

「まず自分の考えを聞かせて。どうしてその方法を選んだの?」
「そう考えた理由を一緒に整理してみよう。」

この関わり方に変えてから、部下たちは自由に意見を出すようになり、改善提案の数も倍増。
同じ「考えを確認する」でも、“指導”ではなく“対話”にすることで、職場の空気が大きく変わったのです。

違いは「支配」と「信頼」。
部下の考えを引き出す上司は、指示ではなく問いと対話で導く人です。

言葉を“信じているサイン”に変える

「自分で考えなさい」という言葉も、伝え方次第で信頼を込めたメッセージに変わります。

「君ならきっとできる。まず自分で考えてみて。途中で迷ったら一緒に整理しよう。」

この一言で、部下は「任せてもらえた」という自信と、「困ったら助けてもらえる」という安心感の両方を得ます。
信頼を伴った任せ方が、部下の思考力と行動力を引き出します。

  • 目的を明確に伝える
  • 考えるきっかけを渡す
  • 結果ではなく過程を共に振り返る

この3つのポイントを意識すれば、同じ一言でもまったく違う効果を生み出します。

「自分で考えなさい」を“信頼と期待のメッセージ”に変えること。
それが、部下を動かし、組織を育てる上司の本当の力です。