先日、パナソニック子会社「パナソニックコネクト」にお勤めだったAさんが、定年後の再雇用で週2日パートにされ、年収が定年前の約85%ダウンしたとして東京地裁に提訴しました。(パナソニック子会社「定年後パートで年収85%減」は違法か? 勤続40年の従業員が提訴「理不尽な扱いを受けたのは私だけではない」 | 弁護士JPニュース)
定年再雇用で給与が下がるというのは、一般的な慣習になっているとはいえ、40年勤めたベテラン社員に月収数万円の提示という条件を見て、驚いた方も多いのではないでしょうか。
この記事では、60歳から65歳までの公的給付制度の変遷を振り返り、定年再雇用の際の賃金減額を合法的におこなうためのポイントを説明します。
制度はこう変わってきた――60歳から65歳までの年金と雇用保険からの給付
1994年までは、厚生年金の支給開始年齢は60歳でした。60歳で定年を迎え、そこから年金で生活するという設計だったのです。ところが、1994年の厚生年金法の改正で、支給開始年齢が段階的に65歳まで引き上げられることが決まりました。
それに連動して、高年齢者雇用安定法(高年法)によって、60歳定年後の継続雇用が徐々に義務化され、2025年には65歳まで希望する人を継続的に雇用する義務が企業に課されました。
いままでは60歳から65歳までの生活設計は、①定年再雇用での給与 ②年金、③雇用保険からの「高年齢継続雇用給付金」という3本柱で成り立っていたのです。
筆者が社労士になったのは1999年ですが、当時は60歳で定年を迎える人に対して、給与をいくらにダウンすれば、年金と高年齢継続雇用給付金を合わせて、定年前の手取りとあまり変わらない額にできるか、という計算を日常的に行っていました。給与を定年前の80%程度に減額しても、社会保険料や所属税のマイナスを合わせると、定年前と同じレベルの手取りにできる、という設計が可能だったのです。
しかし現在では、男性の場合、年金の支給開始年齢は65歳です。また、高年齢雇用継続給付金も、当初は賃金減額部分の25%が支給されていたのが、現在では10%になっています。30万円の給与だった人が20万円に減額されると、高年齢雇用継続給付の支給はわずか1万円です。年金もなくなる中、この金額では家計の補填にはほど遠いでしょう。
60歳定年後の再雇用で給与を減額しても問題なかったのは、ほかに公からの支給があり生活が成り立ったからでした。現在では年金はゼロ、雇用保険からの支給はわずか、という制度になったのに、定年後は給与を減額するのが当然という流れが続いています。
このような経過を考えたうえで、最初にご紹介したパナソニックコネクトの定年再雇用の条件を見ると、その厳しさがなおさら感じられるのではないでしょうか。
定年再雇用の賃金設計における企業の留意点
法令と判例が求める「合理性」
企業が定年再雇用時に賃金減額を設計する際には、減額率や労働条件が法令および判例に照らして合理性を満たしているかどうかが重要です。
高年齢者雇用安定法第9条は、企業に対して合理的な裁量で継続雇用条件を定めることを求めており、実際に九州患菜事件(福岡高裁2017年判決)では、75%もの大幅な減額が「合理的とは到底いえない」と判断され違法性が認められました。
減額の根拠は業務内容の変化や等級制度、会社の経営状況など、具体的な実態にもとづいて説明する必要があり、根拠なき一律減額はトラブルの原因になるため注意が必要です。
手当・労働条件見直しのポイント
定年再雇用契約の多くは1年更新の有期契約ですが、労働契約法第20条によって、正社員との間で労働条件に差を設ける場合は合理的な理由が求められます。
近年の判例でも、契約形態や勤務時間のみを理由に一律で手当を減額・廃止することは違法とされる傾向が強まっています。
資格手当・職務手当・住宅手当・通勤手当などの支給可否は、業務遂行の実態や能力発揮の有無をもとに慎重に判断すべきです。
労働条件は文書化し、柔軟な見直しも規定
勤務日数や時間帯、勤務地、評価方法などの労働条件は必ず契約書や規程へ明記し、従業員に対してもわかりやすく説明してください。
また「半年後に再交渉」「給与見直し条項」を設けておけば、状況変化にも柔軟に対応でき、労使双方の納得や安心につながります。
シニア社員を戦力として活かす企業戦略
これまで見てきた通り、定年再雇用における賃金設計や労働条件の設定は、法的リスクを回避するだけでなく、企業の持続的成長にとって重要な戦略的課題です。60歳以降の社員を単なる「お荷物」や「福祉的雇用の対象」として捉えるのではなく、豊富な経験と専門知識を持つ貴重な戦力として位置づけることが求められています。
2040年までに労働力人口が大幅に減少する中、シニア社員が気持ちよく働ける環境を整備し、その能力を最大限に引き出すことは、企業にとって競争優位性の源泉となります。適切な評価制度、柔軟な働き方の選択肢、継続的なスキル開発機会の提供など、シニア社員が自らの価値を発揮できる仕組みづくりに投資することで、企業は経験豊富な人材の知見を活用し、若手社員との知識継承も促進できます。
パナソニックコネクト事件のような労使トラブルは、シニア社員を適切に処遇しなかった結果とも言えるでしょう。企業がシニア社員を戦力として真摯に向き合い、Win-Winの関係を構築することが、人手不足時代を乗り切る鍵となるのです。





